実録・ゆめにっき

月下雪人

逃げる夢

 私は走っていた。


 旅館や料亭などの大きな和風建築のような建物内の、廊下らしき場所だったと思う。


 けれど、私の左側には部屋などは無く。窓らしき空間の向こうは真っ黒ーー夜闇などではない、「黒」か「無」としか言い様のない空間だけが在り。

 右側の座敷では、見知らぬ大勢の客たちが酒盛りをしていて。偶に私の足をつかんで何か聞いて来る者もいるのだが、私はとにかく外に出たいここから逃げたい一心で彼らを無視し、振り払い続ける。

 オマケに足下は、客の物らしき衣類で床が見えない状態で。足に絡まってくる布らも私を余計に苛立たせる一因になっていた。

 最大の怒りの原因は、私の前を同じ様に走るヤツらの存在。ーー弟とその彼女が、私の何メートルも前を、こちらを振り返って様子を見たりもせず、軽々と走っていきやg……走っている事だ。置いていく気満々じゃねーか。


 なぜ走っているのか?

 なぜ逃げていると感じているのか?

 逃げるとは何からだ?


 何も分からない。

 ただ、私はこの建物から脱出したい。


 息が切れる。でも足を止めてしまったら、お終いだと思った。だから走る。


 また客に捕まった。チラッとそっちを見る。


「〇〇〇?」

 ーー何か質問されたが、無視だ無視。

 絡まってくる布製品と一緒に、気づいてないふりで客の手を脚で振りほどいて逃げる。


 逃げる、逃げる、逃げる。



 何度か捕まりそうになりながらも、私は何とか外らしき場所に出た。

 ドアなど無かったし、気づいたら建物が終わっていた、という感じだった。

 なんとなく振り向くと、少し離れた窓越しに客達が賑やかに宴会をする灯りが見えた。

 ホッとして、正面に向き直りーー


「やぁ」

「!?」


 いつの間にか、少し前にピエロがいて、私に話しかけてきた。

 某ファストフードのマスコットのようにスリムな体型じゃなく小太りで。なんとなく、風船を思わせるシルエットだった。


 彼は唐突に私に言った。

「君はかなり自惚れているようだ」

「?」

 言われた意味がわからず、内心で首を傾げている私を無視してピエロは語る。


 その話をしばらく聞いた結果。どうもピエロは、私が客の質問に答えなかった事を怒っているらしかった。

 彼らの質問は心理テストのようなもので、その答えによってウンタラカンタラ。


 いやいや。まず安全の確保が大事だろ。見知らぬ大勢の人に囲まれて質問攻めとか、恐怖以外の何物でもないわ。

 息が詰まっているのもあって言葉も出ない私に、ピエロは聞き捨てならない事を言った。


「君はまだ自分が若いからって、年寄りをバカにして…」

「…私、そんな若くは」


 上手く声が出せず、何とかそれだけ抗議すれば。ピエロがやっと文句をやめて、「おや?」という感じで私を見やる。


「若くないって、君いくつだい?」

「あらふぉー」

「………はぁぁぁ?」


 なんか若干フリーズされた上で叫ばれたが、マジである。

 一応脳内を検索するが、ちょうど35歳の誕生日を過ぎたばかりという記憶が蘇るばかり。正真正銘のアラフォーだ、うん。


 それなのにピエロが「え、ウソ、はぁ!?」とか何度も確認してくるのがムカつく。

 顔にも苛立ちが出たようで、それがアラフォーに信憑性を増したらしく。

 ピエロは「うわぁ…まじかァ」とガックリして……


 そこで目が覚めた。


 ◆◇◆


 …起きてしばらくしてから、ふと。本当に私が若かったらどうなったんだろう? と考えた時。怖い夢という連想だろうが、「猿夢」が脳裏に過ぎった。


 若者をターゲットに、文句をつけて命を奪う、猿夢亜種。

 …なんとなく、そう思ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る