16 見回り後

 結局のところ見回りについて行っても、デリカのご機嫌を取るようなアイデアは浮かばなかった。というか魔法トマトと串焼きを交換して食べてるみたいだし、別にそこまでしなくて良くね? と考え方を改めた。


 ウルフ団隠れ家兼、俺の魔法練習場兼、児童公園に戻ってくると、ニコラが土の椅子に座って待っていた。結局家から出てきたらしい。まあゲームも漫画もないこの世界はヒマだろうしな。


 娯楽に乏しいこの世界で、精神的には成人に達しており童心に帰って遊べないとなると、家の手伝いでもするか、ニコラみたいに食う以外はなるべく寝てるか、俺みたいにひたすら将来に備えてスキルアップを目指すくらいしかやることがないと思う。


「あっ、お兄ちゃんと親分とユーリ君、おかえりっ」


 ニコラがエンジェルスマイルで俺達を出迎える。エンジェルスマイルにやられた大人しいユーリ君は顔真っ赤だ。惚れちゃいけませんよ、アレの中身は食っちゃ寝のことしか考えてない残念な生き物だよ。


「うん、今日は見回りに参加してきたよ。そして串焼きをおごってもらったんだ」


 エンジェルスマイルを浮かべたままニコラがピシッと固まる。


『えっ、なに、どういうことですか』


 念話が飛んできた。


『デリカたちは魔法トマトを串焼き屋で交換して、巡回の途中で食べていたみたいだよ』


『明日から毎日巡回に参加します』


 そうなるだろうと思った。それでもまあ、ニコラもずっと家にいるよりはいいだろう。



 ◇◇◇



 しばらく空き地で過ごしていると、のしのしと歩きながらギルがやってきた。そして辺りを見渡し、新たな石像にチャレンジ中の俺を見て呆れ顔になる。


「……すっかりご近所の憩いの場になっているが、これ、ワシが空き地に店を建てるから撤去するとか言い出したら悪者にならんか?」


「あははは……。何か建てる予定が出来たときは、少しづつ作ったものを潰していって自然消滅させてみるね」


「今のところ予定は無いが、その時は頼むぞ……。それにしても五歳の坊主がここまでやるとは思わなかったな」


「ギルおじさん! マルクは『月夜のウルフ団』いちの魔法の使い手なんだから、これくらいできて当然なのよ!」


 団で一番もなにも、俺とニコラ以外誰も使えないみたいだけどね。ちなみにデリカは、ニコラが魔法を使えることは知っているが「たしなむていどなの(ニコラ談)」というのを鵜呑みにしている。そもそも俺も、ニコラがどの程度魔法を使えるのかはよく知らないけどね。畑を耕すのを手伝う程度はできるくらいのことしか確認していない。


「そうかそうか。まあ頑張って町の平和を守ってくれよ」


 ギルは肩にかけていた鞄から取り出したお菓子を俺たちに手渡し、代わりに熟した魔法トマトをいくつか詰め込むとさっさと帰って行った。今日はなにか用事があるのかもしれないな。


 それはさておき、今日のお菓子はクッキーである。はちみつが練り込んであるらしく、そこそこ甘く良い香りがする。


「そういえばギルおじさんって何のお店やってるの?」


 デリカがクッキーをかじりながら聞いてきた。


「雑貨屋とか古本屋とか言ってたよ。いつもお菓子を持ってきてくれるし、食料品なんかも扱ってるのかもしれないね」


「ふーん、色々やってるんだ。もしかしたら巡回で見かけるお店のうちのどれかが、ギルおじさんの店かもしれないわね」


「今日巡回した通りにあった古本屋に『ギルの古本屋』って看板が立ててあったから、あれは多分ギルおじさんのお店じゃないかなあ」


「そのまんまのお店があったね……、というかマルクってもう字が読めるの?! すごいわね!」


 おっと、そういえば異世界言語翻訳スキルで文字は読めるけど、五歳児ですらすら読めるのはおかしいのかもしれない。ごまかしておこう。


「ああ、うん。たまたま知ってる字だったんだ。でもまだ書くのは苦手だから、六歳になったら教会学校に行って勉強しないとね」


 書くのが苦手なのは本当。さすがにスキルはそこまでは世話してくれなかった。今は漢字が読めても書けと言われれば書けない感覚に似ていると思う。


「教会学校かー。あたしは勉強するよりも町を守るために体を鍛錬したいわ! そしてこの町の衛兵になるか冒険者になるの!」


「ぼ、僕は勉強が好き……」


 普段あまり自己主張しないユーリが呟く。デリカが言うには、ユーリは教会学校の日はずっと教会の中で文字を覚えたり、計算の勉強をしているそうだ。それにしてもデリカの将来の夢は衛兵か冒険者か。


「衛兵とか冒険者ってどうやってなるの?」


「衛兵は町長さんが募集した時に申し込んで採用されないとなれないんだって。冒険者は冒険者ギルドで登録すればすぐになれるわ! でも特殊な事情がない限りは十歳まではなれないみたい」


 まだ見たことないけど、やっぱり冒険者ギルドってあるんだ。


「特殊な事情ってどんな?」


「お家が貧しくて小さくても働かないと食べていけないとギルドで認定された子とか、ラングみたいに孤児院の子とかね。寄付金で足りない分は冒険者ギルドで仕事を斡旋してもらって生活費に充てるんだってラングが言っていたわ。この間なんてシスターと一緒に町の外へ薬草を取りに行ったって自慢してたのよ!」


 デリカがプリプリと怒ってる。活発な女の子だけあって外への憧れがあるんだろうな。


「子供でも冒険者ギルドに登録していれば外に出られるの?」


「うん。でも外は危ないから絶対に大人が付き添わないと駄目だって、シスターにきつく言われているみたい」


 町からすると小さくとも冒険者なら自己責任ってことなんだろうけど、教会側でしっかりと注意しているようだ。それならよっぽどでない限り事故も起きないだろう。


 ……起きないよね?

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