第90話 杞憂
純白の光に包まれながらナギは微笑した。脳裏に祖父・相葉円心の顔がよぎる。端正で白い髭をした祖父の顔。俺の異世界への道は爺ちゃんがつけてくれたものだった……。
誇らしい思いとともにナギは夢幻界から帰還し、王城の一室に戻る。 ナギはベッドでセドナがスヤスヤと幸福そうに寝ているのを見ると微笑し、部屋を出た。急に酒が飲みたくなったのだ。ナギは酒蔵に行き、ワインを数本もらうと椅子に座った。
ワイングラスを二個、テーブルに置いた。そして、2つのワイングラスに丁寧な動作でワインを注ぐ。そして、ワイングラスの1つを対面に移動させた。
「爺ちゃん。今夜は久しぶりに二人で飲もう」
ナギはそう独語すると、ワイングラスを掲げて静かにワインを飲んだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ほぼ同時刻。
おなじ王城の一室にグランディア帝国の皇帝カスタミアが、一人の来訪者を迎えていた。来訪者の名はカイン・エルネシア・グランディス皇子。皇帝カスタミアの息子であり、グランディア帝国の第一帝位継承権保持者である。
カイン皇子は十八歳。均整の取れた長身に、黄金の髪と碧い瞳をしている。端麗な美貌の所有者で、その容姿は父であるカスタミアとは全く似ていない。
カイン皇子は皇帝カスタミアの実子ではないからだ。皇帝カスタミアは帝位について以来、正妻の他に20人の側室をもうけたが、ついに一人の世継ぎも得られなかった。仕方なく彼は遠戚から養子を引き取り、自分の跡継ぎに据えた。それがカイン皇子である。
幼き頃より神童の誉れ高かったカイン皇子は、個人的な戦闘力においても、軍の指揮官としても卓抜した技量を示し、帝国では貴賤をとわず信望が篤い。
「陛下。お召しにより参上致しました」
カイン皇子は最大限の儀礼をもって養父である皇帝に対面の挨拶をした。
「うむ。夜分にすまぬな。実は相談したいことがあって、そなたを呼んだ」
皇帝カスタミアは机の上で両手を組んだ。
「相談とは何でしょう?」
カイン皇子は立ったまま皇帝に問う。
「実はな……」
皇帝カスタミアはカイン皇子に先日行われた君主達との会議の内容を告げた。相葉ナギとセドナを取り込むために、セドナをカイン皇子の婚約者にしようと考えていること。また、相葉ナギには第三皇女を婚約者としてあてがい、公爵として迎えたいと考えている旨を話した。
第三皇女も養子ではあるが、相葉ナギにとっては雲上人であり、喜んでこちらの申し出を受けるのではないか、と皇帝カスタミアは語る。
「父上、失礼ながらそれは下策でございましょう」
カイン皇子は僅かに苦笑して言う。
「何を持って下策と断ずる?」
皇帝カスタミアはさして怒った風でもなく静かに問う。
「失礼ながら申し上げます。陛下は英明であられますが、やはり人の機微には些か疎うございます。よって下策と申し上げました」
「言いおるわ」
皇帝カスタミアは笑声を上げた。皇帝である自分にこうまで直言できる人間は地上でカインしかいない。逆にそれは心地良い。追従しか出来ぬ臣下どもとは雲泥の差だ。
「非礼をお許し下さい、陛下」
「良い。血は繋がらずとも父と子ではないか。遠慮無くもうせ」
カイン皇子は優しげな微笑とともに一礼し、口を開く。
「まず、第一に婚姻関係を結ぶのは相葉ナギ、セドナ両名を我が帝国に服属させるのが目的でございますね?」
「当然だ」
「それは叶わぬ願いでしょう。彼らはいかようにしても我が帝国に服属させることは叶いませぬ」
黄金の髪の皇子が爽やかな声でいう。
「何故に?」
「人間を国家に服属せしめるに必要なのは権威と法にございます。ですが、それも武力あってこそ機能するもの。相葉ナギ殿とセドナ嬢は、ともに人外の戦力を有する存在。帝国の権威も法でも縛ることは叶いますまい」
カイン皇子の指摘に皇帝カスタミアは顎に生えた美髯を手で撫でる。
「……確かに正論だな……」
皇帝カスタミアとカイン皇子はともに魔神軍との戦いに参戦し、相葉ナギとセドナの超常の力を見た。あの規格外の戦闘力の保持者達に帝国の武力が通用するとは思えぬ。
「相葉ナギという御仁もセドナ嬢も、一個人の武力で容易に我が帝国を滅ぼせる存在です。仮に私とセドナ嬢が婚約し、相葉ナギ殿が妹と婚約したとしても、陛下の意のままに御せる自信がおありですか?」
カイン皇子が問うと、数秒皇帝カスタミアは沈思し、やがて首を振った。
「不可能であろうな。とても、あのような化け物じみた戦力を有する相手を御せる方策が浮かばぬ」
「そうであるならばお止めになった方が宜しいでしょう」
カイン皇子が碧眼に微笑を浮かべた。
「……しかし、それでは不安が残る」
「不安とは相葉ナギ殿とセドナ嬢が、我が帝国にとって脅威にならないかどうかでございましょう? その不安がある故に取り込みたいと思われた」
「まさしくそうだ」
皇帝カスタミアがやや渋い顔をしながら認める。
「それは杞憂でございましょう。相葉ナギ殿もセドナ嬢も、ともに清廉な御仁。我ら帝国、もしくは人間の国家群の脅威とはなりませぬ」
「何をもって相葉ナギとセドナを清廉と断ずる?」
「魔神軍と戦い我ら人間を護ってくれたではありませんか。それこそが最も確かな証左。彼らは味方であり、敵ではございません。彼らは命がけで罪劫王や魔神軍と戦い、我らを救ってくれました。これ以上なんの証明が必要なのですか?」
カイン皇子の直言に皇帝カスタミアは沈黙した。数秒の沈黙が流れた後、皇帝カスタミアは黄金の髪の皇子を見る。
「……そうであったな。確かに予が浅慮であった。しかし、ならばどうすれば良いと考える?」
「されば、私が相葉ナギ殿とセドナ嬢を直接見て、彼らの為人を見てみましょう。彼らの性情が善良であると確認できれば父上も安心でございましょう?」
「うむ。それが最善であろうな」
皇帝カスタミアは満足そうに頷いた。
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