23 六歳になりました

 空き地で畑を耕しながらいろんな遊具を作り、デリカたちと町を巡回しながら遊び、家に帰ればたまに風呂目当てにやってくるセリーヌの相手をし、夜はニコラに魔法のアレコレを教えてもらう。そんな生活を繰り返しているうちに俺は六歳になった。


 六歳からは週一回の教会学校に参加することになる。教会学校では文字の読み書き計算を練習したり、聖書を読み聞かせたり賛美歌を歌ったりするそうだ。教育で釣って布教をする目的もあるのだろう。


 そして今日が教会学校に初めて行く日だ。朝食後、ニコラと共に家を出る。


「がんばってお勉強してくるのよ~」


 母さんと父さんがわざわざ宿の外まで見送りに出てきてくれた。何事かと近所のおじさんおばさんが外まで見にきたのでちょっと恥ずかしい。


 途中でデリカの家に寄って行く。一緒に教会に行こうと誘われたのだ。デリカの母親に声をかけるとすぐにデリカとユーリがやってきた。


「さあ行くわよ! あたしについてきなさい!」


 今日からは学校でも子分が増えることになるからか、張り切っているようだ。親分気質は十歳になっても変わらない。ユーリは相変わらずおとなしい。


 しばらく歩くと、以前ラングが子守をサボって説教されていた教会に到着する。中に入ると、いくつも長椅子が規則的に並び、奥には祭壇らしきもの見えた。いわゆる礼拝堂だ。


 デリカが祭壇には目もくれず、右手にある扉を開ける。そこは四十人ほどの子供が集められた大きめの部屋だった。部屋には長椅子と長机、一番前には黒板がある。ここが教室になるのだろう。


 町の中では南に位置する教会だが、ここには教育を希望する東と南の子供が集められているそうだ。初めて見る子供も結構いる。


 部屋の様子を眺めていると、デリカと同い年くらいだろうか、つり目で活発そうな茶髪の少年がデリカに声をかけた。


「デリカじゃねえか。後ろにいるのは新入りか?」


「そうよジャック。なにか用?」


「おうよ、お前のところの新入りを見に来たんだよ。見込みがありそうならウチの団に勧誘しようと思ったんだが、……フン、ひょろっちいな」


 ジャックが俺を見て、バカにするように鼻で笑う。すると我らが親分が声を荒げて言い返した。


「あんたのところみたいなならず者軍団に、ウチの大事な子分が入るワケないでしょ!」


 ジャックとやらがデリカと対立組織のリーダーなのはなんとなく分かった。あとひょろっちいとか言われたけど、平均的な六歳児の体型だと思う。まぁ張り合ったって仕方ない、とりあえず無難に挨拶をしておこう。


「こんにちは。僕はマルク、こっちは妹のニコラだよ。よろしく」


 挨拶をしながら、後ろに隠れていたニコラを前に出す。ニコラは何も言わずにぺこりとお辞儀だけをした。


「ハッ、デリカの子分のくせに礼儀正しいじゃ……ねえ……か」


 ジャックはニコラの方を見て、顔をポカーンとしている。


『フッ、また一人、私の魅力にやられてしまったようですね』


 ニコラが念話で伝える。なにやら釈然としないが、実際その通りなのだろう。相変わらず顔は良いのだ。顔はね。


 そしてすぐにまた俺の後ろに隠れる。武闘派らしいグループへの勧誘を避けるために大人しそうな女の子を演じているのだろうか。だけど、こういう手合にそれは悪手な気がせんでもない。


「フン、それじゃあ俺はもう行くわ。……隙あり!」


 ジャックはニコラのスカートを捲ろうとした! ニコラはひらりとみをかわした!


「ジャック! なにやってんのよ!」


「ヘン! それじゃあな!」


 デリカが怒鳴るがジャックは気にすることなく走り去る。やっぱり気になる子にはいたずらしたい年頃なんだな。当たり前だけど、そういうことをしたところで好感度が下がることはあっても上がることなどない。


「ニコラ、だいじょうぶ? アイツはすぐ女の子にちょっかい出してくるのよ。困ったことがあったらすぐに言いなさいよ!」


「うん、ありがとう。親分お姉ちゃん」


『くっ、失敗した。最初にガツンと言っておくべきでしたか……!』


 ニコラが自らの過ちに気付いたらしい。かと言って今更キャラを変えるのは難しい気もするし、なんだか嫌な予感がする。



 その後デリカが如何にジャックが乱暴者でどうしようもないヤツであるかを、プリプリと怒りながら説明していたが、しばらくすると教会学校を担任する若いシスターがやってきたので適当に着席する。


