第79話 斬首



相葉ナギ、セドナ、エヴァンゼリン、アンリエッタ、クラウディアは地面に降り立った。


彼らの視線の先にバアルがいた。


10歳ほどの金髪碧眼の少年の姿に戻っている。


金髪碧眼の罪劫王は全身から血を流し、尻もちをついて後ずさる。


ナギが弱体化したバアルに止めを刺すために歩を進める。


「ま、待て!」


バアルが叫んだ。ナギから逃れるべく尻餅をついたまま後ろに下がる。


「何か言い残すことでもあるのか?」


ナギが問う。


「お、お前に真実を教えてやる。だから、俺を見逃せ!」


バアルは口から血を吐き出しながら哀願する。


「真実?」


「そうだ! 相葉ナギ、俺はお前の記憶を読んだ。お前は騙されているぞ!」


「誰にだ?」


「お前をこの異世界に送り込んだ。女神ケレスだ!」


「ケレス様が?」


ナギは〈斬華〉を油断なく構えた。


「そうだ。俺はお前の記憶にある存在全ての心が読める。例えそれが神であろうともな!」


「それは凄いな」


ナギが神剣を構えながら静かに言う。


「聞きたいだろう? 聞かせてやる! お前は女神ケレスに殺されたんだ!」


バアルの声に、セドナが瞠目した。


「俺がケレス様に殺された?」


「そうだ! お前は次元震で死んだと説明されただろうが、それは嘘だ!」


「なら、真相はなんだ?」


ナギの顔にも心にも一切の動揺はなかった。


「女神ケレスはお前を選んで殺害したのさ! 理由は、お前が相葉 円心(えんしん)の孫だからだ!」


「俺がお爺ちゃんの孫だからだと?」


「そうだ! お前の祖父・相葉円心はかつてこの異世界で英雄として活躍したのだ!」


バアルの瞳に奸悪な笑みが閃いた。


「爺ちゃんが英雄か」


「そうだ! だから、お前が選ばれた。英雄の孫である相葉ナギよ。お前はおかしいと思わなかったのか? 『偶然、次元震に巻き込まれた』。そう女神ケレスは言っただろう? そんな偶然があるものかよ!」


(もう少しで俺の魔力は回復する。それまでにコイツの心を壊してやる!)


バアルは心中でほくそ笑んだ。隙を突けば必ず逃げられる。バアルはナギの動揺を誘うために言葉を紡いだ。


「女神ケレスの陰謀でお前は殺され、この狂ったクソッタレの異世界に放り込まれたのさ! 『魔神を倒せる人間は英雄・相葉円心の孫である相葉ナギしかいない』。だから、お前は女神ケレスに選ばれたのだ!」


バアルの傷口が徐々に回復していく。切断された腕が生え、全身の傷がふさがってきた。


「それにもう一つ、ショックなことを教えてやる! 相葉ナギ、セドナ、お前らは大精霊レイヴィアにも騙されているぞ!」


バアルの言葉に、セドナが怯えた色を浮かべた。


「相葉ナギよ。お前はセドナを奴隷商人から買い取ったな!」


「そうだ」


ナギが答える。


「奴隷商人は、レイヴィアの仲間だ! セドナは奴隷商人によって保護されていたのさ!」


「なるほど。潜伏するには最適だな。奴隷商人に買われている状態なら存在を隠匿しやすい。建物に匿っているならなおのことだ」


「そうだ! それにセドナ!」


バアルはセドナに視線を向けた。


セドナがビクリと怯えて身体を震わす。


「お前もレイヴィアに騙されているぞ! お前はレイヴィアに記憶を改竄されている!」


「改竄? 記憶の改竄?」


セドナの金瞳に動揺が広がる。


「そうだ! 故郷の村を滅ぼされ、目の前で両親を殺害された。その記憶でお前が苦しみ、精神が壊れるのを危惧したレイヴィアは、お前の記憶を勝手に改竄したのさ!」


バアルが悪意に満ちた声を放つ。


「お前の故郷の村。シルヴァン・エルフの村が襲撃された時の記憶は封印されている! 思い出そうとしても、その記憶は朧気だろう? トラウマとなって、お前の精神が破壊されないように護ったのさ! お前に許可すら取らずにな! 哀れだな! 味方と思っているレイヴィアに勝手に記憶を操作されるとは!」


