第91話 懺悔

ナギが亡き祖父と酒を飲み始めてから五時間後、ナギの頭にレイヴィアの念話(テレパティア)が響いた。


(ナギよ。聞こえるか?)


ナギは少々驚き目を瞬かせると、


「レイヴィア様。どうしました?」

 

と尋ねた。


(少し話したいことがあってのう良いか?)


「どうぞ」 

 

ナギが答えると、室内に桜金色(ピンク・ブロンド)の光が輝き、光の収束とともにレイヴィアが姿を現した。


「一人静かに飲んでいる所悪いのう」

 

桜金色(ピンク・ブロンド)の髪の精霊が申し訳なさそうな表情で言う。


「良いんですよ。レイヴィア様も一杯如何ですか?」


「いや、儂は遠慮しておく」

 

レイヴィアはそう言うと、ベッドで安らかに眠るセドナを見やった。


「……セドナと二人きりで話したいことがあってのぅ。悪いがセドナが起きたら少し借りるぞい」


「重要な話ですか?」


「ああ、そうなるのぅ」


レイヴィアは肩を軽く竦め、ナギに視線を投じた。


「あの読心術使いの罪劫王のせいで随分と多くのことが露見してしもうたわい」


「計画が狂いましたか?」

 

ナギがワイングラスを傾ける。


「ああ、多少な。もう少し時間を経てから話したかったのじゃが……。世の中とはままならぬもんじゃ」


「本当に難しいものですよね」

 

ナギは静かに酒を喉に流し込んだ。そんなナギの姿を見てレイヴィアは桜色の瞳に賞揚の色を宿した。


「……そなたは変わったのう……」


「そうですか?」

 

ナギは首を傾げる。


「随分と男らしくなったわい。いい男になりよった」


「色々と疑問が解けましてね。良いこともありましたし」


「そうか。それは良かったのう」


「はい」


ナギが嬉しそうに頷く。


「ナギよ」

 

レイヴィアが改まった声を出した。


「何でしょう?」


「そなたに心より感謝する。よくぞセドナを護ってくれた。儂はそなたにセドナを託したことを誇りに思う」

 

レイヴィアが頭を下げた。桜金色(ピンク・ブロンド)の長い髪が流れ落ちる。


「顔をあげて下さい。俺は当然のことをしたまでです」


「いや、そなたの為したことは大きい。いくら感謝しても足りぬ。この程度では儂の気が済まぬ。いつか必ずこの恩義は返す」


「俺はそんなに大きなことをしましたかね?」 

 

ナギは照れて頬をかいた。


「ああ、心から誇れ。少なくとも儂はそなたを偉大な漢じゃと認めておる」

 

レイヴィアは顔を上げてナギを見つめた。


「レイヴィア様に認められるとは嬉しい限りです。ところでセドナと一対一でのお話というのであれば、俺は暫く消えた方が良いですね」

 

ナギは立ち上がった。


「すまんの」


「いえ。では後はよろしく」

 

ナギは一礼すると部屋を出た。

 


◆◇◆◇◆◇


 

ナギが部屋を辞した後、レイヴィアはセドナが目覚めるのをまった。やがて朝日が室内に差し込んだ時、セドナが目を覚ました。

セドナは目を瞬かせるとレイヴィアがいることに気付きベッドに半身を起こした。


「レイヴィア様……」


「おはよう、セドナ。よく眠れたか?」


レイヴィアが桜色の瞳を細める。


「はい」


「少々、そなたに話したいことがある。聞いてくれるか?」

 

セドナはコクリと頷いた。

レイヴィアはベッドに腰掛け、セドナと目線を同じ高さにした。


「……話というのは他でもない。罪劫王バアルがそなたに暴露した件じゃ」

 

レイヴィアは静かな語調で言った。


「では罪劫王バアルの言葉は真実だったのですか?」


セドナが黄金の瞳を精霊に向ける。


「ああ、儂はそなたの記憶を操作して書き換えた……」

 

レイヴィアは俯いた。罪悪感が彼女の胸を締め付ける。


「儂がそなたの記憶を操作したのは、そなたを護りたい一心からじゃ。故郷を滅ぼされた記憶。両親を殺害された記憶。それらはそなたの精神に負荷をかけ過ぎると判断した。そして、儂はそなたの了承も取らずに、そなたの脳内にある忌まわしい記憶を封じた。そなたが故郷のこと。両親のことに関する記憶が少ないのは儂の魔法のせいじゃ……」

