第152話 白い霧

「これより、私の能力を説明させて頂きます。聞くか聞かないかは、貴方達の判断にお任せ致します」


 ジャック=ザ=リッパーのオペラ歌手のような美声が響く。

相葉ナギが、疑問の色を顔に浮かべた。


「能力の説明? なぜ、自分の能力をわざわざ説明する?」


ナギが小さく独語すると、大精霊レイヴィアが答えた。


「『能力開示魔法』じゃよ。敵に自分の能力を教える事で、誓約を発動させる。それにより、ジャック=ザ=リッパーは、自分の能力を晒すというリスクを負う。じゃが、その代わり、自身の能力とステータス全体のレベルアップを行う事が出来る」


 大精霊レイヴィアの説明を受けて、全員の視線がナギに注がれた。


「どうするナギ? ジャック=ザ=リッパーの説明を聞くか? 聞かないか? どちらにする?」


 槍聖クラウディアが問う。

ナギは数瞬の思惟の後に口を開いた。


「……説明を聞く。あまりに情報が不足し過ぎている。ジャック=ザ=リッパーをレベルアップさせるリスクを負ってでも情報が欲しい」


「ナギ様がそう仰せならばそれが正しいでしょう」


セドナが当然のように答える。


「ああ、ボクもナギに賛成するよ」


 エヴァンゼリンが、灰色の瞳にナギに対する信頼を映して言う。

 ジャック=ザ=リッパーは優雅に軽く頷いた。


「では、私の能力開示魔法を発動致します。まず、皆様が急に魔力を減少させたのは、私の異能『白(ボイラ)い霧(ブランカ)』です。

 私の発生させた白い霧が漂う空間にいる間は、貴方達の魔力は減少を続けます」


 ジャック=ザ=リッパーは片手に持った象牙つきのステッキを軽く回す。


「二つ目の異能。私は、『透明(フーラ)なる刃(トランサレール)』という異能を用います。なに、相葉ナギ様たちのような偉人と比べればくだらぬ能力ですよ。なにせ、『自分の存在を敵から隠す』。すなわち、透明人間のように見えなくなるだけの異能です。ただし、魔力も、気配も、そして、殺気、闘気、存在感、匂いに至るまで完全に消え去り、私を見つけ出す事は難しくなります。皆様ほどの猛者でも、感知魔法や殺気、闘気を読んで私を発見するのは不可能です」


 ジャック=ザ=リッパーが説明するとナギ達の顔に戦慄がよぎった。


(くだらぬ能力どころではない。これ程厄介な能力はないぞ)


 ナギは舌打ちした。敵が何処にいるか全く分からない状況で攻撃される。それではこちらは戦う前から手足を鎖で縛られているようなものだ。


「そして、三つ目。私は五体の分身を用いて、皆様を攻撃します。五体の分身体は、全て私と寸分違わぬ姿です。これら五体は、僅かに魔力を感知する事ができるでしょう。なにせ分身体は、『透明(フーラ)なる刃(トランサレール)』を完全には扱えません」


 ジャック=ザ=リッパーはシルクハットを僅かに下げた。ジャック=ザ=リッパーの白い仮面が妖しく光る。


「当然ながら、私も攻撃を致します。本体である私を殺せば、分身体は消えます」


ジャック=ザ=リッパーは舞台俳優のような所作で懐から懐中時計を取り出した。


「では宴を開始しましょう。なお、私の『白(ボイラ)い霧(ブランカ)』と、『透明(フーラ)なる刃(トランサレール)』は後一時間で使用不可能となります」


 ジャック=ザ=リッパーが説明すると、ナギは驚きの光を黒瞳に宿した。


「なぜ、奴はワザワザ自分の弱点を晒したのですか?」


 ナギが大精霊レイヴィアに問う。


「弱点を晒してリスクを背負う分だけ、レベルアップできるのが、能力開示魔法じゃ。奴は相当強くなるぞ。我らのような強者に対抗するための策じゃ」


 桜金色(ピンク・ブロンド)の髪の精霊が答える。


「……つまり短期決戦宣言」


 大魔導師アンリエッタが呟く。


「もちろん、一時間、私から逃げ回る事も可能ですよ。一時間逃げ切れば、私は弱体化し、皆様は私を確実に討ち取る事が出来るでしょう。ですが、この『白(ボイラ)い霧(ブランカ)』は、少しばかり毒性が強い。一時間もすれば、皆様は死ぬか、最低でも手足の機能を失う事になるでしょう」


 ジャック=ザ=リッパーが、懐中時計をパチリと閉めて懐に入れる。

 ナギ達は視線を左右に移動させた。白い霧がロンドン全体を覆い不気味に揺らめいている。


「では宴の説明はこれにて終了とさせて頂きます。どうぞ、お楽しみを……」


 ジャック=ザ=リッパーの長身が忽然と消えた。

 ナギたちは、即座に感知魔法を使って、ジャック=ザ=リッパーを探索した。

 だが、魔力も気配も全くない。ジャック=ザ=リッパーの位置が、分からない。

刹那、鮮血が宙空に舞った。

 クラウディアの右の太股が切り裂かれたのだ。

 クラウディアは苦痛に顔を歪めると片膝をついた。


「クラウディア!」


 エヴァンゼリンが叫ぶ。

 即座に大魔導師アンリエッタが、クラウディアを治癒魔法で癒やす。

 だが、次の瞬間、大魔導師アンリエッタの左肩から、右の脇腹にかけて激烈な痛みが走り抜けた。


「……あ……れ?」


 大魔導師アンリエッタは、彼女らしくもなく、茫然とした表情を浮かべた。今だかつて、これ程驚いた事はなかった。


(……私の……魔法障壁が切り裂かれた?)


 大魔導師アンリエッタには常時、魔法障壁が張り巡らされている。

 魔法攻撃、物理攻撃、精神攻撃に至るまであらゆる攻撃を消滅、吸収、減少させる強固な魔法障壁だ。

 それが、こうまでアッサリと破られて攻撃を受けた事はなかった。


「アンリエッタ!」

「アンリエッタ様!」 


 ナギとセドナが叫ぶ。

 大魔導師アンリエッタの瞳にナギの悲痛な顔が映った。

   



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