18 例のアレ

 今日は空き地での魔法訓練もそこそこに切り上げ、自宅へと帰ってきた。そして宿屋の裏側にある庭にニコラと共に向かう。


「ニコラ、いくぞ……」


「はい……!」


 ニコラも珍しく緊張した面持ちだ。今から土魔法で念願のとあるモノを作成する。


 今までは空き地で土魔法を使って椅子やテーブルを作っていた。座ったりしても大丈夫な程度の固さは十分にあったのだが、残念ながら水分には弱かった。雨が降って水分を吸収すると、マナの影響で簡単に崩れたりはしないものの、表面が泥でぐちゃぐちゃになっていたのだ。


 そこで土を作り出す際に、更にぎっちりみっしりとマナを込めてみた。そうすると茶色だった土の塊が少しづづ白っぽくなり、土というよりは石と言うべきものが出来上がった。


 この魔法で作られた石っぽいものは、水分もしっかりと弾いてくれたので、椅子やテーブルの完成度もワンランク上がった。そうして水に強い石が作れるようになったのならば、そりゃもうアレを作るしかないのだ。


 俺は精神を集中し、土魔法を発動させた。まずは地面に土魔法で石の床を作り、さらにその床から四方に石壁をぐんぐんと伸ばし、上面のない直方体を作り上げた。大きさは前世で俺の家にあったアレと同じくらいの大きさだ。


「水を入れてみよう」


 その石で作られた箱に水魔法で水を入れる。まだ作りの甘い部分があったのか、水は少し泥が混じったような色になった。アイテムボックスに水を吸わせ再び水を入れる。何度か繰り返すときれいな水が箱の中に溜まった。


「じゃあ温めてみるぞ」


 腕を突っ込んで火魔法で水を温める。今までは安全上の理由から火魔法はあまり練習をしてこなかったのだが、水に直接手を突っ込んでお湯にするくらいはなんとかやれそうだ。


 しかし不慣れなせいで温度がなかなか上がらない。じれったくなったらしいニコラが俺と同じように箱の中に腕を突っ込み、火魔法を発動させる。しばらくすると水から湯気が上がってきた。


 ……この世界に転生して以来、体は井戸から汲んだ水を使って濡れ手ぬぐいで拭くか、水浴びするのが基本だった。


 前世では若干だが潔癖症のケがあった俺だったが、さすがにすぐに異世界でしばらく生活しているうちに慣れはした。慣れはしたんだが、やっぱり風呂には入ってみたいという願望は捨て切れずにいた。そしてついに――

 

「……念願の風呂が完成したぞ!」


 俺はニコラに向かって言い放つ。


「一番風呂は俺だ。異論は認めない」


 言い放つと同時にズボンに手をかけ、その場で脱ごうとした。その瞬間、俺の腕をニコラがキツく掴む。


「妹ファーストですよ」


 ニコラがにこやかに、だが低い声でつぶやく。腕に込められた力はすさまじく、振り切れそうにない。


「作ったのは俺だし」


「私が魔力の増やし方を教えましたよね?」


「ぐぬぬ……」


「ぐぬぬぬ……」


そこから一進一退の攻防が続いた。一番風呂を譲る気はないが、このままではいつまで経っても入れない。


「……分かった。一緒に入ろう」


「……仕方ないですね。妥協します」


 俺達は庭の木の枝に服を引っ掛ると、すぐさま湯船に飛び込んだ。水面が派手に波打ち、湯船から少しお湯が溢れた。


「あっあぁ~~~……」


 はぁ~めっちゃ気持ちいい。ほぼ六年ぶりの風呂は格別だった。ニコラも俺の横で蕩けたような顔をしている。


 ちなみに生まれた時は赤子ながらに胸と股間を隠すようなニコラであったが、その後ずっと兄妹として暮らしてきたせいか、俺や家族に対しては羞恥心が無くなったみたいだ。まぁ子供部屋でもずっと一緒だし、そんなもん抱えてたらストレスで生活できないよな。俺もニコラの裸をみたところでなんとも思わないし。


 そうしてしばらく無心で湯船に浸かっていると、庭に干している客室のベッドシーツを取り込みにきた母さんがやってきた。


「あら? それってお風呂?」


 このあたりでは風呂の文化はないが、他の地域にはあるところには風呂という文化はある。ウチは冒険者や旅人向けに宿屋をやっているだけあって、母さんはその辺の知識もそれなりに詳しい。 


「うん。こないだ冒険者のおじさんが言っていたお風呂ってのを、魔法で再現してみたんだ。すっごく気持ちいいよ」


 異世界の知識とは言えないので適当にごまかしておく。お風呂に興味を持った母さんが近づいてきた。


「へえ~。本当にとっても気持ちよさそうね……。というかマルクとニコラってこういうものも魔法で作れるのね! すごいわ~、母さん嬉しくなっちゃう」 


 母さんがニコニコしながら俺とニコラの頭を撫でる。そして両手をパンと打ち、


「ねえねえ、母さんも入っていい?」


 と提案した。


 俺とニコラは顔を見合わせた。一応は死角になっている裏庭の隅に作ったものの、ここは宿屋であり、いつ客が庭に入ってくるかは分からない。大の大人が庭で裸になるのはさすがにマズい。


「いいけど、今日はちょっと待って。明日ちゃんとしたやつを作るから」


「分かってるわよ~。とりあえず壁で周囲を囲ってくれれば大丈夫だからね?」


 母さんは一応危機意識を持っていたようだ。まぁ普段から食堂で客にナンパされまくってるからな。今のところは人妻と分かったら諦めてくれるが、タチの悪いのもいつかは来るかもしれない。被害を防止するためにも対策は練っておいたほうがいい。


 母さんに翌日に作ると約束し、ひとまず六年ぶりの風呂を楽しむことにした。ひとつ気になったことがあったので、母さんが仕事に戻った後、ニコラに聞いてみる。


「そういやお前、お客さんがこっちに来たらどうしてたの?」


「あっ……」


 それっきりニコラは風呂から出るまで無言だった。どうやら風呂の魅力の前には、元天使といえども周りが見えなくなってしまうみたいだ。

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