第121話
「どこから出てくるかわからない! 背を合わせて構えろ!」
俺は皆へと叫んだ。
ルーチェ、メアベルが、麻痺で動けないケルトの横へと素早く付いた。
「メアベル、ひとまず麻痺の治癒は後回しだ! 恐らく回復に出たところを狙って来る!」
「わ、わかったんよ!」
メアベルが俺の指示に応じる。
「音が聞こえた……そっちだ!」
ケルトがルーチェの前を指差す。
どうやら狩人のスキル〈聴覚強化〉が反応したようだ。
その言葉と同時に、水面を突き破って化け物が姿を現した。
「アァァアアアア!」
人間らしき上半身に、魚の下半身……といえば、幻想的な姿の人魚を連想するが、目前の化け物は獣染みた怪相に、ミイラのような姿をしていた。
――――――――――――――――――――
魔物:
Lv :76
HP :270/270
MP :127/132
――――――――――――――――――――
どうやら悪樓という名前らしい。
麻痺攻撃に潜伏と、所有スキルが凶悪過ぎる。
「このっ……うぐっ!」
ルーチェのナイフと悪樓の爪がぶつかった。
ルーチェは後方へ弾かれ、悪樓は水面に半身を沈め、素早く泳いで彼女への追撃を試みる。
「〈アイス〉!」
メアベルが悪樓へ氷塊を放つ。
悪樓はそれを、水面へと完全に身を沈めて回避した。
「厄介な……」
できれば〈死線の暴竜〉は切りたくない。
今回のレイドでは何が起きるかわからないのだ。
HP・MPの自然回復の休息に時間を取るわけにも行かないし、メアベルの回復魔法を頼るにしても、彼女のMPは極力大切に使っていきたい。
そしてそれ以上に、現状では〈死線の暴竜〉を切り辛い。
一撃攻撃を受けてから〈ライフシールド〉でHPを調整したいのだが、悪樓は如何せん麻痺攻撃持ちである。
下手に受ければ、反撃できずにそのまま殺されかねない。
「俺の矢で、奴の位置を示す! そこを叩いてくれ!」
ケルトが弓を構えながら叫んだ。
「そうか、それなら……!」
俺は剣を構えた。
〈聴覚強化〉のあるケルトなら、奴の潜伏している座標がわかる。
出てくる位置さえわかれば、悪樓の強襲も脅威ではない。
「そこだ!」
ケルトの矢が地面に刺さった。
俺は素早く、矢の許へと跳ぶ。
次の瞬間、水面より悪樓が現れた。
「アアアアアアッ!」
「〈パリィ〉!」
悪樓の爪を、身を引きながら上へと弾く。
続けて俺は盾を前へと突き出した。
「〈シールドバッシュ〉!」
「アアッ!」
悪樓の身体が宙へと浮いた。
「これなら行けます!」
ルーチェが腰を落とし、ナイフを構える。
無防備に跳ね上がれた悪樓へ〈竜殺突き〉を放つつもりのようであった。
だが、次の瞬間、悪樓の姿がブレたかと思えば、三つへの分身した。
「嘘……これ、〈ドッペルイリュージョン〉……!? ううっ!」
ルーチェが刺突を放つ。
本体へと攻撃を放ってこそいたが、動きに迷いがあったためか、技が甘くなっていた。
悪樓は身体を捻って躱し、傷を浅く抑える。
〈竜殺突き〉のクリティカル率は幸運力に左右されるが、技の芯で捉えなければ前提条件も満たせない。
「きゃあっ!」
ルーチェが腹部に爪撃を受けた。
ケルトの放った矢を、悪樓はまた水面へと沈んで回避する。
「ルーチェ!」
「ご、ごめんなさい……」
ルーチェの様子を見るに、彼女にも麻痺が入っている。
ケルトに続いて、ルーチェがやられた。
麻痺が入ると、不規則な行動阻害と共に、大幅に速度が落ちることになる。
それなりに魔物側が気軽に使って来る割には対応の困難なスキルである。
二人に麻痺が入ったことで、いよいよ隙を見つけて回復して逃走を図ることが難しくなった。
「とにかく、一人は回復しないと後がないんよ……!」
メアベルがケルトへと杖を向ける。
「おい、焦るな! お前の足許から来る!」
ケルトが声を荒らげた。
待っていたとばかりに、水面を破って悪樓が姿を現す。
メアベルは杖で直撃を防いだが、腕を爪で抉られていた。
三人に麻痺攻撃が入った。
「この……〈影踏み〉!」
俺は悪樓の影を踏む。
「アア……?」
メアベルへ追撃を仕掛けようとした悪樓の動きが止まる。
……メアベルに攻撃した隙を突いて、どうにか素早い悪樓の動きを〈影踏み〉で止めることができた。
これで〈土泳魚〉のスキルで土に完全に潜ることもできなくなるはずだ。
だが、犠牲は大きかった。
三人麻痺状態では悪樓相手に戦えない。
「冷静になれメアベル! 俺よりルーチェを回復しろ! あの気色悪い魚相手に決定打を取れるのはアイツだけだ!」
ケルトが叫ぶ。
ケルトの声を聞いて、メアベルがハッとしたように目を開く。
「わ、わかったんよ!」
「アアアアアアッ!」
悪樓が地面を泳ぎ、俺へと直進してくる。
俺は〈マジックガード〉で悪樓の攻撃を防いだ。
……〈影踏み〉の発動の間は一歩も動くことができない。
足の位置を調整し、敵の攻撃に備えるために構え直すことさえ難しくなるのだ。
だが、メアベルがルーチェを回復するくらいの時間は俺一人でも稼いでみせる。
影を踏んでいる足を軸に身体を回し、悪樓の爪撃を捌く。
「〈パリィ〉!」
「アァア!!」
弾かれた悪樓は、素早く土へと半身を沈める。
……本当に厄介な魔物だ。
かなり発現率の高い麻痺攻撃に、自在に潜伏できる〈土泳魚〉。
加えて高レベルかつ、パラメーターが素早さに特化している。
レベルの割には一撃が軽いが、当て逃げを繰り返して自身のスキルで対象を嬲り殺せる〈ステータス〉構成になっている。
そして何より、悪樓はそれらを狡猾に使い熟し、確実に得物を仕留めるための知性を有している。
すぐに再度飛び掛かってくるかと思いきや、悪樓は俺の周囲を円を描くように回り始めた。
「まさか、今ので〈影踏み〉の弱点を理解したのか?」
〈影踏み〉の発動中は足の位置を入れ替え難いため、悪樓のような素早い相手に死角へぐるぐる回り込まれると、攻撃への対処が難しくなる。
加えて悪樓は土に潜っているため攻撃姿勢が極端に低く、しっかり向かっていなければ攻撃への対応が難しいため尚更である。
やっぱりこいつ……レアアイテムの傍でじっと冒険者を待っていたことといい、知性が高すぎる。
魔物の知恵についてはエンブリオ戦のときから悩まされていた問題だが、ゲーム時代との一番の違いがこの点かもしれない。
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