序章

私の名は、ハル・ブラックウッド

 

私には、二つの夢があった。

 一つは、騎士になる事。これは、16のときに潰れて、ある意味では48歳の時に叶った。


 もう一つは、世界の全てを見る事。これは、未だに達成していない。

 恐らくは、残りの生涯を捧げても、これは叶わないのだろう。幸か不幸か、私は、人生に退屈してしまう前に、死神か天使に連れて行かれるのだ。


 さて。かく言う私が何者かと言うと、私の名は、ハル・ブラックウッド。

 ベイルトン王国で、冒険者ギルドに所属し、支部建設予備調査部と地域情勢調査部の一員として、働いた人間だ。


 冒険者ギルドと言うと、10人中10人は、前人未到の地を走破し、ありとあるゆ未知を既知にする事を生業としている集団と思っているのだろう。


 その認識は、概ね正しい。


 ただし、冒険者ギルドの者が全員、冒険者というわけではない。

 受付係や、各支部方の調整、資料の編纂へんさんといった事務方がいて、私のような役割の者がいる。

 私の役割は、まだ知られていない世界の探索ではなく、そこに向かう冒険者達の出発点。冒険者ギルド支部の設置を担う事と、冒険者の支援の為、ギルドの置かれた地域の情勢調査などを行う部門を担当した。


 この役職では、神獣、幻獣の生存証明や、先史時代の遺跡を見つける栄誉、失われた巨万の富を再発見する栄光を手にする事をあり得なかったが、その変わりに、多種多様な文化と人物を知る事ができた。


 されど、私も冒険者ギルドの人間だ。未開の地へ向かう冒険者たちの地図なき冒険に伴うリスクと、私が、異郷の地を、その深部まで探るのに伴うリスク。これは存外に良い勝負になったと思う。


 私の人生を振り返ると、根幹には私の父。マーク・ブラックウッドの存在と彼の生き様に多大な影響を受けている。


 私の父は、準王国海軍の人間で、海運ギルド属の私掠傭兵。俗に言う“海賊”だった。

(海賊では、やや語弊がある。私掠傭兵は、襲った船やその積荷を傭兵ギルドが管理し、処理するので、単純な無法者ではない)


 私が生まれたのは、中央大陸3強国ベイルトン王国、レンチ共和国、ディーチ帝国が、お互いの領土を奪い合う、島奪戦争の始まった年。

 当時、海を渡り略奪や偵察をしていた父は、その時代の話をよく聞かせくれた。


 誰をどう殺したか、と言う話もあったが、もっぱら訪れた国の事や、その街がどんな風で、何の匂いがして、どんな人がいたのかと言う話が多かったと記憶している。


 そんな話を聞くと、私はよく町外れにあった風車古屋に向った。

 小高い丘の上に建てられた風車からの展望はとても見晴らしがよく、自分の見えている世界の向こう。稜線と水平線の先に思いを馳せながら育っていった。


 島奪戦争から8年がたった頃。父は、11才になった、私をかつての敵国ディーチ帝国へと向かわせた。

 一ヶ月の短期留学。そこで、ディーチ人の習慣や、初歩的なディーチ語を学んだ。

 

 翌年には、同じ要領でレンチ共和国にも出向き、レンチ語を少し学んだ。


 私は、ベイルトン王国の人間で、ベイルトン本島を故郷と呼ぶが、ベイルトンも1つの国でしかない事を学び、幼少期に訪れた異国の情緒は好奇心と探究心を育てあげたのだ。


 そうして、青年期まで長期休みのたびに、ディーチ帝国かレンチ共和国で過ごし、10代の終わり頃には、この3ヶ国のどこでも、現地人として通るレベルの言語力と多種多様な身振り手振り身につけた。


 この技能は、これから先の人生で何度も窮地を脱させてもらうことになる。

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