第15話
インフェルノちゃんが魔力を感知した場所まで辿り着くと、そこには予想通り人がいた。
遠くから見た感じそこまで団体というわけではなく、数人程度といったところだ。人数的にはおそらく、冒険者のパーティーだろう。
「どうするのじゃ?」
「せっかく来たんだし、声かけよう」
インフェルノちゃんは個人からは薄い魔力しか感じないようなので、そこまで強いというわけでもないだろう。全員手練の剣士とかだったら話は変わってくるが、そんな頭のおかしい編成はありえない。
「おぬしがそれ言うか?」
「ははっ」
何のことだかさっぱりだ。
俺達が近づいていくと、向こうもこちらに気づいたようで、一人の男がテントから出てきた。
「こんばんは。こんな所で人に会うとは思いませんでしたよ」
この男はまさに好青年といった印象で、装備もなかなか良さそうなものを付けていた。
「こちらこそ。実は場所が掴めずに迷っていたところで、フォーレンに行くにはどっちへ向かえばいいのか教えて欲しいのですが」
俺がそう返事をすると、インフェルノちゃんは何やら「こやつが敬語を使っておる」と必死に笑いをこらえていた。
……そんなに変か?
「フォーレンですか?それならばあちらへ歩いていけばヤヒムの街につくので、そこから馬車に乗って港まで、港から船でフォーレンまで行けますよ」
そう言って、その男は俺達が歩いてきたのとは逆の方を指さした。
「そうですか。真逆の方に行ってしまうところでした。ありがとう」
「いえいえ。もしよろしければいくつか質問をしたいのですが……」
道案内の対価といったところだろうか。助けてもらった手前断るのは気が引けるので、質問くらいならと頷いた。
「マジックナイツのセロ様……ですよね?」
おっと、俺の顔がそこそこ有名だということをすっかり忘れていた。こりゃ顔を隠しておけばよかったな。
「そうですね」
まあバレてしまったものは仕方がなく、嘘をつく理由もないので素直に頷く。
「そちらの方は?」
「わしはイン「そこらで拾ったガキです」」
インフェルノちゃんが答えようとしたのを遮って誤魔化しておく。シナリオ的には龍の谷でパーティーが壊滅して……って話にしているので、こいつの正体がバレるとちょっとややこしいからだ。
「ガキとはなんじゃ!失礼な!」
俺の心を読んでくれたのか、そうは言うもののインフェルノちゃんが改めて自己紹介をすることはなかった。
「……?そうなのですか。他のメンバーの方は?」
「実は龍の谷で色々ありましてね。そのうちリーダーから情報が出ると思うので、それまでは俺の口からは何も言えませんね」
そう言うと、事情を察したのか表情が少し曇った。
「それは失礼しました。しかし、実は私達も龍の谷に行く予定だったのですが……」
「龍の谷に?いったい何のために?」
龍の谷はかなり危険な場所だ。装備はそこそこのようだが、正直そこまで強い気配を感じないので、ろくに太刀打ちできるとは思えなかった。
「……セロ様ならば話しても大丈夫でしょう。実は魔王軍の幹部が龍の谷にいるという情報がありましてね。そちらの調査に派遣されたのですよ。ああ、まだ名乗っていませんでしたね。私はヤヒムのギルドの者でして、リグと申します」
「リグさんですか。これはどうも」
ギルドの調査員か。それならば納得だ。
しかし、魔王軍幹部といえば神獣ベヒーモスのことだろう。それならインフェルノちゃんが既に倒してしまったので、リグさん達は無駄足ということになる。
「あやつならわしが……もがっ!?」
慌ててインフェルノちゃんの口を抑える。すごい目付きでこちらを睨んできたが、それはこちらの気持ちである。
(魔王軍幹部を単独突破とか、知られたら不味いだろ!絶対面倒事に巻き込まれるぞ!)
