第26話 真理




(しかし、俺にも魔力がちゃんとあるんだな……。あのさ、俺も魔法とか使えるのかな? 炎とか雷とか操ってみたい!)


『もちろん使用できるようになりますが、最初は魔力による身体能力の強化という基礎レベルの魔力応用方法を覚えた方が宜しいかと思います。やり方はセドナ嬢か、レイヴィア様に教えて貰えると思いますよ』


(なるほど、何事も基礎が大事か。そう言えば円心爺ちゃんも、言ってたな……。『学問、武術、芸術、遊戯、すべてにおいて、奥義は基礎の中にある。まず基礎を徹底的に学べ』って。さすが、円心爺ちゃん。真理をついている)


俺が心中で感心していると、メニュー画面が溜息をついた。


『出たよ。爺(じじ)コン。……キモ』


(誰が、爺コンだ!)


『〈爺(じじ)コン〉。とは〈爺(じじい)コンプレックス〉の略です』


(わざわざ、説明せんでもいいわ!)


俺は心中で怒鳴りつけた。


くそ、この筋肉痛さえなければ実際に怒鳴りつけてるのに。


唇も舌も、顔筋も全て筋肉痛で麻痺状態のため喋ることもできない。怒鳴るなんて、もっと出来ない。


さすがに悪いと思ったのか、メニュー画面が謝罪してきた。


『失礼いたしました』


(本当に失礼だよ。まったく……)


う、筋肉痛で、背中が痛い……。


『貴方は少し休まれた方が宜しいですね。それでは私はこれにて……。ナギさん。さようなら』


(はい、はい。また、よろしくね~)


メニュー画面の気配が消えた。

いなくなったら、いなくなったで寂しい。メニュー画面の声は綺麗で可愛いから、あいつの声を聞くのは好きなのに……。


静寂が舞い降りた。窓を叩く風の音だけが室内に響く。


寂しさが俺の胸を染め出した。円心(えんしん)爺ちゃんが、死んでから、時折、この寂しさが俺を襲い出すようになった。円心爺ちゃんは、86歳で大往生した。


俺は円心爺ちゃんが死ぬ前の日、いつも通り朝に円心爺ちゃんと津軽真刀流の稽古をした。そして俺は爺ちゃんの作った食事を食べて、学校に行った。


帰ると「ただいま」と俺は言った。


爺ちゃんはいつも通り、「うむ、お帰り」と言ってくれた。


そして俺は高校の宿題をして、夕食を作って爺ちゃんと食べた。


その後、いつも通り2人で将棋をさした。3回勝負して、一回だけ爺ちゃんに勝てた。


爺ちゃんはアマチュア6段の腕前だったが、俺はここ2年くらいで、棋

力が上がり、勝率は2割くらいになっていた。爺ちゃんは、勝った俺に笑顔をむけると、


「お前は、やはり地頭がいいな。優秀だ。自信をもてよ」


と言ってくれた。


俺が勉強が不得手で偏差値が低いことにコンプレックスを持っていたのを知っていたからだ。爺ちゃんは、いつもことあるごとに褒めてくれた。


稽古の時は厳しかったし怒られもしたし、殴られたこともあった。だが、全て愛情があり俺にも納得できる理由があったので、嬉しかった。


その翌朝、稽古着に着替え、愛刀・〈斬華〉を持って、円心爺ちゃんの部屋に行った。円心爺ちゃんは眠っていた。いつものように、真っ直ぐで、綺麗な姿勢で仰向けになって寝ていた。朝日が円心爺ちゃんの端正な顔を照らしていた。


円心爺ちゃんは眠りながら死んでいた……。


「ナギよ。ワシはもうじき死ぬだろう。だが悲しむなよ。ワシは十分生きた。ワシが死んでも嘆く必要はない」

 

「お前を1人残して逝くのが心残りではあるが、お前に教えるべきことは全て教えた。だからお前は、ワシがいなくても心配いらん。お前は強く賢い、そして、とても優しい。お前は必ず幸福な人生を送れるだろう」


「ワシが死んでも、真っ直ぐに生きろ。この相葉家の愛刀〈斬華(ざんか)〉のようにな」


死ぬ一ヶ月ほど前から円心爺ちゃんは、毎日俺にそう言った。死を予期していたのだろう。


ふいに涙が滲んでいた。


俺は1人になった。全てが壊れて、全てが消えた。


異世界フォルセンティアに来て、地球との繋がりも絶えた……。


俺は……ただ1人……。


寂しさが、虚無の絶望となって俺を包む。


圧倒的な恐怖。全てが色あせ、世界の全てが無価値に変わっていく。


寒い……。寂しさが、心を凍らせていく……。寒い……。


その時、扉が開いた。


銀の光に包まれた少女が立っていた。俺が泣いているのを見て、驚いて、黄金の瞳を見開く。


「大丈夫ですか? ナギ様?」


セドナが慌てて俺の側に来る。


「どこか痛いのですか? お可哀想に……」


セドナは両膝をついて、俺の手をそっと優しく握った。


セドナの手から伝わる熱が、俺の体を包む虚無をはらった。


凍えるような寒さが消える。


そして、魂が熱くなる。


俺は泣いた。涙が頬をつたい落ちていく。


そして、円心爺ちゃんの言葉が響いた。


「いつかお前を必要としてくれる人ができる」


俺の瞳から涙が溢れ続けた。


セドナは最初驚き、やがて赤子を見る母親のような慈愛を瞳に宿して俺をそっと抱きしめた。





「ナギ様、お加減はいかがですか?」


暫くして泣き止んだ俺にセドナが優しく尋ねる。地獄のような筋肉痛で喋れないのがもどかしい。


「う……あ……」


かろうじて声を絞り出すが、うめき声しかでない。情けない。


本当は、


(心配いらないよ。セドナのお陰で怖さも寂しさも消えたよ。ありがとう)


