第128話
「どうしてカロスさんの傷が……!」
ルーチェが愕然とした様子でカロスを見る。
「……特殊なスキルツリー構成だ。毒によるダメージを回復に反転させている」
「毒のダメージを回復に反転!? なんだよその出鱈目なスキルはよ!」
俺の言葉を聞いて、ケルトが慄いたように声を上げる。
その不死性から〈マジックワールド〉では毒ゾンビ型魔剣士と恐れられていたキャラビルドだ。
それもカロスの装備から考えると、たまたまコンセプトが類似したキャラビルドになっただけとは考えにくい。
恐らくは〈マジックワールド〉と完全に同じ形だ。
――――――――――――――――――――
〈魔人の剣戟〉
〈ポイゾウーズの心〉
〈彫像の天使〉
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これが〈マジックワールド〉で悪名高かった毒ゾンビ型魔剣士のスキルツリー構成である。
〈魔人の剣戟〉は魔剣士専用スキルツリーである。
魔剣士自体がデメリット付きの高火力スキルで一気に短期決戦に持ち込むのが基本戦術となるクラスであり、MP以外にも自身のHPを対価に発動できる攻撃スキルが中心となっている。
その他、状態異常を受けた際に身体能力を強化する〈窮鼠獣殺〉や、一部の状態異常のときのみ発動できる特殊なスキルを有する。
窮地に真価を発揮するというコンセプトのスキルツリーだったわけだが、〈黒縄剣ゲヘナ〉によって自主的に猛毒状態を負うことで、自身の身体能力を自発的に底上げすることが可能なのだ。
〈ポイゾウーズの心〉は特殊なスキルツリーであり、モチーフとなった魔物と同じスキルを獲得することができる。
元々はまともなスキルが手に入らない稀少なだけのいわゆるネタ枠のはずだったが、その中に〈毒ダメージ反転〉という特性スキルが交ざっていたことで、〈マジックワールド〉でも大騒ぎになったスキルツリーである。
これを利用して〈黒縄剣ゲヘナ〉のようなデメリット付き装備の性能を享受しつつ、そのデメリットを〈毒ダメージ反転〉によってプラスに変換して、挙げ句の果てには〈窮鼠獣殺〉を筆頭とした魔剣士の専用スキルによるパラメーター強化へと繋げるのが毒ゾンビ型魔剣士の基本戦術となる。
カロスは〈苦痛の首飾り〉によって毒のダメージを二倍にしているが、この増幅された値がそのまま回復へと転じることになる。
それだけならばまだ手の打ちようがある。
最悪なのがスキルツリー〈彫像の天使〉まで揃っていた場合だ。
このスキルツリーは最大HPと防御力をどんどん引き上げてくれる。
毒の状態異常は最大HPに対して割合で入るため、最大HPが伸びるだけでなく〈毒ダメージ反転〉の回復量が増幅されるのだ。
おまけにこのスキルツリーは強力な持続回復のスキルを取得できる。
「〈
カロスを中心に魔法陣が展開される。
神々しい眩い光がカロスを包み込む。
「やっぱり持っていたか……〈彫像の天使〉!」
これで〈黒縄剣ゲヘナ〉と〈苦痛の首飾り〉、〈毒ダメージ反転〉の三種コンボによる持続回復に加えて、〈
こうなった魔剣士は、同レベル台でも対策を講じていなければまともに倒し切ることができない。
レベル下の冒険者四人などいいカモである。
問題なのはそれだけでなく、攻撃性能も大幅に強化されることである。
おまけに魔剣士はHPをMPに変換する〈ダークエナジー〉を有するため、勝負を長引かせてMP切れを狙うことも不可能なのだ。
「さて、どれだけ持つかな」
カロスは〈黒縄剣ゲヘナ〉を握り、俺の方へと駆けてきた。
カロスの肩にケルトの放った矢が刺さる。
だが、カロスはまともな反応さえ示さない。
彼が身体を振るって矢を落とせば、矢傷が目に見えて塞がっていく。
