第27話
気持ち的にはしばらく休憩がしたかったが、こんな所に居続けるのは危険だということで、すぐに撤退することにした。
「ジル、歩ける?」
「ああ……」
ジルはそう返事したが、明らかに左足を庇いながら歩いていた。
「無理しなくていいよ。ほら」
肩を貸そうとすると、普段はあまり弱みを見せないジルも素直に応じた。
「悪いな」
「このくらい平気だよ」
先程の戦いが染みたのか、リリアさんは前、エリンは後ろを警戒しながら森の外へと向かっていった。
「その……悪かったな。お前の言う通り、もっと警戒すべきだった」
顔を背けながらも、珍しくジルの方から謝罪をしてきた。
「僕もごめん。つい熱くなっちゃって、ゴブリンがいることをすっかり忘れてた」
お互いに謝ると、「この話はもう終わりな」とジルが言うので、僕もこれ以上は何も言わなかった。
「きゃぁぁぁ!」
しばらく森を進んでもう安全な所まで逃げて来られたかと思った所に、エリンの悲鳴が響き渡った。
「エリン!?どうした!」
慌てて後ろを振り返ると、一匹の森狼がエリンと対峙していた。
先程悲鳴をあげた時に襲われたようで、エリンの右腕からは血が流れている。
「森狼だと!?なんでこんな所にいんだよ!」
ジルが焦ったように叫ぶ。森狼といえばEランク魔物で、Eランク魔物の中ではかなり危険視されている魔物だ。
「きっと血の匂いよ。確か、森狼の習性に一度噛みつかれると血の匂いを辿ってどこまでも追ってくるっていうのがあったわ。とにかく私が食い止めるから、エリンとベルは援護お願い!」
リリアさんが慌てて前から戻ってきてから、森狼に突撃する。
森狼はリーチの長い両手槍は苦手なようで、リリアさんに対する有効打がなく攻めあぐねていた。
しかしそれはリリアさんも同じことで、素早い森狼の前に攻撃を当てられていなかった。
「『フレイムシュート』!」
エリンが森狼の弱点である火属性の魔術を放つが、こちらの魔術を確認するとすぐにリリアさんを撒いて冷静に躱されてしまう。
「それなら……『スパークボール』!」
今度は僕が素早さを奪うために若干の麻痺効果が期待出来る雷属性の魔術を放ったが、それも難なく躱されてしまった。
「だめだ!速すぎて魔術が当たらない!」
僕がそう叫ぶと、リリアさんが攻撃の手を更に増やした。
「私が森狼の体力を奪うから、それまで二人は……っ!」
リリアさんが森狼を追い立てていたが、森狼は隙をついてリリアさんから距離をとると、目標を僕に変えてこちらへ突っ込んできた。
「……しまった!魔力が!」
僕は牽制の魔術を放とうとしたが、不発に終わった。
高位の魔術師になれば自分の魔力量を感知する事が出来るようになるのだが、当然駆け出しの僕らにそんな技術はなかった。先程のゴブリンとの戦闘も合わせて、僕は自分の魔力を全て使い果たしてしまっていたようだった。
(だめだ……この距離じゃ避けられない!くそっ!もっと魔力管理をしっかり意識しとけば……!)
森狼は既に僕の近くまで迫ってきており、エリンの援護も期待できなかった。
(考えろ!時間が無い!……くそっ!せめて差し出すなら左腕だ!)
僕はもう回避することは諦め、被害を抑えるために左腕を盾にしようとした。
すると、突然僕の前に人影が現れた。
「ジル!!」
その人影──ジルは、自分の腕を盾に森狼を食い止めた。
「お前らは逃げろ!!」
ジルが森狼を押し倒しながらそう叫んだ。
「何言ってるんだ!こんな状況で逃げれるわけないだろ!」
「うるせぇ!お前は無駄死なんてしたくないんだろうが!」
僕は、ジルの言っていることが理解出来なかった。だって、まるでこんな言い方は──
「俺はいつでも死ぬ覚悟なんて出来てる。冒険者になった時からな」
「そんな覚悟いらないよ!ジルが戦うなら、僕だって───っ!?」
僕だって戦う!と叫ぼうとしたが、それはジルによって遮られた。ジルが投げた盾が僕の腹に当たり、言葉が続けられなくなったのだ。
「どうして……」
それがまるでジルに拒絶されたようで、僕は戸惑った。僕とジルは頼り頼られ、助け合う関係だと思っていたのに。
「一秒でも早く逃げろ!血の匂いを追ってくるんだろ?エリンを出来るだけ遠ざけねぇと追いつかれるぞ!」
僕は、この時ジルが何を言っているのかわからなかった。いや、わかりたくなかったのかもしれない。
唖然としている僕に、エリンが近づいてきた。
「ベルさん、逃げましょう!ジルさんの覚悟を無駄にしちゃだめです!」
僕は頭が真っ白になる中、エリンに言われるがままにその場を逃げた。
エリンに引っ張られながら森を一直線に走り続け、気がついたら街の前まで走ってきていた。
「……」
森の方を振り返る。そこには人影などなく、一面の草原が広がっていた。
それから暫く森の方を眺めていたが、森の方から出てくる人はいなかった。僕は何も考えることが出来ずにただ立ち尽くしていた。ジルのことすら考えることが出来なかった。
ただただ残酷な現実の前に、打ちひしがれていたのだった。
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