第7話


 一部を除くアカデミーの研究者たちは、研究者専用の宿泊施設で暮らしている。

 王都は中心部に王城があり、王城に近いほど格式が高い地域となるような構造だ。

 王城内にあるアカデミーはもちろん国の最高峰の存在で、その研究者たちの宿泊施設も当然王城と隣り合わせといえるほどの位置にある。

 アカデミーの一員となった私もその例外ではなく、ジェズさんに案内されたのはその宿泊施設だった。


「すごい……お屋敷みたいですね」

「みたい、ではなくそのものですよ」

「へぇ……」


 王城のすぐ近くに建っている宿泊施設は王城よりは格段に小さいが、それでも見劣りしないレベルの建物だった。むしろ、王城の一部といってもいいくらいだろう。

 ジェズさんに連れられて中に入ると、その内装も外装に相応しいもので、それなりの商家の娘である私でも見たことのないようなものばかりが飾られていた。


「まずはこれを」


 ロビーの手前までやってきたところで、ジェズさんから鍵を渡される。

 それには滑らかにコーティングされた細長い木のブロックがつけられており、そこには304とラベリングされていた。


「私の部屋の鍵ですか?」

「はい。旅のお疲れもあるでしょうから、まずはお休みください。私はラディーナ様にリリ様が到着したことを伝えて参りますので、おそらくは今夜か明日中にお見えになられるでしょう」

「わかりました」

「それでは、私はこれで失礼させていただきます」


 ジェズさんは深く一礼をすると、すぐさま立ち去ってしまった。

 私もまずは部屋に向かい、一息つくことにする。壁にはわかりやすい案内板が取り付けられており、迷うことなく304号室までたどり着くことができた。


「失礼しまーす……」


 なんとなく、初めて入る部屋ということで挨拶をしてみる。

 もちろん、返事はなかった。


「ふぅ……」


 文字通り、ベッドに腰を掛けて一息つく。

 部屋の中は簡素なもので、ベッドがやたらとふかふかだったこと以外に驚く要素はなかった。

 広さも一人部屋に相応……よりは少しばかり広い程度のもので、ベッドとテーブル、椅子くらいしか用意されていなかったからだ。

 唯一あった意外なものといえば、テーブルの上の封筒だけだろうか。

 その封筒を手に取ると、裏側にはラディーナ・ローズマリアよりと記されており、中には一枚の手紙が入っていた。


『───まずはおめでとうと言っておこう。そしてようこそ、果て無き知の探究へ。ここは帰り道のない地獄への入り口だ。きっと君は後悔するだろう。我々のような有限の生物に待っているのは、無限の道を途中で断念するという未来のみなのだから。それでも、歩みをやめてしまった者よりは遥かにいい未来が待っていると私は信じている。

 さて、無駄話はこれくらいにして、本題に移ろう。見事私の試験を突破した君には、私の助手となる資格が与えられた。しかし、私はまだ君のことをほとんど知らない。君の容姿も、性格も、雰囲気も、何もね。つまり、私にとって君は未知の存在だということだ。そして、そんな人に私の研究を手伝わせるわけにはいかない。

 そこで、まずは君についての理解を深めたい。コンタクトはこちらから取ろう。簡単な面接のようなものだ。緊張せずに待っていてくれたまえ。

 追申 ジェズがうるさいので、特別に私が宿泊施設『ラピス』の構造を記す。一階にある食堂と大浴場は常に無料で開放されている。二階以降は宿泊部屋。以上だ』



 それは、いつも本で見ていたあの独特な物言いが、私に向けられて書かれているものだった。

 私はそのことに、抑えきれない興奮を感じた。

 しかも、この後実際に会えるのだ。いや、もちろん彼女の助手候補に選ばれた時点でそのとこはわかっていたが、それでもここまで来てようやく実感がわいてきたのだ。


 私ははやる気持ちを抑えて、無料で開放されているという食堂と大浴場に足を運んでみることにした。まだ昼過ぎといった時間だが、ご飯を食べてお風呂に入ったら部屋で寝てしまうつもりだ。長旅の疲れというのもあるが、ただ単に早くこのふかふかなベッドで寝たいという欲望のためもあった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る