 

レイヴィアは端麗な唇を噛むと目を閉じた。


「……済まぬ。謝って許して貰えることではない。かけがえ(掛け替え)のない記憶。いや、そもそも他人の記憶を了承も取らずに操作するなど人倫にもとる。許されざる行為じゃ。儂はそなたから如何様にされようとも良いと覚悟しておる」

 

レイヴィアが懺悔すると、セドナはレイヴィアの桜金色(ピンク・ブロンド)の髪を撫でた。


「……顔を上げて下さい、レイヴィア様。レイヴィア様が私のためにして下さったことです。それは責められることではありません」


「セドナ……」

 

桜金色(ピンク・ブロンド)の髪の精霊はセドナを見た。


「わずか十歳の私には苦しすぎる記憶なのでしょう。でしたら、それで良いのです。それに両親の記憶の全てが消えたわけではありません。父様と母様の記憶。優しかったお二人の記憶は沢山私の心に残っています。私がもっと強くなった時。記憶の凄惨さに耐えられるとレイヴィア様が確信した時に私の記憶を返して下さい」

 

セドナが微笑を浮かべると、レイヴィアは僅かに目を潤ませた。


「……ナギだけではなかったのう。そなたも強くなった……」

 

レイヴィアはセドナを細い腕で抱きしめた。

 


◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆



ナギが王宮の回廊を歩いていると、大きな灰色の帽子と灰色のローブを纏ったアンリエッタがバルコニーから星を眺めているのが見えた。

 

帽子もローブも新しく新調したもののようだ。一目で新品だと分かる。

 

アンリエッタの肩で切り揃えた白い髪とルビーのような赤い瞳に帽子とローブがよく似合っている。


(何をしているのかな?)

 

ナギは、ふと不思議に思いバルコニーに出る。


「何をしているの?」

 

ナギが問うと、アンリエッタは肩越しに振り返り、赤い瞳をナギに向けた。


「……星の観察……」 


「星の観察か……。朝日が出ていて、よく見えないけど……」

 

ナギが黒瞳を細めて空を見る。


「……魔力で視力を上げているから見える」


「天体観測が好きなの?」


ナギが問うとアンリエッタはフルフルと首をふった。


「……好きじゃないけどしないといけない」


「好きじゃないのにするの?」

 

ナギは不思議そうに首を傾げた。


「……それが一族の定め……」

 

アンリエッタの人形のような精美な顔がわずかに陰った。


「定め……か。どんな定めなの?」


「……秘密……」

 

アンリエッタはそう呟くと帽子を目深に下ろした。


(不思議な子だな)

 

とナギは思った。

 

そういえば年齢もよく分からない。外見は十二歳程度に見えるが、知性は非常に高く、博識で反応力も高い。そして、恐るべき魔導の使い手。どうやったら、こんな小さい子があんな強大な魔法を使えるのだろうか?


「なんだか、アンリエッタって不思議な子だね」


「……不思議?」


「うん。凄く強いし、頭が良いし」

 

ナギが言うと、アンリエッタは頬を染めた。


「……そんなことない……」


「そんなことあるよ。可愛いけど、冷静沈着で物知りだし。君みたいな女の子初めて見た」


「うい?」

 

アンリエッタがビクンと肩を震わせ、押し黙る。やがて、アンリエッタはナギの顔を見上げた。


「……か、可愛い? わ、私が?」

 

アンリエッタが自分の顔を指で指す。


「うん。凄く可愛いと思うけど?」

 

ナギが真面目な口調で言うと、アンリエッタの人形のような顔が耳まで真っ赤になった。


「……あ……う……」


 アンリエッタは視線を左右に動かすと唇をムニムニとさせて俯いた。


「どうしたの?」


 ナギが心配そうに尋ねる。


「……あ……う……」

 

アンリエッタは顔を赤くしたまま呻くような声を出すと、突如〈飛翔〉の魔法を唱えてバルコニーから飛び去った。

 その場に残されたナギは、


「……嫌われたかな?」

 

と呟いた。  




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