第一章 アカデミー
第6話
十年ぶりにやってきた王都は、以前とあまり変わらないように思えた。
当時私は五歳だったのためあまり記憶には残っていないが、この警備兵が街中をうろついている光景が見られるのは王都だけだろう。それほどまでに人にも金にも余裕がある街は、この王都を除いて他にない。
それ故に人は王都に集い、時代は王都を中心に進んでいく。
商家である我が家もその例外ではなく、最低でも年に一回は王都へ商売に赴くし、いずれは王都に店を構えることを目標にしていた。
そんな中、皮肉にも我が家で最初に王都に移り住むことになったのは、一番年下である私だった。
五年前のあの日から、私は多くの時間をゲル島に関する知識の増強と、体力づくりに費やした。
そんな努力の甲斐もあり、私はついにラディーナ・ローズマリアの助手候補として認められて実際にアカデミーへと赴くことになったのだった。
「ようこそおいでくださいました。リリ・ポルカ様」
王都に着いた私を待っていたのは、なにやら高貴なスーツを身にまとった初老の男性だった。
その後ろには煌びやかな馬車が控えており、そこから少し離れたところには野次馬のような人集りができている。
かく言う私も、先程まではその野次馬の一員でいるつもりだった。
「驚かせてしまい申し訳ございません。アカデミーへの招待者にはこのように出迎えることが決まりとなっているのです」
「あ、ありがとうございます……」
確かに合格の通知と共に届いた書類には、迎えを寄こすという話も書かれていた。
だが、そんなものはせいぜい案内人を一人よこすくらいだと思うのが普通だろう。私は国の重要な人物でもなければ、他国からの使者というわけでもないのだ。いったい誰がこんな王族が乗るような馬車の出迎えが来ると予想できるというのか。
そんな私の戸惑いを見抜いたかのように、初老の男性がほほ笑んだ。
「本来ならばもう少し一般的な馬車で出迎えるのですが、ラディーナ様が私の助手ならばこれでいけと仰いまして」
「そんな、普通のでよかったのに」
「私もそう告げたのですが、ラディーナ様は聞く耳持たずなもので」
「やっぱり、変な人なんですか?」
「少なくとも、普通とは言い難いでしょうね」
その言葉には、どこかに尊敬の念が込められているようだった。
ラディーナ・ローズマリアの世間的な評価は、カルト的な話にのめりこんでその才能を無駄にしているというものが一般的だ。現にこの五年では目立った成果は上がっておらず、実際のところがどうなのかは不明だが、世間的には何もしていないに等しい。
そんなラディーナ・ローズマリアを敬うこの人は、何者なのだろうか。
そしてその私の疑問をまたも見抜いたかのように、初老の男性が口を開いた。
「申し遅れましたね。私はラディーナ様の専属執事であるジェズと申します」
「専属執事……ですか?」
「はい。アカデミーの研究者には一人ずつ専属の執事かメイドが付くものなのです。どちらかは希望ができますよ」
「えっと、それは私にもってことですか?」
「ええ。ただし、ラディーナ様に正式な助手として認められてからとなりますがね」
「それは……楽しみですね」
専属という言葉に、胸を躍らせる。
ジェズさんは、そんな私を見て微笑んだ。
「では、参りましょう」
ジェズさんにエスコートされながら、王族が使うような馬車に乗り込む。
この時私は、つい先日までの自分からはどこか遠いところまで来てしまったような感覚を抱いていた。
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