第129話
ただでさえ余裕がない中、【毒(小)】にまで見舞われてしまった。
「エルマさん、一旦ウチの回復で……!」
「そんな余裕はない!」
メアベルの提言を蹴り、俺は即座にカロスへと駆け出した。
ルーチェ単独でカロスを相手取るのは不可能だ。
元より、毒のスリップダメージが響く程勝負を長引かせるはつもりはない。
俺が弾き飛ばされていた間、ルーチェは〈ドッペルイリュージョン〉で二体の分身を作り、逃げ回りながら時間を稼いでいた。
ルーチェの分身の一体が〈曲芸歩術〉を用いて、尖った岩の側面へと立った。
「何度もそんな小細工で私が釣れると思うなよ。常に分身を盾にするように立ち回る、君が本体だ!」
ルーチェの分身が消え、カロスの刃がその奥の岩を砕く。
カロスが目を見開いた。
「ブラフだと……!」
「舐めないでください……アタシだって命懸けでやってるんですから!」
カロスの背後に立つルーチェが、カロスの背を目掛けて〈竜殺突き〉を狙う。
カロスは素早く左手で拳を作り、ルーチェを裏拳で吹き飛ばした。
「うう……! すみません、あと一歩だったのに!」
ルーチェが俺のすぐ隣へと着地する。
「焦るなルーチェ。ダメージを稼いでも中距離で遅延戦を仕掛けられて、その間に回復されるだけだ。狙うのは暴竜と死神の同時攻撃だ」
それならば今のカロスでも倒し切ることができる。
もっとも、そんな都合のいい隙を奴から引き出せるかどうかは別の話だが。
「は……はい!」
「〈ダークブレイズ〉!」
カロスの周囲に四つの黒炎が浮かび上がる。
上級魔剣士相手に、魔法の発動を許す今の間合いは不味い。
「一ヵ所に固まれば格好の的だ! ルーチェは大回りして奴の背後へ!」
ルーチェが大回りしてカロスの背を取りに向かう。
それで黒炎のターゲットも分散できる。
カロスは戦闘指揮を行っている俺から落としたがっている。
恐らく〈ダークブレイズ〉四発の内、三発は俺を狙ってくるだろう。
近づきすぎず、かつカロスに圧を掛けられる間合いの限界を見極めて対応する必要がある。
「エルマ……君から落とすのは難しいと判断したよ」
カロスが悪意に満ちた笑みを浮かべる。
四発の黒炎は、全てルーチェへと向かって飛んでいた。
「お前……!」
カロスの狙いに気が付いたルーチェは、素早く方向転換して黒炎から逃げる。
そこへ回り込むようにカロス本体もルーチェを叩きに向かっていた。
「エルマとルーチェの火力は今の私でも馬鹿にできない。同時攻撃を受けるなんて無様を晒すつもりはないけれど、それでも万が一ということがある。エルマは仕留めきるのが難しい。だったら……彼女から狙うしかないよね?」
「舐めないでください……その黒い炎の対処は、先程エルマさんを見て学ばせてもらいました!」
ルーチェは華麗な動きで、黒炎の婉曲な動きを利用し、その射線を術者本人であるカロスで切る。
あの対処法は、小柄で身軽なルーチェにこそ本来は適している。
これで黒炎の追尾を緩め、カロス自身も衝突を恐れて攻めあぐねるはずだった。
「舐めるなだと? こっちの台詞だ小娘が!」
カロスは二発の爆炎を自身の身で受けながら、強引にルーチェへと距離を詰めて斬り掛かった。
どうせ〈毒ダメージ反転〉ですぐに回復できるため、自傷ダメージなど意にも介さないというつもりらしい。
「ぐぅっ……!」
ルーチェは背後へ跳びつつカロスの剣をナイフで受け止め、威力を受け流しつつ距離を取ろうとした。
だが、そこへ二発の黒炎が追撃をお見舞いした。
ルーチェの身体が爆炎に吹き飛ばされる。
「きゃあっ!」
「ルーチェ!」
レベル上の魔剣士の魔法攻撃だ。
ルーチェは受け身も取れずに地面を転がった。
そこへすかさずカロスが距離を詰めて、剣を振り上げる。
だが、ルーチェへと下ろすより先に、俺がカロスの背へと斬り掛かった。
カロスは追撃を諦め、俺の剣を防ぐ。
「ハハハハ! 君達は本当によく粘ったよ! でもここまでだ!」
カロスの漆黒の刃に赤紫の光が宿る。
広範囲攻撃である〈クリムゾンウェーブ〉の前兆だ。
今ここで放たれれば、倒れたままのルーチェはまず助からない!
ケルトがルーチェを抱きかかえ、カロスから逃げるように疾走する。
「ルーチェは任せろ! 俺には、こんなことしかできねえからよ!」
間に合うかどうか、タイミング的にはシビアだった。
だが、今はケルトを信じるしかない。
俺はケルトへ小さく頷き、カロスへと盾を突き出した。
〈シールドバッシュ〉である。
シールドバッシュは対象と【防御力+攻撃力/2】の値で競い合い、劣っていた方がその分衝撃を受けて突き飛ばされることになる特殊なスキルである。
ただ、〈不惜身命〉の間は防御力が大きく減少するため、〈シールドバッシュ〉での対抗の値が大きく減少する。
俺はそれを活かして自身を背後へと弾いて距離を取り、そのまま後方へと跳んだ。
遅れて獄炎の衝撃波が向かってくる。
盾で熱風の余波を防ぎ切り、再びカロスへと距離を詰める。
土煙が晴れたとき、遠くにルーチェを庇うように地面に倒れ込んだケルトの姿が見えた。
背中の衣服が焦げ落ちて、皮膚が焼け爛れている。
「悪い……ドジ踏んじまった。ルーチェは、ちゃんと守ったからよ……」
二人共、即時に戦線復帰はできない。
ここからは毒の状態異常の入った俺一人でカロスを凌ぐしかない。
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