第41話 地球
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【場所:地球 日本国 東京都世田谷区用賀】
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ナギとセドナの視界に、東京都世田谷区の住宅街の風景が飛び込んできた。
「……地球だ……」
ナギは独語した。間違いない。惑星フォルセンティアではない。この見慣れた町並みは、地球の自分の地元だ。
『用賀』という駅が、ナギの瞳に映る。
懐かしい……。
セドナがわずかに怯えて、ナギの服を掴む。
「……あ、あのナギ様。ここは……」
「ここは、僕の故郷だよ。心配いらない。安全な場所だから……」
ナギはセドナの頭を撫でた。
ケレスがその様子を見てクスリと笑い、ナギに視線を投じた。
「ナギさん。地球にいられる時間は、73分間ほど。そして、私達の姿は他人には見ることが出来ません。〈斬華〉を回収したら、申し訳ありませんが、即座にフォルセンティアに帰還して頂きます」
(忙しいな、もう……)
とナギは思ったが、即座に切り替えて、足早に自宅にむかう。
ナギが早歩きする後ろにセドナとケレスがついて行く。
「……本当は、久しぶりにコンビニで漫画でも読みたいんですけど……」
「ごめんなさい。どうか、我慢して下さい」
女神ケレスが、申し訳なさそうに言う。
ナギは肩をすくめた。こう低姿勢に出られると強く言えない。
ふと、ナギは駅の近くなのに人が誰もいないことに気付いた。太陽の位置からすると、今、13時頃だろう。いつもなら、大勢が駅前に出入りしている筈だが……。
「ケレス様、人が少ない……、というより、いないんですけど?」
「『人払い』をしました。人間にみだりに見られたくありませんからね」
ケレスが事も無げに言う。
(凄まじいな。神様はなんでもありか……)
ナギは、呆れるような気持ちになった。
そして、ふと思う。
「あのぅ……、ケレス様。質問しても良いですか?」
「どうぞ」
「異世界フォルセンティアにいる魔神のことはご存じですよね?」
「もちろんです」
「……オーディン様もケレス様も、神様ですし、強そうなのにどうして、
自分達で、魔神を倒さないんですか?」
ナギの問い、ケレスが悲しそうな瞳をした。
「それを言われると面目次第もありません。ですが、私やオーディンのような存在が直接、魔神を倒すと多元宇宙の構成が乱れてしまうのです」
「……乱れ? 乱れってそれはどの程度ですか?」
「そうですねェ~。無限にある宇宙の内、5個くらいは消滅してしまうでしょう。多分惑星フォルセンティアがある宇宙は確実に消滅して霧散します」
「乱れるにも程がある!」
何だそれは? 宇宙が消滅? 怖い! 怖すぎる! セドナが、どん引きして震えているよ!
「どうして、そんなことになるんですか?」
「私やオーディンのような巨大な『神』は、内蔵するエネルギー量が大きすぎるのです。そのため迂闊には動けません。すべての『宇宙』は、無数の宇宙が重なり合った中で構成されています。それは、ガラスで出来た精巧な積み木細工のよなもの。私達『神』が、そこへ不用意な干渉をすると、精緻に積み上げられたガラス細工が粉微塵に砕けます」
ナギとセドナの体に悪寒にも似た震えが走った。
(俺のような『人間』という小さな存在を介して、魔神を倒す分には安全というわけか。俺が動いても、宇宙が壊れるなんてことはありえないからな……)
俺は一度、大きく息を吐いた。なるほどな。よく分かった。
「了解しました。宇宙を壊されたらたまったもんじゃない。ケレス様は不用意に動かないで下さいね」
「は~い」
ケレス様は右手を大きくあげて、天真爛漫な笑みを浮かべた。
……大丈夫だろうか?……。なんか、心配になってきた。
いや、ソレよりも……。
「2つほど聞いて良いですか?」
「どうぞ、どうぞ」
「夢幻界って、なんなんですか?」
俺が問うと、ケレス様が答える。
「夢幻界とは、星の数よりも多い神が住まう場所。そして、夢幻界には数多の神界が内包されています。そこには先程のオーディンのような北欧の神々もいれば、私のような古代ヨーロッパで信仰されていた神もおりますし、日本神話の神々もおられます。中には人間が知らない神様も沢山おられますよ? 今度、紹介しましょうか?」
「……止めておきます……」
そんな合コンみたいなノリでいわないで欲しい。
「2つの目の質問をどうぞ」
ケレス様が笑みを浮かべた。
「……どうも、よく分からないんですけど、魔神って《神》の一種なんですか?」
俺が問う。