と感謝を伝えたいんだが……。


「聞いて下さいナギ様。今、報酬の計算をギルドで行っています。明日ギルドで報酬を頂きに行きます」


俺は僅かに頷いた。


「それとバルザックさん達からの言伝です。『はやく治して戦勝祝いをしようぜ』とのことです。楽しみですね」


俺は微笑した。セドナにも伝わったようで微笑を返してきた。


「どうか、ナギ様は安心して治療に専念なさって下さいね」


(ありがとう。本当にセドナはいい娘(こ)だよ……)


「それとナギ様……。私とバルザックさん達を助けて下さってありがとうございました」


俺は、「当然のことをしたまでさ」とカッコつけたかったのだが、口からもれた言葉は、

「おぅう……お~」

というボケたジジイのよう情けない声だった。本気で情けない……。


「ナギ様、少しでもお食事をとって下さいな。柔らかくて食べやすいものを買って参りました」


セドナがそういって、袋から蜂蜜パンを取り出した。それを小さく千切って俺の口に運ぶ。


「はい。あ~ん、して下さい」


セドナが、蜂蜜がたっぷりついたパンを俺の口に入れる。


恥ずかしい。こそばゆい。俺は将来寝たきりのジジイにだけはならないぞ。


モグモグ、うん。蜂蜜パン、美味い!


パン生地が柔らかくて、蜂蜜がタップリと染みているのが良い。


食感が柔らかくて今の俺でも何とか喰える。


「はい。あ~ん」


あ~ん。俺は蜂蜜パンを口に入れた。モグモグ。美味い。


「はい、ナギ様。あ~ん」


絶世の美少女の、「あ~ん」、は堪らない。俺は又、パンを口に入れた。

モグモグ。うん。美味しい。蜂蜜とパン生地が、舌と歯の間で蕩けて、口中に広がっていく。


30回ほど、あ~ん、して貰って俺はすっかりご機嫌になった。


メニュー画面が、突如開いた。


『相葉ナギは、特殊なプレイに目覚めた』


目覚めてねェよ! 


多分、……目覚めてないと思います……。


蜂蜜パンを食べ終わると、セドナは俺に果実水(ジュース)を与えてくれた。


ストローがついていて、飲みやすい。


いや、待て。なんで異世界にストローがあるんだろう?


しかも、プラスチックに似ている感覚。どんな素材だ?


……まあ、良いか、便利だしな。


俺はゴクゴクと果実水(ジュース)を飲んだ。


美味かった! いやあ、疲れた筋肉に染みたぜ!


疲労した体に、甘い蜂蜜パンと甘い果実水(ジュース)。これは栄養学的に最適だ。やっぱりセドナは気が利くな。いいお嫁さんになるよ。


「あら、ナギ様……。すごい汗……」


セドナが俺の首や胸に浮かぶ汗を見た。


ああ、何せ身動きとれないから、汗も拭けないんだ……。


「すぐにお風呂に入りましょう」


セドナがポンと両手を叩いた。


え? 俺は目を瞬かせた。


セドナが風呂場に行って風呂を沸かした。この世界は風呂を沸かすのに、魔晶石を使用しておりすぐにお湯が沸く。日本よりも早いくらいだ。


「お風呂が沸きました。では参りましょう」


 そういうとセドナは、服を脱ぎ始めた。白いブーツを脱ぎ、靴下を脱ぐと綺麗な細い素足があらわになる。次に銀髪の少女は白いローブを脱いでブーツと靴下とローブを綺麗にたたんでテーブルの上においた。すぐにセドナは上着のシャツを脱ぎ捨てる。シルヴァン・エルフの少女は白い下着だけの姿になった。ナギの目がセドナの下着姿に吸い寄せられる。清楚で美しい下着姿に頬が熱くなる。


そんなナギをよそにセドナは鼻歌を唄いながらブラジャーを脱いで小さな胸を出す。薄いが綺麗な形の未発達の上向き胸が見える。

 そしてパンティーをするりと優美な姿で脱ぐと文字通り一糸まとわぬ裸体をナギに晒した。陽光が照り帰り、10歳の少女の裸体が輝く。全てがナギの前に晒された。


 処女雪よりもなお白く、水晶のように輝く肌。ナギは至高の芸術品を見るように圧倒されてセドナの裸体に釘つげになる。あまりの神々しさに情欲ではなく、恐れにも似た快感がナギを捉えた。








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