打算的ロマンチスト
夏河デルタ
第1話
「……今ここで、誰かに付き合ってって言われたら、どうする?」
目の前には、虚しくライトアップされた噴水。誰も気にしちゃいないのだが、毎晩光っている。四月の夜はまだ寒い。冷たい風が、木の葉を揺する音が聞こえる。今日は天気がいい。灰色の雲に邪魔されることなく星が輝いていて、オリオンはすっかり、西に追いやられている。
雑念をすっかり拭ってしまうような、美しく儚い夜。公園のベンチに男女が二人。例えばこんな、ロマンチックな夜。純情な少年少女の誰もが憧れる、「大人」の世界。
今、私が置かれているこの状況を純情な少女だった頃の私に見せたら、きっと頬を赤らめて、自分の未来を想像し、胸を高鳴らせるだろう。恋に恋する、ちょっと惚れっぽい、純情な少女なら……。
「一旦持ち帰って、考えます」
二人の間に、冷たい風が吹き抜ける。ああ、純情。私の大切な純情。やっぱり、手放せなかった。
「持ち帰って、何を考えるの?」
「えっ」
予想外の返事に、思考が一瞬止まりかけてしまった。すぐに回答を絞り出そうとするも、いい考えが浮かばない。
「それを言っちゃったら、持ち帰って考える意味がなくなるのでは」
ああ、これでは苦し紛れの屁理屈じゃないか。
「まあ、そうやね」
よかった、彼もあまり頭がまわっていないらしい。もう一時間もこの状況が続いているのだから、仕方がない。まだ九時前だから、早急に帰りたいという訳ではない。だが、そろそろ辛くなってきた。この、静かで夢のないやり取りに耐えられなくなってきたのだ。
「うーん……そろそろ、帰るか」
そういって彼が立ち上がったので、私も勿体ぶってカバンをいじってから立ち上がった。今の自分がどういうキャラをしているのか、わからなくなってきた。少々、壁を張り過ぎたみたいだ。
二人で駅まで歩いて戻る。さっきまで、駅近くのファミレスで食事をしていた。彼は大学に実家から通っているので、これから電車で一時間強かけて帰らなければいけない。私は大学行きのバスに乗って帰る。
「でもさ、一人くらい、とりあえず付き合ってみるのもありだと思うんだよ。意見を押し付けてるわけじゃないけど」
「あはは、そう、ねえ」
今の私が作っているキャラは、一体誰なんだ。
「俺に言われて嬉しいかはわからないけど、可愛いと思うし、自分に自信もっていいよ」
「誰に言われても嬉しいよ。自己肯定感低いから」
……駄目だ。どうすればいいのかわからない。意識的に鈍感少女を演じているようで気持ちが悪い。
駅に着いた。今日はありがとう、なんて思ってもいないセリフを告げて、彼と別れる。
今、すごく不思議な気持ちだ。惚れっぽいはずの自分が、一時間近く口説かれ続けたのに、全くドキドキしていない。むしろ、恐ろしいほどに冷静だ。彼氏が欲しい、彼氏いない歴二十周年のアニバーサリー迎えそう、付き合ってみたい、リア充がうらやましい……などと、日常的にこぼしていた私が、どうしてこんな大チャンスを自ら全力で回避しようとしているのか。
しかしまあ、あんなに無粋な口説き方は聞いたことが無い。いや、口説かれたことなんてないから、主に漫画やアニメの知識しかないのだけれど、それにしても美しくない。遠回しに、「好きな人はいるの?」とか、「どんな人がタイプ?」とか、「こうやって二人で会ってくれるってことは、もしかしてって、期待したんだけどな」とか……。どうしてそんなに、遠回しな表現しかできないのだろう。傷つきたくないから? なら何故、会って二回目の人間にこういう話ができるのか、非常に疑問である。
つまりは、手っ取り早く彼女が欲しいって事でしょう?
なんて言って、責めてみるべきだったのだろうか……。不快だ。一般的な大学生は、こうやって打算的に恋人づくりに勤しむものなのだろうか。
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