31 休憩
森の中で見つけた川に沿って少し進むと、見晴らしのいい場所にたどり着いた。
いくつもの切り株が並んでおり、椅子やテーブル代わりに使えそうだ。誰が最初に場所を整えたかは分からないが、ここは冒険者が休憩に使っている共有スペースなんだそうだ。
「あのまま帰ってもいいんだけど、せっかくだからこういうのも体験しておかないとね」
セリーヌが腰紐に備え付けた革袋から干し肉と黒いパンを取り出して、俺とニコラに手渡す。
「苦手でも今回は出来るだけ食べなさいよ」
これが噂の干し肉と黒パンか。実家の食堂では干し肉は出さないしパンも白パンなので、こういうものは話に聞いたことはあっても見るのは初めてだ。
干し肉を口に含んでみると、なんともしょっぱい上に硬いガムでも食べているような食感だ。このまま噛んでいても終わりそうにないので、噛み切れない干し肉を口に残したまま、次は黒パンをかじる。こちらもガチガチに硬い。
セリーヌを見てみると干し肉を黒パンにギュッと押し込んで、ワイルドに噛みちぎりモッギュモッギュと噛み潰すように食べている。さすがに慣れた様子だけど、子供にこの硬さはちょっときついな。
少し考え、俺は魔法でお湯を出してみることにした。以前は水しか出せなかったが、火魔法も絡めることでお湯を出せるようになったのだ。
干し肉にお湯をくぐらせ、ベチャベチャにしない程度に黒パンも湿らせて一緒に食べてみる。干し肉のしょっぱさは少し抜け、硬さも随分マシになった。これならなんとか食べられそうだ。
「お兄ちゃん、ニコラにもお湯ちょうだい」
「ほい」
ニコラの目の前にお湯を出すと、ニコラも同じ様にお湯をくぐらせてモッギュモッギュと干し肉と黒パンを食べはじめた。
セリーヌが呆れ顔でボヤく。
「マルクはほんと器用に魔法を使うわね。逆に使えない属性とかあるの? ついでに私にもお湯ちょうだい」
セリーヌはお湯で手を軽く洗うと、そのままお湯を手で受けてゴクゴクと飲み始めた。さすがのセリーヌので干し肉と黒パンのコンボは喉が渇くようだ。
「うーん、闇属性と無属性は使ったことがないから分からないかな」
ニコラ曰く、闇属性は周囲を暗くしたり、対象の能力を下げたりする魔法があるらしい。無属性には、時間、空間、重力といった要素が関わってくるそうで、ギフトのアイテムボックスなんかは無属性の類になるそうだ。
どちらもどこかで役に立つこともあるだろうけど、今は他の属性の魔法も順調に上達しているので、あれこれと手を出すのではなく、ある程度にしぼって練習することに決めていた。
「んぐんぐ……お湯ありがと。それだけ器用なのに
「
俺は石を生成して動かしてみる。石がスーっと動いて、マナが届かない距離まで進むと止まって落ちた。
「ほら、これ以上は届かないよ」
「……例えばだけど、私の
「え? そうじゃないの?」
セリーヌは手をポンと叩いて
「なるほどねえ~」
なにやら一人で納得したらしい。そして説明してくれた。
「例えば石ころを何かに当てたい場合、手を伸ばしたところまでしか届かないわけじゃないでしょ? 石ころを投げることができるわ。そして投げるためには手を振りかぶって、手を離すわよね?」
「あっ、そうか!」
セリーヌの言いたいことは分かった。マナで全てを動かすんじゃなくて、推進力を加えて離せばいいんだな。
さっそく石を作り出し、前に飛ぶようにマナを込めてみる。推進力は風属性のマナだ。これでどうだ?
――ボンッ!
石が爆発した。
石の硬度が低すぎたか、もしくはマナを込めすぎたみたいだ。セリーヌが何も言わずにこちらを見ている。
「次はいけそうな気がする」
それだけを答え、もう一度集中する。もっと石を硬く、そして飛ばすのに必要な風属性のマナは減らしてみる。そうだ、ついでに弾道が安定しやすいように、長細く、先端は尖らせ、底は平たい形にしよう。
前世でよく知られる弾丸のような形だ。正直理屈はよく分からないがあれだけ前世で普及してるならきっとこの形がいいんだろう。なにより魔法がイメージが大事だから自分がいいと思うものが一番いいのだ。
弾丸が出来上がった。大人の親指大の大きさの弾丸状の石の塊だ。さっそくコイツを前に飛ばしてみる。狙いは川の中ほどに見える大岩だ。よし、今度こそ飛ばすぞ!
俺はマナを操作し、手のひらの先に浮かぶ弾丸を解き放った。弾丸は俺の手から離れると、音も無く川の上を突き進む。
そして三十メートルほど向こうの苔むした大岩のど真ん中に命中し――
――バゴン!
大岩は派手な音を立ててヒビが入ると、きれいに四方に割れた。やった、大成功だ!
「セリーヌ、できたよ!」
今度こそドヤ顔でセリーヌの方を振り向く。
「やったじゃない! やれば出来る子だと思ってたわ~!」
セリーヌが俺を抱き寄せて頭を撫で回す。俺の横っ面に柔らかいものが当たる。おっぱいってやっぱりイイネ。
「お兄ちゃんすごーい!」
ニコラは俺に抱きついてきたように見せかけて、セリーヌに密着して色々堪能していた。
『ぐへへ……。このボリューム感、たまりませんねえ……』
そういうのはわざわざ念話で言わなくていいからね。
「それだけの威力があれば、D級までの依頼に出るような魔物なら一撃かもね。まぁコントロールを磨かないと、素材を消し飛ばしちゃうくらい威力がありそうだけど」
「素材?」
セリーヌが俺を撫で回すのを止めて答える。
「魔物はただ討伐するだけじゃなくて、骨や皮や血液やら色々と使えるのよ。中には食べられる魔物もいるからね」
「えっ、ゴブリンも食べたりするの?」
「いやいや、ゴブリンは食べないわよ! ……そうね、基本的に二本足で歩く魔物は食べないかしらん? 食べるとしても四本足の魔物ね。まぁ森で迷って食べるものに困った冒険者がゴブリンを食べて生き延びたなんて話も聞いたことはあるけど、普通は食べないものよ」
そういうものか。前世でも一部で猿なんかを食べる方々もいたけど、普及していたとは言い難いし、本能的に自分たちと同じ二本足の魔物は避けるものなのかもしれない。
「そういうことだから、冒険者を目指すなら粉砕しないで魔物を倒せるようになったほうがいいかもね。まっ、今のストーンバレットの威力だけでも、冒険者で食っていけるレベルだけど」
大きく育つのよ~と俺の頭を最後にひと撫でして、セリーヌが立ち上がった。休憩は終わりらしい。セリーヌにくっついていたニコラも名残惜しげに離れる。
「それじゃあそろそろ帰りましょうか。行きと違うルートを通るから気を抜かないようにね。さあ私についてきなさ~い」
セリーヌは声を上げて森に向かって足を進めると、俺とニコラはカルガモの親子のように、セリーヌの後ろについて歩きはじめた。
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