「細かい攻撃に気を取られるのは無駄だ。問題なのはエルマとルーチェだけだからな」
「化け物が……!」
ケルトが悪態をつくが、その表情に余裕はない。
猛毒状態はダメージだけではなく、素早さのパラメーターを下げてくれるのがまだ救いだ。
だが、〈黒縄剣ゲヘナ〉の馬鹿げた性能に〈窮鼠獣殺〉が乗っているため、攻撃力は先程までの比ではない。
〈死線の暴竜〉だけでは対抗できない。
今の状態でもパワー負けすることになるだろう。
「〈不惜身命〉!」
俺の身体を、青い光が包み込む。
赤と青、二つの光が俺の身体の周囲を飛び交い、交差した。
――――――――――――――――――――
〈不惜身命〉【通常スキル】
残りHPが50%以下の場合のみ発動できる。
防御力を【0】にし、減少させた値だけ攻撃力を上昇させる。
発動中はMPを継続的に消耗する。
――――――――――――――――――――
カロスの手札は暴いた。
こちらも様子見は終わりだ。
背水の陣で挑む。
カロスが俺目掛けて豪快に剣を振るう。
俺はそれを〈パリィ〉で的確に捌いていく。
「俺とルーチェが同時に叩けば、今のカロスでも一溜まりもないはずだ!」
「は、はいっ!」
ルーチェが俺の声に応じて、カロスの死角に回り込む。
「毒ならウチの魔法で治癒してやれば途切れるはずなんよ……!」
「出てくるな!」
メアベルが前衛に出てこようとしたのを、俺は大声で制した。
「あの黒い剣は、所有者を常に毒状態にする力を持つ! アレを握っている限り意味がない! そもそも回復クラスが悠長に近づいていったら一撃で殺されるぞ! メアベルはケルトとルーチェの回復に専念しろ!」
「……っ!」
メアベルが足を止め、その場で留まる。
毒を治癒できるスキルは発動が遅く、範囲も狭い。
有効だったとしてもカロスが自身の弱点となり得る魔法に素直に当たってくれるわけがないし、後衛職のメアベルがのこのこと近づいてくれば瞬殺されてお終いだ。
「小賢しい……!」
カロスが大振りの一撃を俺へと放つ。
〈パリィ〉をぶつけたものの、衝撃を往なしきれず後方へ弾き飛ばされることになった。
「ぐっ!」
カロスは素早く剣を振るい、後方に立つルーチェを牽制して自身から離れさせる。
その後、カロスが剣を空へと掲げる。
赤紫の光が走った。
「掻き消えろエルマ……!」
カロスが剣を振り下ろす。
大技が来る!
俺は即座に地面を蹴って後方へと逃れた。
「〈
質量を伴った紫の斬撃が、地面を割りながら俺へと向かってくる。
状態異常のときのみ使用できる魔剣士の切り札だ。
クールタイムが長いため連発はできないが、斬撃波の速さと威力は全スキルの中でも上位に入る。
俺が後方へ逃れる動きより、斬撃の方が速い。
避けきれるかどうか、瀬戸際のラインだった。
斬撃が俺の〈ライフシールド〉を掠めて破壊する。
俺はその衝撃に身を任せるように後方へと飛んだ。
俺は衝撃で靴の裏を引き摺りながら、その場で屈み込む。
〈ライフシールド〉のお陰で僅かな衝撃程度のダメージで抑えることができたが、最後の保険を容易く失うことになった。
この世界では初見とはいえ、カロスが〈
常に〈
「なんで避けられるんだよ……!」
カロスは剣の間合いのすぐ外側を跳び回るルーチェへと剣を振るいながら、俺を睨んで歯軋りを鳴らした。
立ち上がろうとして、視界が微かに揺らいだことに気が付いた。
毒が入っている。
〈ライフシールド〉のお陰もあり直撃は免れたため【毒(小)】で済んでいるようだが、それでも持続ダメージと速度現象を受けることになる。
「何をやってるんだ俺は……」
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