 今日は新しい子供を迎えての初日ということで、一人づつ自己紹介することになった。いつの間にやら戻ってきていたジャックは、やっぱり東の地区の子供だったようだ。


 そして自己紹介のあとは年齢別に分けられてさっそく授業が始まる。シスターが年齢が若い順番から、年齢に応じた課題を出していく。最年少の俺達のグループには、木で作った文字の積み木が渡された。これで文字に親しんでいくみたいだ。


「こんにちは、ニコラちゃん。ニコラちゃんの名前はね、この字とこの字とこの字でニ、コ、ラって読むのよ。むずかしいかも知れないけど、少しづつ覚えていきましょうね」


「はぁい」


 ニコラの返事を聞いて、まだ年若いシスターがにっこりと微笑む。ニコラの偽の笑顔よりよっぽど癒やされるね。ありがたやありがたや。


 なんて風に眺めていると、急にニコラが俺の方に寄りかかってきた。すると避けたスペースに、黒板に文字を書くのに使うチョークが通り過ぎていく。


「ちぇっ、外したか」


「ジャックさん、いけませんよ! ニコラちゃんに謝りなさい!」


「は~い、すいませ~ん」


 ジャックがニヤニヤしながら答える。どう見ても謝っているようには見えない。チッうっせーな反省してま~すの方がまだマシなレベルの謝罪だね。


「ジャック! ニコラに手を出すなら、あたしが相手になるわよ!」


 遠くの席にいたデリカが参戦する。


「ヘン! オーク女なんか相手にしてられっかよ!」


「だれがオークですって!」


 教室が騒がしくなってきた。そしてニコラは


「もう帰りたい……」


 俺に寄りかかったまま、面倒くさそうに呟いた。普段チヤホヤされているだけに、ああいう相手には余計にストレスがたまるだろうな。


 その後も授業が続きジャックのちょっかいも続いたが、ニコラは全てをかわしきっていた。普段は周囲に愛想を振りまいているニコラが珍しく無表情になっていたけど。


 そして最後に賛美歌を歌って、この日の教会学校は終わった。「また来週会いましょうね」と手を振るシスターにニコラと一緒に手を振り返し、教会の外に出る。


 すると俺達を待ち構えていたかのだろう、ジャックに声をかけられた。


「おいニコラ!」


 ジャックが取り巻きを連れて近づいてくる。


「今日は見事に俺の試練に耐えきったな。見どころのあるお前を特別に俺達の「闇夜のダークスカル団」に入れてやるぜ!」


 気を引く行動が全てかわされてしまったので、ストレートに勧誘することにしたそうだ。ネーミングについては最早つっこむまい。


「ニコラ、いじわるをする人はきらい」


 ニコラが俺の影に隠れながらきっぱりと言う。


「なっ!? ウチの団は冒険者の兄ちゃんが剣を教えてくれるんだぞ! それにたまに兄ちゃんが外の狩りに連れて行ってくれるんだ! デリカのところよりもずっとすごいぞ!」


 今ここにデリカがいなくてよかった。今日は家の手伝いがあるのでデリカとユーリは早めに帰ったのだ。いたらまた揉めてそうだ。


 それでも首を縦に振らないニコラを見て、ジャックは矛先を俺に変えた。


「お前兄貴なんだろ? お前からも言ってやってくれよ! おお、そうだ! お前も特別に団に入れてやるぞ!」


「いや別に入りたくないからいいよ。それよりももう帰っていい? 家の手伝いがあるんだ」


 六歳になったことで、少しだけ宿の手伝いをすることになった。俺は父さんの手伝いで料理を、ニコラは母さんの手伝いでウェイトレスみたいなことをやっている。


「うるさい! それじゃあニコラをかけて決闘だ!」


 なにがそれじゃあなのか分からないけど、子供に理屈は通用しないんだろうな。しかし決闘とか言われても困る。どう断ればいいのか考えていると、今まで後ろに隠れていたニコラが前に出てきた。


「いいよ! お兄ちゃんは負けないもん!」


 ニコラが乗り気だった。


「えっ、ちょっと!?」


『もうめんどくさいので、この際完膚無きまでに叩きのめしてやってください。白黒はっきりさせておかないと、来週もまた絡んできますよ?』


 えぇ……。それはそうかもしれないけど、決闘をするの? マジで。



――後書き――


 六歳になり、ここから少しづつお話も進んでいきます。

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