バアルが、毒のような哄笑をした。


これ程悪意に満ちた笑声をエヴァンゼリンも、アンリエッタも、クラウディアも聞いたことがなかった。


エヴァンゼリン達は武器を構えつつも、ナギとセドナに視線を送る。


「相葉ナギ、セドナ! お前は女神ケレスにも、大精霊レイヴィアにも騙された哀れな生け贄だ! セドナ! お前は奴隷商人に買われている時、自分が庇護されていることに気付きもしなかっただろう?」


バアルが瞳に悪意を込めてセドナを見る。


セドナは静かにバアルに問いかけた。


「……レイヴィア様は私を護るために奴隷商人に保護させたのですね?」


「そうだ!」


バアルが、立ち上がる。


「ならば納得しました。レイヴィア様が私に真実を告げなかったのは、私を護るため。ならば、それは当然のことです」


「……は?」


バアルは茫然とした。なぜ、セドナがレイヴィアを擁護するのか分からない。

バアルは人の心は読めても、人の心を全く理解してはいなかった。


「私が『自分は奴隷だ』と思い込んでいれば、より安全だったというのは理解できます。全ては私を思ってのこと。レイヴィア様には感謝しています」


「……なんだと?」


バアルは訳が分からず声を低めた。


「今思えば私は奴隷でしたが、待遇が良かったです。食事も美味しいし、部屋は清潔で綺麗だし。毎日お風呂に入れるし。

 それに本や、オモチャも貰えました。世間知らずなので気付きませんでしたが、奴隷にしては待遇が良すぎました」


セドナの端麗な顔には何の動揺も浮かんではいなかった。

バアルが、恐怖を感じて数歩後ずさる。


「罪劫王バアル。話は終わりか?」


ナギが〈斬華〉を霞構えにした。鋭い殺意がナギの瞳に宿る。


「ま、待て!」


バアルは片手を突き出して制止した。恐怖がバアルの胸中を満たす。


「な、なぜ、平静でいられる! お前は騙されていたんだぞ!」


「そうだな。だが、お前を殺すことには変わりはない」


僅かの迷いもなくナギは宣告した。


「……ま、待て!」


バアルは恐怖に青ざめながら後ずさる。


「動くなよ。楽に殺してやる」


ナギの語調は水のように静謐だった。


「なんでだ?」


バアルは理不尽を咎めるような表情を浮かべた。


「なぜ、お前らは平静でいられるんだ!」


「お前は人の心を読めても、理解できてはいなかったんだな」


 ナギは哀れむような瞳をバアルにむけた。人の心を理解していないバアルが、ナギ達を動揺をさせ、精神を乱す話術を駆使できる訳がなかった。


「さらばだ。罪劫王バアル。言い残したことがあるか?」


神剣〈斬華〉が白く、鋭く光った。


「ま、待て! お、俺は! 俺の肉体は、実は人間の死体なんだ! この10歳の子供の肉体は本物の人間の子供のものだ! 俺を殺せば、この子供の肉体が壊れるぞ!」


「そうか。それで?」


ナギは〈斬華〉を握りしめた。


「俺は昔人間の子供を殺した! そしてその子供の肉体を奪ったのだ! 俺が死ねば、この子供の肉体も破壊されるぞ!」


「二つほど、勘違いをしているな、罪劫王バアルよ」


ナギとバアルの距離が3メートルにまで縮んだ。


「一つ目は、俺はお前が本当に人間でも殺す。『生きる価値がない悪党は殺すしかない』。それが俺の信念だ。二つ目は……」


その時、ナギは〈斬華〉を横薙ぎにした。


鋭い斬撃が走り抜け、バアルの首を切り飛ばした。


首から血が噴出し、バアルの首が地面に落ちて転がる。


「二つ目は自分で考えろ」


ナギは〈斬華〉を血振りした。






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