「神ではありますが、位階の低い神です。神にも位階、等級、そして力の強弱があるのです。
自分でいうのも何ですが、私やオーディンはその強大さ故に、逆に因果律に束縛され不自由な面も多々あります。ですが、魔神のような下位の存在はその縛りが少ないのです。私達は魔神のような神を《僭神(せんしん)》と呼んでいます」
「《僭神》……」
「はい。神を僭称(せんしょう)する者。という意味です。無論、蔑称ですが……」
ケレス様の声が冷たく響く。
僭神か……。やばそうな気配がする……。
「正直、厄介な存在です。因果律や神律(しんりつ)から離れて、災厄を振りまく。
ですが、私達のような神が罰するのは難しく、かといって人間の力では対抗しにくい……。本当に困っております」
ケレス様が、額に手を当てて溜息をもらした。
確かに厄介そうだな。警察がいない所で悪事を働く犯罪者集団の親玉みたいなもんか……。
8分後。
ナギ、セドナ、女神ケレスはナギの自宅の前についた。
ナギの家は和風の家で、面積は100坪ほど。
爺ちゃんが、戦後、世田谷区の地価が二束三文の時に買ったのだ。
『ここまで土地が値上がりするとは思わなかったわい』
と爺ちゃんが、こぼしことがある。爺ちゃんも予測を外すことがあるのか、と俺は不思議と感心した記憶がある。
「ここが、ナギ様のご自宅ですか……」
セドナが何故か興奮していた。
俺はセドナとケレス様に靴を脱ぐように指示して家に上がる。久しぶりだ。匂い。景観、すべて元のまま……。
懐かしさで胸が一杯になる。俺は息を吸って、静かに吐いた。地球と異世界フォルセンティアでは、空気の匂いが違うのだ。ああ、落ち着く……。
「和風の家は素敵ですよね~。あっ」
ケレス様が、驚いた口調で棚にある茶碗を見る。
「これは鎌倉時代の古備前の壺! 本物じゃないですか! 良いな~!」
なんでそんなに詳しいんですか?
「……欲しいな~」
ケレス様が、指を口にくわえて俺を見る。
「あげませんよ」
「……ですよね~。しょうがない。あとで記憶からコピーしましょう」
それは、犯罪では? そもそも記憶からコピーって何?
俺は頭を振って、思考を打ち消した。深く考えるのは止めよう。触らぬ神に祟り無し。あっ、俺、うまいこと言った!
そんなことを考えながら、俺は廊下を歩いた。
ケレス様が、屏風や、茶碗、壺、時計など骨董品として価値のあるものを目敏く見つけては、凝視していた。
……泥棒にしか見えん。
「うん。素晴らしい骨董品の数々、この家はお宝の山ですね。安心して下さい、ナギさん。貴方が帰還するまで、この家は私がしっかりと管理します。空間凍結して、時間を停止させて保管しますからね」
「……ありとうございます」
時間停止とかサラっと言ったよ。もうついて行けない。
「ああ、それともう一つ。魔神を倒せたら地球に貴方が元の時間、元の場所に元の肉体のまま戻れることはもう理解しましたよね?」
「ええ」
「これはオーディンが貴方にわたす特権、つまりプレゼントです。ならば私も貴方にプレゼントを与えねばならないでしょう」
ケレス様が、上品な声音で言う。
「プレゼントですか?」
俺が立ち止まると、ケレス様とセドナも立ち止まった。
「ええ。もし、貴方が魔神を倒せたら私にできる範囲内で、どのような願いも3つだけ叶えて差し上げましょう」
俺は驚きに目を見張った。
どんな願いも3つ……。
「それは……凄いですね……」
「ええ、あくまで私の神力の範囲内ですが、人間が望む大抵の願いは叶えてられると思いますよ?」
「その……ありがとうございます」
凄すぎて興奮してきた。
「どう致しまして」
ケレス様が誇らしげに胸をはり、豊かな胸が揺れる。
「ところで、ナギさん。この黒織部の茶碗は、本物ですよね?」
「ええ、まあ」
「欲しいなァ~。そういえば、私は3つも願いを叶えてあげる約束したしな~。くれても良いような気がするな~」
ケレス様が、黒織部の茶碗と俺を交互に見ながら言った。
「あげませんよ」
「……分かりました」
ケレス様が項垂れた。
「しょうがない、これもコピーかァ~。カルピスを飲むのに丁度良い大きさですね」
俺は耳を塞いで聞こえないふりをした。俺は違法行為に荷担していません。無罪です。それと貴重な文化財でカルピスを飲むな。神罰が下るぞ。
「……あの、ナギ様、ケレス様、お時間は大丈夫でしょうか?」
セドナがおずおずとした表情で俺とセドナに声をかける。俺とケレス様は顔を見合わせて、時間がないことを思い出した。
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