死にたくない
「しょ、ショウ?」
「ん? ああ、そうだけど……あれ、俺なんかおかしくないか?」
少女はボクの友人にひどく似た口調で喋りながら、自身の体を見まわし始めた。
そして明らかに自身の胸が膨らんでいることに気付くと、両手でそれを鷲掴みにした。
「え? ……うおぉ! おっぱいだ、俺おっぱいついてるっ!」
少女はボクのことも、骸骨のことも無視して風呂場の方へと走っていってしまった。
鏡で自身に起きた変化を確認するつもりなのだろう。
あれは、もう先ほどまでの少女とは別人だ。
記憶がないと焦燥していた少女は消えてしまった。
骸骨が抄の人格をあの体に入れたことによって。
しかし、あの少女をボクの友人である
ボクの知っている高伊勢抄は男だ。
イケメンだ。
大学でも女子生徒からの人気が高く、今までに交際した女性の人数も二桁はあるプレイボーイだ。
その抄を、あの生まれたばかりの美少女と同一視してしまっていいのだろうか。
あれは、ボクが十数年付き合ってきた友人なのだろうか。
「少女にお前の友人の記憶を与えた。これを以って転生とする」
思考を邪魔するように脳内に響く重い声。
その声に首を振り、ボクは否と意思を示した。
「違う。あれはショウじゃない」
「何が違う? 刻み込まれた記憶、経験、体験。全てお前の友人のものだ」
「お前が与えただけだろ! お前が、女の子の記憶をショウに改造しただけだ!」
「では体が違えば、見た目が違えばそれは別人か? 火葬された遺体はただの骨か? 臓器移植を受けた人間は何者でもない紛い物か?」
「そ、それは……」
何も言い返せなかった。
今の抄が本物か偽者かなんて、ボクが決めていいことではないと気づかされたから。
それは抄だけが選択権を握っていて、きっと本人も本物かどうかなんてわからないのだろう。
「ここに死後の願望は実現され、私はお前の仇敵ではなくなった」
骸骨の手が大鎌を握り、その重厚な柄でフローリングを一度叩いた。
まるで裁判長が木槌を振るうかのように。
「お前の死後の願望を言え。そして遺言を残せ」
感情を使い果たし空っぽになった心に骸骨の言葉が反響する。
もう骸骨に食って掛かった気概も、死に恐怖する怯えも残っていない。
底からじわじわと諦観が滲み出してきて、がらんどうの心が満たされていく。
死後の願望が叶えられるなら、ここで骸骨に殺されるのもいいのではないだろうか。
むしろ、これから先どのような死を迎えるのかわからないのだから、安息に逝ける今は絶好の死ぬ機会とも思える。
「……ボクは――」
それなのに。
心はもう諦めているのに。
ボクは「死にたくない」と口にしていた。
「なぜ拒む。理由を言え」
「わからない。でも、死にたくない」
人間としての理性ではなく。
生物としての本能でもなく。
ただ、そう思ったんだ。
「死後に願望なんてない。遺言だって残したくなんかない。……死にたくない」
「……では探せ。お前が死を拒む理由を」
「え?」
顔を上げると、そこには骸骨の姿はなかった。
部屋を覆っていた重圧が無くなっていて、友人の血溜りも消え去っていて、すべてが元通りに戻っていた。
「……は?」
理解が追い付かず、驚愕の声が漏れ出た。
あれほど死を迫り、超常の力を持っていたにも関わらず、骸骨はあっさりとボクの命を見逃したのだ。
「……なんなんだよ」
急速に胸の内に広がる安堵感に追い出されるように、溜息が漏れた。
友人と遊んで終わるはずだった一日は、いつの間にかファンタジーな世界に変わっていた。
考えることはたくさんある。
しなければならないこともおそらくたくさんある。
しかし今はひたすら眠い。
布団を敷くのも億劫なほどに疲労困憊だ。
もうこのまま眠ってしまおう。
そう思い目を瞑りかけたところに、少女の声が舞い込んできた。
「おいやべえよ! 俺すげえ美少女じゃね?」
目を開けると、そこには裸体を隠すどころか見せ付けるようにして少女が立っていた。
「……」
いつの間にかボクの体から眠気は消えていて、血の巡りも良くなっていた。
理由は考えたくないし知りたくもない。
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