第24話
「うー!」
「ウンディーネちゃん?そろそろ機嫌を直してほしいんだけどー……」
「や!」
龍の谷を目指して歩いている最中も、ウンディーネちゃんはずっと不機嫌だった。
メデューサとインフェルノちゃんは何やら二人で話をしているようで、助け舟は期待できそうになかった。てかあいつらは俺に押し付けたいだけだろ。いや全部俺が悪いんだけども。
「おにーさんといっしょがいいのー!」
「そりゃあ俺もウンディーネちゃんと一緒がいいけど……」
「えへへー!いっしょー!」
可愛いッ!!!……とか言ってる場合じゃねえ。
「だから、一緒に行く許可を水の都にもらいに行かないとね?」
「むー」
勘が鋭いのか、本当にわかっているのか。どんな説得を試みても、ウンディーネちゃんが水の都に行くことに前向きになることはなかった。
実際、水の都がウンディーネちゃんを手放すという選択をすることはないだろう。あそこは名前の通り水を売りにしている所だし、その水が売りにならなくなると観光客は大幅に減ってしまう。
いや、それだけで済めばマシな方だ。住民だって、水の都に住む意味を失い、どんどん外に出て行ってしまうかもしれない。
「……」
水の都に着くまでに、覚悟を決めなければならない。
ウンディーネちゃんを引き渡すのか、連れ去るのか。
お気楽な一人旅でもする予定だったのにな。なんて文句をたれながらも、悪い気はしなかった。
「全員乗ったかの?」
「OKだ!」
龍の谷に着くと、さっそくインフェルノちゃんに乗っての移動になった。
ウンディーネちゃんが怖がらないか少し心配ではあったが、前に俺がインフェルノちゃんに運ばれた時にはすでに俺の体に憑依していたため、初体験ではなかったようだ。むしろ、先程までの機嫌とは打って変わってウキウキしている。
「ちょっと待ってください!無理です無理ですこんなの無理です!」
対するメデューサはこんな様子だった。
お前はウンディーネちゃんを見習え。
「では行くかのう」
「ごーごー!」
「ちょ、待ってくださあああああああ!!!」
「きゃーーー!」
うるせええええ!
「……はぅ」
俺の前に座ってたメデューサが、俺に背を預けてくる。
「おい!おい!……嘘だろ」
気絶しやがった。
「ウンディーネちゃんは!?」
「なーにー?」
ウンディーネちゃんは無事なようだ。
「きゅー……」
ん?
メデューサのやつ、今ちらっとこっちを見なかったか?
「……」
「……好きだ」
「私もです……」
「気絶したふりじゃねえか!」
乱暴にメデューサを離す。
「いやっ!ちょっと!落ちたらどうしてくれるんですか!」
「だったら最初から危ないことしてくんな!」
こいつ、想像以上にめんどくせえ。いっそ水の都で売り飛ばすか……
「きゃー!」
俺とメデューサの間にいたウンディーネちゃんが、メデューサの真似をして俺に倒れこんでくる。
「おーい危ないからなー」
「私の時と対応が違いすぎませんか!?」
「はっ」
なんのことだか。
「……おぬしら、余裕そうならスピード上げてよいか?」
「へ……?」
間抜けた声を上げるメデューサ。
こいつ、今ので結構限界なんじゃないか?
「……セロさん?なんでそんなニヤニヤしてるんですか?気持ち悪いです」
「そいつは面白い冗談だ。……インフェルノちゃん!全速前進!」
「ほれ!」
その掛け声に合わせて、スピードが一気に上がる。
「うおっ!」
「ちょっ!いや!いやああああああ!」
「きゃー!」
相変わらず、ウンディーネちゃんは楽しそうだった。
龍の谷を北西に向かって一気に駆け抜けた俺達は、一日も経たないうちに水の都付近までやってきていた。
「メデューサ、いい加減そろそろ復帰しないか?」
「うぅ……もう少し待ってください……」
あの後から死んだように何もしゃべらなくなったメデューサは、着陸すると同時に地面に倒れこんでいた。
なんとなく、罪悪感を覚えてしまう。
「貧弱じゃのう」
インフェルノちゃんはそうでもないようだった。
「……」
ちらりとウンディーネちゃんの方を確認すると、こちらはこちらで明らかに元気がなかった。
……俺はどうするべきなのだろうか。
水の都のことを考えるなら、ウンディーネちゃんは返すべきだ。だが、ウンディーネちゃんはそれを望んではいない。
「……まあそう背負い込むでない」
俺が葛藤しているのを見かねたのか、インフェルノちゃんが声をかけてくれる。
しかし、そうも簡単に割り切ることはできなかった。
今回の件は完全に俺に責任だ。
俺には、きちんと考えて答えを出す責務がある。それから目を逸らすわけにはいかない。しかし、俺は答えを出すことができなかった。
「おぬし、行くぞ」
インフェルノちゃんの声で意識が戻る。
いつの間にかメデューサも復帰していたようで、三人は水の都に向かって歩き出していた。
俺もとぼとぼとその後を追う。今までの俺達からは想像もできないほど哀愁にあふれた光景に、俺は寂しさを感じていた。
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