第75話 無駄

 罪劫王バアルは、自分の影から黒い魔剣を取り出すとエヴァンゼリンめがけて斬りかかった。一撃、二撃、三撃、続けて八撃目までの斬撃が、エヴァンゼリンの細身の身体を切り刻む。


「ぐうっ!」


エヴァンゼリンは呻きながら後退した。汗が全身を滝のようにつたい呼吸が荒くなる。すでに全身に無数の裂傷が刻まれ、治癒魔法で回復してもすぐに傷を負わされる。


エヴァンゼリンの胸鎧は破壊され、肩当ても吹き飛んでいた。

罪劫王バアルは、黒い魔剣をつまらなそうに片手でクルクルと回転させた。


「つまらぬ。勇者の名を冠すれど、所詮はこの程度か……」


バアルは氷のような目でエヴァンゼリンを見る。


エヴァンゼリンは諦めることなくバアルめがけて斬りかかる。


10歳の少年の姿をした罪劫王バアルは、エヴァンゼリンの神速の斬撃を軽々と受け流して、エヴァンゼリンの腹部を切り裂いた。


エヴァンゼリンは血と肉片をまき散らしながら跳躍して後退する。


灰金色の髪の勇者はすぐさま治癒魔法で腹部を完治させる。だが削られた体力と魔力は回復しない。


エヴァンゼリンは、フッ、と鋭く呼気を吐くと、右手をバアルにかざした。


『白き炎熱(ゼスト)の暴風(エイラス)』


無詠唱で攻撃魔法を発動させ、バアルめがけて打ち出す。


エヴァンゼリンの右手から、純白に輝く白い暴風が吹き荒れバアルめがけて宙空を走り抜ける。


5000度を超える火炎と、山をも崩す暴風が、限定空間内に吹き荒れる大規模戦術破壊魔法。


直撃すればバアルであれ、即死する。だが、『白き炎熱(ゼスト)の暴風(エイラス)』は、バアルの手前で弾かれて霧散した。


バアルはエヴァンゼリンの思考を読み取り、彼女の同等、同質の魔法を発動させて打ち込んだ。


同等、同質の魔法が完璧なタイミングで衝突して、消滅したのだ。


エヴァンゼリンは思わず絶望の呻きをあげた。


(このままでは負ける……)


エヴァンゼリンの視界が貧血で歪みだしていた。


エヴァンゼリンと罪劫王バアル。両者を比較した場合、魔力量も戦闘能力もエヴァンゼリンの方が上だった。


だが、エヴァンゼリンはバアルに傷1つつけられない。

理由は、バアルの読心術だ。


エヴァンゼリンや、バアルほどの強者になると単なる斬り合いでも数十の過程が折り混ざる。


双方が身体能力を魔力で強化し、互いに剣に魔力を通して武器の威力を高める。


動体視力、精神感応、空間認知、視覚強化、聴覚強化、抵抗魔法(レジスト)、そして敵の魔法障壁の突破と、自身の魔法障壁の強化。

剣技においても、「間」と「間合い」をはかり、先手、後の先を取り合う。


エヴァンゼリンはその全てにおいて、バアルを凌駕する。だが、勝てない。バアルがエヴァンゼリンの心を読んでしまうからだ。


エヴァンゼリンが、打ち込もうとする剣技が事前に全て悟られる。これではどんな剣術も無意味だ。


魔法を打ち込んでも、同等、同質の魔法を衝突させられて消滅してしまう。


(攻撃が通じない!)


エヴァンゼリンは胸中で屈辱の叫びをあげた。


「1つ足りぬな。攻撃が通用しないだけではない。防御も通用せぬ」


バアルが、するりとエヴァンゼリンに近づいた。それは早くもなく、遅くもなく、自然体の動きだった。エヴァンゼリンの間合いが一瞬で突破されて刃圏に入られる。


バアルが左下から右上にむけて黒い魔剣を振り上げる。エヴァンゼリンはそれを受け止めようとした。が、バアルの魔剣は蛇のようにうねり、エヴァンゼリンの胸を切り裂いた。


「きゃああ!」


灰金色の髪の少女が苦痛に叫んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る