インフェルノちゃんが心を読んでいるかはわからないが、一応心の中でそう叫んでおいた。
しかし、よく考えればこれは都合がいい。神獣ベヒーモスと戦って二人が死んだことにしてしまえばなんの違和感もないだろう。
そう思って、早速そのように仕立て上げることにした。
「魔王軍幹部ってのは神獣ベヒーモスのことですか?それなら俺達が倒しましたよ」
うん、嘘は言っていない。
「えっ!?本当ですか!?」
リグさんが信じられないといった様子で驚いた。
無理もない。実際俺達が倒したのはヘルグレアだが、神獣ベヒーモスとヘルグレアでは正直格が違うのだ。
余計な事を言ってもボロが出るだけだと思った俺は、渾身の一言で返答することにした。
「ああ……」
見よ!この溢れんばかりの哀愁を!魔王軍幹部を倒したというのにこのテンション!俺が一人なのも合わせて、パーティーメンバーが死んでしまったと察してくれるはずだ!いや、察してくれ!
……ん?というか、よく考えたら龍の谷で色々あってってとこで既に察されていたんじゃ?
「……っ!そうでしたか。魔王軍幹部を倒していただき、ありがとうございます。ギルドの一員として心から感謝致します」
よし!なんとか乗り切ったか!?
「大丈夫です。事故みたいなものだったので……」
俺がそういうと、リグさんは重い空気に耐えかねたのか、事務的な話を始めた。
「あの、討伐の報酬などは未定だったのですが、そちらはどうされるおつもりなのでしょうか」
討伐の報酬か。いや、討伐したのはインフェルノちゃんだし、消し炭にしたから証明出来るようなものも残ってないからな……
「魔王軍幹部を倒すのは当然のことです。クエストでもなかったのですし、報酬はいりません」
そう話を切り上げようとしたのだが、リグさんは引き下がれないようだった。
「そういう訳にはいきません!示しをつけるためにも、報酬は受け取って貰わないと困ります」
そうは言われても、こちらも受け取れない事情がある。下手に報酬を受け取ってしまうとマジックナイツの他メンバーにも渡るはずなので、そこで嘘だとバレる可能性がある。
「実は討伐を証明できるものがないんですよ。回復力が凄まじくて最後は一気に消し飛ばしたので、塵一つ残ってないんです」
これで引き下がってくれなければ、こちらにはもう手がない。まさか、こんな所に伏兵がいるとは……
「それならば、ヤヒムのギルドにて魔力感知器で龍の谷を監視しているはずなので、そちらで確認すれば大丈夫でしょう」
……マジですか。これは解決出来なかったどころか、問題が増えたんじゃないか?
「魔力感知器ですか。しかし、龍の谷といえばインフェルノドラゴンの魔力でかき消されてしまうのでは?」
「いえ、あれは一見周囲の魔力量を計るだけの装置に見えますが、見る者が見れば魔力の質や詳しい発生源等もわかるのですよ。現に、それで龍の谷に強力な発生源が二つあったので、調査に来たというわけです」
はい、アウト。今はギルドのお偉い方達がインフェルノちゃんの魔力も消えてさぞ慌ててるんじゃないかな。
「なるほど……」
もっとなんか言えよ俺!いやまあ何も思いつかないけどさあ!
「という訳で、もしよろしければヤヒムに着いたらギルドの方へ寄っていってください。私達は一応龍の谷の方を調査するため同行できませんが、ご容赦ください」
「あ、はい」
あ、はいってなんだよ。
「それでは、私はそろそろ休みますので失礼します」
リグさんはそう言って一礼すると、キャンプの方へと戻っていった。
「おぬし交渉下手じゃな」
「何も言い返せん」
というか、魔力感知器の性能次第では俺が一人で龍の谷に入ったってことすらバレるんじゃないか?
はぁ。そこまで高性能じゃないことを祈るしかないか……
「いざとなったら殺せばよかろう」
なんかインフェルノちゃんは物騒な事言ってるし。
「あやつらを消して何も無かったことにするのはどうじゃ?」
「いやいや、人としてアウトだからそれ」
インフェルノちゃんの価値観とかもどうにかしないとだな。問題が山積みすぎてつらい。
リグさん達の近くで休むのも変なので、そこから少し進んでから休憩することにした。
元々暗くなりかけていた空は既に真っ暗で、一日中歩きっぱなしだったからかテントを張ると二人ともすぐに眠ってしまった。
明日になったら全て無かったことになってないかな……
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