白黒つけようZe☆!

凪常サツキ

白い少年


 もう十五年も前のことだった。とある村にハールしろい(0)という男の子が生まれた。とても白い肌を持っていたので、彼はそんな名前を付けられたのである。

 変わった名前の子を見ようとして、当時家には多くの親戚が集まった。この世界を生きるにあたって、親戚が多いのはとても頼もしいことだ。だが、家に来るなり食卓の食べかけ麦パンを食べ始めた虫歯だらけのオルフィおじさん(36)や、やたら噂話を誇張して話すラオニエおばさん(41)のようないわゆる「正直会いたくない親戚」がやってくるのは一家の者にとって国税徴収人に匹敵する迷惑さである。ちなみに、今回オラニエおばさんは大根の効能について誇張して、それに感化された村一番のお大尽であるフラグ(56)は出産祝いの祝儀に大根を八年分送りつけてきた。これには閉口せざるを得なかった。食料が底を尽きる心配は当分ないが、毎日の食事に必ず一品は大根料理がふんぞり返っているのだ。考えても見てほしい。あの白くて形もあまり特徴のないくせに、苦くて意外と自己主張の強い野菜が毎日スープに我が物顔で浸かっているのだ。

 さて、良い親戚とそういった迷惑な人を区別するのは一家の大黒柱であるボンニード親方(33)の仕事だ。ひとたびその場で迷惑と判定された人は「思い知らせてやろうか」の一声で退散する。そんなガサツな彼が親方と言われる所以は、①村一番の大工であり、②気さくな性格で、③ごつい見た目に反して繊細な作業もお手の物である彼はおまけに④三十代前半にして髪も薄いので、同じく頭部に少々問題ありなご老人達からも好印象だ。

 最後に「一家の大黒柱を支える柱」は、母親のイーダ(32)。何と言っても料理の腕が冗談のように高く、その噂は隣の村にも知れ渡っている。彼女に作れないものは無いのだ。若いときは、残り物だけでちゃっちゃっとエリクサなんかも作れた。そんな彼女にかかれば、炒めた水と軽く湯がいた水、そしてそれらを軽く水で煮込んだものに水のソースを掛けて、絶品のぬるま湯すら作り出してしまうことなど想像に難くない。ついでに言うと彼女はハールの教育も担当していたが、あまりに子育てと大根に苦しめられてしまったため、もっぱら最近はやりの「飛び出す絵本 全巻セット」で何もかも済ませていた。最初は「飛び出す文字の学習」とか「飛び出す動物図鑑」とか実用的なものばかりだったが、最後の方は「飛び出す兵役免除指南」など、飛びださなくてもいいものまで飛び出していた。


 そんな家庭環境で育ったハール少年(15)は、その年にして村一番の有名人になっていた。そしてその知名度と能力を生かして、今は「白の純度を測る仕事」をしている。しかし私には、読者の皆さんの「いきなりこう言われても何のこっちゃ分からないだろ」と言う叱咤の声が時空を超えて私の書斎に届いているような気がするので、補足を加える。

 まず、彼に最初の歯が生えると同時に、その興味はすべて白いものに注がれていった。もっとも、彼の育った家にある「白」と言えば、大根の他には家族の歯と白目くらいであったが。そういうわけで一人で歩けるようになると、よくお隣に住む二歳年上のテリー君と共に冒険に出かけて行った。彼らが見つけた白いものの例を上げていくだけで白の百科事典が出来てしまうが、あえてその危険を冒そうと思う。焼いた鶏の卵、空に浮かぶ雲、池の底に沈んでいた貝殻、牛の体毛、牛乳、植物の綿毛、雪、テリー君とは反対側に住むレムおじいさん(77)の髪の毛、もういいか。まあ、これを読んでいる大人たちも、今一度この頃の自分を思い返してほしい。なんと無意味なものに興味を示した時代だったのだろう!

