第9話 セドナ

「ご主人様……」


 銀髪の少女が、銀の鈴を振るような美声を発した。

 

 どうやら喋れるらしい。


 俺の視線が彼女の右足に移動する。そこには俺が巻いてやったシーツの包帯が巻かれていた。


「……お前は……セドナか?」


「はい。ご主人様」

 

 セドナは微笑した。セドナの黄金の瞳が、まっすぐに俺を見つめる。

 

 俺はこの時、理解した。その微笑と黄金の瞳。間違いなく彼女はセドナだ。


『……あー、割り込んですまんのう。取り敢えず、セドナに何か着るものをやってくれぬか?』


 レイヴィア様の声が脳内に響いた。

 

 ナギは慌ててさっき買った男物の服をセドナに与えた。

 

 セドナは深く一礼すると服を着始めた。

 

 男物の上着に麻のズボンを着たセドナは、腕と足をめくってサイズを調整した。ブカブカのサイズの服を着たセドナに、俺は不覚にもときめいた。


 着替え終わったセドナはナギにまた一礼した。

 

 ナギは椅子に腰を下ろすとアイテムボックスから水を取り出して飲んだ。水で喉を潤すと少し冷静になれた。


「……あのぅ……。レイヴィア様、聞こえますか?」


『おう、聞こえるぞ』


「説明が欲しいです。色々なことがありすぎて頭が混乱してます。このままじゃおかしくなりそうだ」


『そうか、そうか。まず何を知りたい?』


「セドナが、いきなり美少女に変身しました。これはなんですか?」


「変身ではない。これが本当の姿じゃよ。セドナが、生来の姿に戻ったのじゃ」  


レイヴィア様によれば、セドナはシルヴァン・エルフというエルフの一族の生き残りだそうだ。

 

 セドナのいた村は、一ヶ月ほど前に、何者かに襲撃され一族が根絶やしにされたらしい。

 

 レイヴィア様は元々、シルヴァン・エルフ族の守護精霊で、彼らの村と一族を誓約によって守護していたそうだ。

 

当然、レイヴィア様はセドナやシルヴァン・エルフ族を護るために襲撃者達と戦った。

 

 だが、村を襲った襲撃者達は恐るべき手練れ揃いでレイヴィア様は敗北した。現在、弱体化しているのはそのせいだそうだ。


 襲撃者達はレイヴィア様を封印しようとしたが、レイヴィア様とセドナは何とか逃れることに成功した。そして、その途上でセドナに魔法をかけて醜悪な怪物の姿にした後魔法で転移させた。



 セドナを醜悪な怪物の姿に変えたのは、襲撃者を欺くためだった。封印を逃れたレイヴィア様は弱体化しセドナを探し回ったが、彼女は奴隷商人によって捕縛された後だった。


 レイヴィア様は歯軋りした。

 

 レイヴィア様は弱体化しており、奴隷商人達を倒してセドナを奪還させるだけの力はない。


 この状況でセドナにかけた魔法を解くわけにはいかない。

 

 本来の美貌を取り戻せば、確実にセドナは売り飛ばされてしまう。


 レイヴィア様は何とかセドナをきちんと保護してくれる相手を見つけるために走り回った。


 そして、ある程度の誠実さと倫理観を持ったナギという少年を見つけて今に至る。


「それで、わざわざ容姿を醜くしたのですか……。レイヴィア様も苦労しましたね」


『本当に苦労したわい。何せ、あと三日でセドナにかけた魔法が解けてしまう所じゃった。そうなれば、確実にセドナは売り飛ばされておったじゃろう。

 ある程度、まともな人間が買ってくれるならともかく、最悪の場合、変質者に奴隷として買い取られて殺害される可能性すらある。なにせ幼女をいたぶって殺すのが生きがいなどという貴族が山ほどおるからのう。……ああ、本当に良かったわい……』

 

「それで、これから僕に望むことは?」


『取り敢えずセドナを養って欲しい。当面の目標は金を稼いで二人で食っていくことじゃな』


「衣食住と安定した収入源の確保……か……。これは大変そうだなァ」


『してもらわんと困る。頼んだぞ。何せワシはもう金がない。なんとかお前さんが稼いでくれい』


「了解です。僕も飢え死にはしたくない」

 

 ふいに雑音のようなノイズが脳内を走る。レイヴィア様の気配が乱れてきた。


『……ああ、……。スマン。ワシは少し寝る……。もう……限界じゃ……』


 レイヴィア様の気配が消えた。弱体化か。不便そうだな。

 

 俺はセドナに視線をむけた。


「セドナ……少しいいかな?」


「はい、何なりと」

 

セドナは嬉しそうに微笑するとベッドから降りて俺の座る椅子の前に来て優美な仕草で正座した。


「……別に床に正座する必要はないよ。それと『ご主人様』もやめてくれ。俺は『相葉ナギ』だ。ナギと呼んでくれ」


「はい。分かりました。ナギ様」


セドナは、素直に頷くとベッドに座った。


「……まず、俺についての説明から始めようと思う。俺は実は異世界から来た……」


俺は自分が死亡した理由、この異世界に来てからのことを告げた。

 

 セドナは全てを理解した。知能が高い子だ。


「まあ、そういう訳で当面の目標は衣食住の確保だ。お金を稼がなくてはならない。俺はこの世界について、何の知識もないからセドナに助けて欲しい」


「はい。私にできることでしたら何なりと」


「ありがとう。……早速質問なんだけれどどんな方法でお金を稼げば良いと思う?」

 セドナは少し小首を傾げて、黙考した。


「……ナギ様のお話にあった、《食神の御子》の恩寵スキルを使えば、料理人として働ける可能性があると思います。ですが、伝手が何もない状態では料理人として雇ってもらうのは難しいかもしれません」


「うん。確かにそうだな」 


「後は、冒険者になってお金を稼ぐという方法ぐらいしか私には思いつきません」


「そうか……。冒険者か……」

 

セドナによると冒険者は予想した通り危険な職業だそうだ。

 

モンスターの退治だけでなく人間の凶悪犯の逮捕など荒事が多く、冒険者が仕事中に負傷したり死亡したりするケースがあるという。


しかし、現状他に仕事はなさそうだ。

 

なお、冒険者になるには、冒険者ギルドに行って登録する必要があるという。


「よし、冒険者というのをやってみるか」

 

俺はそう決意すると、左手を剣の柄にそえて立ち上がった。


「分かりました。ナギ様。お供します!」


「え?」

 

俺は困惑して、セドナを見やった。

 

華奢で小さな女の子。身長は140センチほどしかない。こんな子に荒事は無理だろう。


「セドナ、無理はしなくていい。冒険者は僕だけがやる」


「いえ、私はソコソコ腕が立ちますし、魔法も使えます。どうか、ナギ様とともに戦わせて下さい!」  


「腕が立つの?」


「はい! どうか、私も連れて行って下さい!」

 

魔法が使えるのか……。それは見てみたいな。魔法が使えるなら、こんな小さな女の子でも戦えるかもしれない。


「じゃあ、とりあえず、一緒に、冒険者ギルドに行こうか?」


「はい!」

 

セドナが元気よく返事をした。

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