第29話


「お客さん、水の都につきましたよ」


 馬車に揺られ、街に寄り、また馬車に揺られる。

 そんなことを幾ばか繰り返して、ようやく水の都・イルガーナへと辿り着いた。

 久しぶりに訪れたこの街は、前回依頼できた時と同じような空気が漂っていた。


「しかしお客さんも運がないね。門番の話だと、精霊?とやらが居なくなったとかで、だいぶ混乱しているんだと」

「……そうなんですか。ありがとうございました」


 業者さんに感謝を伝えると、いち早く街の様子を確かめるために噴水広場へと急いだ。

 水の都の噴水広場はとても有名で、世界有数の観光名所だ。僕達が前回訪れた時───つまり水源汚染の対処に来た時は、この噴水広場は封鎖されていた。

 もしまた同じようなことが起きているなら、広場が封鎖されているかもしれない。




 結果として、僕の予想は裏切られた。

 噴水広場は賑わってはいなかったものの、封鎖されるほどの被害には合っていなかったのだ。

 水の精霊・ウンディーネが居なくなったというのは、ウンディーネが倒されたというわけではなく本当にどこかに忽然と消えてしまったということだろう。

 普通ならわけがわからないが、僕にはその心当たりがあった。

 そう。元パーティーメンバーのセロだ。

 確か、セロはあの水源汚染問題を解決した後にウンディーネと契約をしていたはずだ。

 さらに詳しいことを確かめるためにも、僕はギルドへと向かうことにした。



 ギルドに辿り着くと、これでもかというくらい驚かれた。

 まあ無理もないだろう。僕は元々ギルディアでパーティーの解散などの手続きをする予定でいたので、ここ一週間ほどは行方をくらましていたのだ。

 ギルド長の話によると、セロはヤヒムで、ダルツは南の方のペロースで姿を確認したらしい。

 僕は龍の谷に沿って北側へ。セロは龍の谷を抜けて東へ。ダルツは南へ。そしてレミアムは王都・フレスタへ行くと言っていたので、西へと向かったのだろう。よくも見事に分かれたものだ。

 それから、セロから神獣・ベヒーモスを討伐した際にエリンとガーディスが死んだという話を聞いたとギルド長が語っていた。どうしてそんなことになっているのかは想像もつかないが、前からセロは時折意味の分からないことをする男だったので、まあ何かあったのだろう。言い訳を作っていてくれたならこちらも助かるところだ。


(なら、リリアさんもエリンの件は知っているのかな……)


 リリアさんは冒険者をやめた後、この水の都のギルド職員になった。

 マジックナイツが水源汚染の依頼を受けたのも、リリアさんに頼まれたからという点がなかったとは言い切れない。

 本当なら僕の口から伝えたかったのだが、これは仕方がないだろう。僕がここを経由地にしたのも、リリアさんに会うためだった。



 解散の手続きと軽い近況報告。そして仲間の情報を聞いた後は、水源汚染の問題へと移った。

 今回の僕の予想は的中していて、ウンディーネは突然いなくなっていて、特に汚染源となっている強い魔物などの存在は確認されていないとのことだった。


「ベル様は、何か心当たりはありませんか?」

「……」


 困ったな。

 セロがウンディーネと契約していることを言ってしまえば話は済む。

 しかし、セロが理由もなくウンディーネを召喚するとは思えなかった。

 黙っておいた方がいいのだろうか?


「ベル様?」


 いや、何かの理由があったにせよ、セロがウンディーネを攫うとは思えない。無駄に隠蔽する方が高リスクだろう。


「……ギルド長は禁術というのはご存じですか?」

「禁術?ああ、名前くらいなら……まさか、その禁術で攫われたというのですか!?」

「ええ、僕の予想ではそうなりますね。マジックナイツの───ああ、いや。元マジックナイツのセロなんですけど、彼は『サモン』という禁術を使えまして」

「セロ様が!?そんな……元Sランクパーティーのメンバーが犯人だったとは……」


 あれ?ちょっと話の流れがおかしいぞ?


「いえ、あの……」

「ああ!気が利かなくて申し訳ない!安心してください!セロ様───いや、セロの野郎はしっかり私達で捕らえますから!」

「いや、そうじゃなくて……」

「さっそく対策を立てるので、これで失礼させていただきます!……確か数日前にヤヒムを経ったはずだ。龍の谷を越えてきたとなると───そうか。奴の故郷はフォーレンだったな。ならば……」


 ギルド長は僕の話に聞く耳を持たず、ぶつぶつと何かを呟きながら去って行ってしまったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る