 そうしてさらに年月が経ち、彼は八歳になった。相棒のテリー君はもう白いものを探す遊びにはこりごりといった様子であったが、ハールは未だに続けていた。とは言え変化がなかったわけではない。彼はより白一色に固執していった。例えば幼いころに見つけて喜んでいた赤と白の混じったキノコ、もしくは頭から小麦粉をかぶったわんぱく小僧には、今は全くときめかない。いわば「正統と邪道」の分別をつけるようになったのだ。

 白への異常なまでの興味は、両親の頭を悩ませた。だが、彼らが最も悩ましいと思っているのは、相変わらず毎日料理に出続ける大根だ。

「じゃん! 今日のスープは大根と大根の合わせ汁よ」

「おい、全部大根じゃないか」

「あなたが大根に抜群に相性のいいもの入れてって言ったんじゃない。相性のこと考えたら、大根に最も合うのは大根よ」

 これは親方が悪い例。

「ああああー、もうくそ忌々しいな、この野菜は! 切り刻んでも苦味で自己主張、焼いても効果はいまひとつってところで体積は変わらず、スープに入れてもまるで湯船につかるような顔をしやがって」

「ホントだよ。見る分には白一色だから僕にとっては良いけど、焼いたり茹でたりしちゃうと途端に透明になっちゃうんだもの」

 親方とハールは親子そろってため息交じりの食事をとる。もしあなたもこの状況を再現してみたかったら、苦虫をすりつぶして全ての料理に万遍なくその濃厚エキスを塗りたくって混ぜまくって乗せまくろう。家族とのにらめっこ大会か乱闘のどちらかが始まる未来に、私は三マルクかけてもいい。

 それに対して母親のセーダは怒り以外何物でもない感情をあらわにして、

「どうしょうもないでしょう! これが嫌なら生でそのままかぶりついてもらうから、まったく」

 おっと危ない。危うくこの白い悪魔に一家団欒が引き裂かれる所だったと、皆食べ物を口に運ぶ時以外は閉口する。

「はあ。よくよく考えれば、フラグが大根八年分だなんて狂気すら感じる祝儀を渡してくるからよ」

 しくしくと泣き始めたセーダ。夫の暴言や暴力に泣かされる妻は見聞したことがあっても、よもや大根に泣かされる妻が居ようとは。

「しかしフラグは確かに八年分と言ったよな?」

「ええ、はっきりと。八十年分ではないことは確かね」

「だがまだ干した大根の在庫がたんまりある。最低でも十年分だったよな」

「あの人、絶対大根好きなんだ! そうよ、だって毎日こんなに食べているのに、まだ家の倉庫の四半分を占領しているんだから」

 こうなってはもう息子の白に対する執着心がどうとか言っている場合ではないのだ。そんな性癖を野放しにされた事情があって、彼の白を愛でる癖はもう一種の性癖と言えるものとなっていった。


 そしてとうとうお待ちかね、そんなことがあっての十五歳である。ハールのもとには毎日数十人の暇すぎる村人がやってきて、「自分の歯はこいつより白いだろ」とか、「わしの育てた白百合は、野生のものよりもきれいじゃろ」とかいった質問をしていく。その大半はお礼として、お古の服や愛情をこめて育てた野菜を置いていく(もちろんそれが大根の場合は丁重にお断りする)。しかしこの前、紙の白さを鑑定してくれとお願いして来た細身の男は、彼にちょっとしたお小遣い(錆々の金貨)をくれた。これで味を占めた彼は、自分の力をもっと強化することに努めるようになり、これの気迫には両親も折れざるを得なかった。

 そして、次第に村全体がハールしろ色に染まり始める。多くの人々が次に作るものはみな白い。親方だってほら、無意識に感化され過ぎたか、お任せで頼まれた家を白い壁に白い屋根で作った。それはもうカラスすら白に染め上げそうな勢いである。


 だが、その風潮に反対する者も当然いる。隣町の外れに住む腹黒おじさんベッカー(63)がその一人だ。

 彼は黒い家に住み、黒い服を着て黒い帽子をかぶって過ごしている。おそらくこの黒に対する執着心が、彼が六十代に突入してすらいまだに白髪が一本もない所以なのだろう。

 意外にもそんな彼は腹黒い性格ながらも人当たりは良く、おそらくボンニードと同じくらいの人望がある。恐らく隣町の住民はツンデレ萌えなのだ。ただし、このベッカーおじさんと仲良くなりたいという方が読者の中にいる場合、少々心構えが必要だろう。というのも、彼が好きな意思疎通手段が文通であるにもかかわらず、何せ黒い紙に黒い文字で手紙を書くからだ。わかりにくいことこのうえない。

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