第30話 勇者エヴァンゼリン


ナギとセドナが喫茶店から出ると、民衆が熱狂的に騒いでいた。


何事かと思っていると、人々が叫んでいる。


「勇者様だ!」


「勇者エヴァンゼリン様がくるぞ!」


「いそげ、大通りだ!」


街の住民が、大声を張り上げながら走り出す。


「勇者?」


ナギが、呟くと、セドナが彼の袖をつかんだ。


「ナギ様、もしかしたら、勇者様のパーティーがくるのかも知れません」


「勇者様のパーティー?」


「はい。勇者エヴァンゼリン・フォン・ブラームス様です」


セドナの頬が紅潮し、ソワソワし始めた。好きなアイドルや芸能人を見たがる小学生みたいだ。


「観に行く?」


ナギが言うと、セドナは、


「はい!」


と両手の拳を握りしめた。


黒山の人だかりが出来て、街路に人が溢れた。勇者様とやらは、よほど人気があるらしい。


みんな、好きなアイドルや歌手を見たがるファンのような顔をしている。


(この異世界にも勇者がいるのか……)


ナギは、セドナに手を引かれながら歩いた。


やがて、大通りにでた。


この大通りは、古都ベルンでもっとも広く大きい。


街の正門から、中心にある城主の城まで一直線に続いている。


ナギとセドナは大通りの歩道に立った。黒山の人だかりの中で民衆の熱狂がドンドン高まる。


「ナギ様、来ました! 勇者様のパーティーです!」


セドナが、黄金の瞳を輝かせた。


セドナの視線をナギが目で追う。


大通りを馬に乗って進む騎士達がいた。


ヘルベティア王国の正規兵が、たくましい軍馬に乗って行進していく。


その中央に3人の少女達が馬を進めていた。


ナギは、その3人の少女に目と意識を奪われた。


その3人は光り輝いていた。


強く、そして神々しい。


見る人が見ればでなく、誰が見ても分かる。圧倒的なオーラ。


(強い……)


と、ナギは感嘆した。


「ナギ様、あの先頭にいるのが、勇者エヴァンゼリンです!」


セドナが叫んだ。


ナギの黒瞳にエヴァンゼリンという少女が映る。


年齢は15、6歳ほどだろう。


短く切り揃えた灰金色の髪に、灰色の瞳の所有者だった。


顔立ちは端麗だが、生気に満ちた輝きは少年のような快活な印象を見る者に与える。


「エヴァンゼリンの後ろにいる白髪の女の子は?」


ナギが問う。


「あの御方は大魔道士アンリエッタ様です。勇者様のパーティーの知恵袋として有名です」


アンリエッタは、小柄で身長は140センチ前後。


年齢は12歳前後に見える。


赤い瞳をしており、長い白髪を無造作にたなびかせていた。


黒い分厚いローブに魔道士の杖をもち、一目で魔法使いだと分かる格好をしている。硬質な美貌は人形のような印象を与える。


「大魔道士アンリエッタの後ろにいるのは、槍聖クラウディア様です」


 クラウディアは字の通り、長い槍を手にして軍馬をかっていた。水色の髪を編み上げ、薄蒼の瞳は理知的に輝いている。


年齢は17歳ほどにだろう。大人びた雰囲気で、視線や所作を見ると生粋の武人であることが分かる。





勇者エヴァンゼリン・フォン・ブラームス。


大魔道士アンリエッタ・ヘーゲル


槍聖クラウディア・フォン・ベルリオーズ





この3人の顔と名前をナギは一瞬で覚えた。


いや、覚えさせられた。


それほど圧倒的な存在感と卓抜した力を感じた。


特に先頭を悠々とゆく、勇者エヴァンゼリン。


信じがたい強さだ。


単に戦闘力があるという小さなことではない。


運命に愛され、運命に見込まれた者。


英雄にふさわしい器量を有していることが分かる。これほどの人は爺ちゃん以外に見たことがない。


「一度くらい手合わせして欲しいもんだな」


とナギは、ぽつりと呟いた。強いヤツを見ると戦いたくなる。


武道家の本性がナギの心中にわき起こる。


ふいに、エヴァンゼリンが肩越しに振り返りナギに視線を投じた。


エヴァンゼリンの灰色の瞳とナギの黒瞳が重なる。

視線が合ったのは刹那だった。


だが、エヴァンゼリンは悪戯めいた微笑をナギに放った。


エヴァンゼリンの可憐な唇が静かに動く。


「……」


エヴァンゼリンは、ナギに呟くと視線をきって馬を進めた。


ナギの額に汗が滴り落ちる。


セドナがそれに気付いてナギの手を握った。


「あの……、ナギ様。どうかなさいましたか?」


ナギはごくりと唾を飲むと、


「いや……なんでもない……」


と告げた。


ナギは額に浮かんだ大粒の汗を手で拭った。


「しかし、勇者パーティーは凄い人気だな」


ナギは周囲の群衆を見て思う。皆、熱に浮かされたように瞳を輝かせ声をからしてエヴァンゼリン達に歓呼の声を送っている。


「勿論です。なにせ魔神と戦い世界を救おうとしているのですから」


セドナが両手の拳を握りしめた。


「魔神? 魔神って?」


ナギが尋ねるとセドナが説明した。


魔神とはモンスターの長にして魔なる者の神だという。


魔神は北の果てに棲んでおり惑星すべての善なる者、理知ある者の敵対者。


人類の敵である。


魔神は魔神軍という邪悪な大軍勢を率いており、配下に十二じゅうに罪劫王ざいごうおうと呼ばれる十二柱の「王」を従えている。


魔神軍は魔物、魔族、魔獣、邪神などによって構成され、その強さや魔神への忠誠心に応じて位階を有している。


【王、大公、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵】、として序列され、それぞれが身分に応じて軍団を率いている。


すでに魔神軍によって滅ぼされた国の数は大小三十におよび2000万人以上の人間が殺戮され800万人が奴隷にされて、魔神の棲む北の大地に抑留されたそうだ。


「魔神か……」


ナギはごくりと唾を飲んだ。


「魔神は……どういう存在なんだ? 例えば、どんな姿をしているとか。分かっているのか?」


「いいえ」


セドナは怖々と首をふった。


「ただ、魔神を現す言葉ならいくつもあります。【閉ざす者】【光喰らい】【禍をなす者】【終わりの創主(そうしゅ)】【死屍の冠】【殺戮の剣】【愚者の笛】【滅びの足跡】……。そして……【闇の主】……」


「【闇の主】……か……」


(強烈な言霊を感じる。【闇の主】……)


ふいにナギの首に悪寒が走った。


刹那だが、何かの気配を感じた。邪悪でおぞましい殺意が影のようにナギの身体を這い回り、やがて消えた。


(まさか、魔神じゃないよな……)


ナギは苦笑しようとして失敗した。







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