第120話

 狭い路地のエリアを抜けている途中、俺達はウミオニ六体の群れと交戦になっていた。


「俺を置いて先に行ってくれ!」


「で、でも、あの数は……」


 ルーチェが足を止め、俺の方を振り返る。


「早くしろルーチェ! エルマが大丈夫だっつってんだ!」


 先を走るケルトがルーチェへと叫ぶ。

 ルーチェが戸惑い気味に頷き、俺の方を振り返った。


「生きて追い付いてくださいね、エルマさん……」


「ああ、勿論だ!」


 六体のウミオニは、数の利を活かそうと俺を囲もうとする。

 俺は囲まれないように動きつつ、〈パリィ〉と〈マジックガード〉で奴らの触手を凌いでいく。


 奥のウミオニが魔法陣を浮かべるのが見えた。


「ビュッ!」


 魔法陣の中央より、水の刃が放たれる。

 〈ウォータースラッシュ〉のスキルである。


「はい、〈シールドバッシュ〉!」


 前方のウミオニを盾で押して弾き飛ばし、〈ウォータースラッシュ〉への盾にした。


「ビィッ!?」


 予想外の一撃を背に受けたウミオニは、戸惑い気味に首を左右に振るい、周囲の様子を窺っていた。


「よし、今だ!」


 俺は先に行ったルーチェ達の方へと駆け出した。


「ビュウ!」


 ウミオニ達が慌てて俺の背を追い掛けてくる。


 ウミオニは素早さは遅いのだが、重騎士もまた速度には難がある。

 加えて鎧装備自体が移動速度にペナルティが入るのだ。

 ウミオニ達が徐々に俺へと距離を詰めてきていたのだが……。


「ビッ!」


 先行するウミオニの額にケルトの矢が命中した。

 矢の衝撃を頭部で受け止め、ウミオニが前のめりに倒れる。

 別のウミオニの額にも続けて矢が命中した。

 ウミオニ達が倒れている内に先へと距離を開けていく。


 無駄な戦闘は徹底して避ける。

 それが今回のレイドにおいて俺が掲げていた方針である。


 俺が気を引いている間に他の三人には先に逃げてもらって、俺が逃げるときにはケルトに補助をしてもらうことにしたのだ。

 一定距離が開けば、速度のないウミオニは早々に追跡を諦めてくれる。


 ゆっくりウミオニ狩りも悪くはないが、こちらは少しでも先を急ぎたいのだ。

 防御力が高く、再生能力もあるウミオニの群れなんて狩っていれば、時間がいくらあったとしても足りはしない。

 それにウミオニ狩りに力を入れても、肝心なメアベルのレベルを上げるにも至らない。


「ビュウ!」


 俺の背に迫ってきているウミオニが大きくを首を振り、ケルトの矢を寸前で躱してみせた。


「悪い、エルマ! そいつだけ動きが若干早い! レベルの高い個体だ!」


「アタシが倒しに行った方が……!」


 ルーチェがナイフを構える。


 俺は振り返り、盾でウミオニの身体を押し飛ばした。


「〈シールドバッシュ〉!」


 ウミオニの身体が跳ね上げられ、地面を転がった。

 これでかなり距離が取れた。

 一対一なら、レベル下で速度もないウミオニ相手に後れを取るつもりはない。


 俺はそのまま前に走っていき、先行するルーチェ達へと追い付いた。

 ウミオニの群れは足を止めて俺達の方をじぃっと見つめていたが、やがてすごすごと引き下がっていった。


「……この赤い建物くらいの位置で振り切るって、本当に宣告通りだったんよ」


 メアベルが建物に手を触れ、呆れたように息を吐いた。


「未来でも見えてんのかお前、なぁ? 変なスキル隠し持ってたりしてねぇか?」


 ケルトが眉を顰めて、俺へと尋ねる。


「通常個体のウミオニの〈ステータス〉の幅は知っているからな。〈ステータス〉の移動速度への変換式、ウミオニが諦めてくれる目安の距離、不意打ちで矢を受けたときの硬直時間を把握していれば誰でもできる」


「……本当にどこでそんなもん覚えたんだ? なぁ、エルマよ?」


「地図でいうと、かなり進んでるんよ。そろそろ〈夢の主〉の間が近い……」


 メアベルが地図を手に、そう口にした。


 俺が引き付けて体勢を整え、ケルトが足止めして時間を稼ぐ戦法が綺麗に嵌っているお陰である。


「早すぎやしないか? こりゃ他の冒険者が来るまで、大分長い時間待ち惚けくらうことになるぞ。この速さでここまで突き進んで来られる奴がいるとは思えねえよ」


「早いに越したことはない。何も起こらなければ、それが一番いいわけだしな……」


 とはいえもし本当に何も起こらなければ、魔物災害の悪化は妨げられるものの、一連の騒動を引き起こしていた人物については何もわからず終いになってしまうのだが。


 ふとそのとき、ケルトが突然振り返り、経路とは別の路地を睨んだ。


「おっと、近くになんかあるみたいだぜ。一応見ておくか?」

 

 どうやらレアアイテムや危険な敵が稀に感知できる、〈第六感〉のスキルが発動したようだ。


「寄り道はあまりしたくないが、一応確認しておくか」


 時間的に余裕があるのは間違いない。

 それにこのまま進めば、すぐに〈夢の主〉の場所までついてしまう。

 できればそれまでにメアベルのレベルを二つ上げておきたいのだ。


 ケルトに続いて移動する。

 数分ほど移動したところで、俺と並んでいたケルトが足を早め、足場に張った水へと手を突き入れる。

 その手には、黒い歪な多面体の宝石があった。


「チッ、〈夢の穴〉にばら撒かれてたって話の〈哀哭するトラペゾヘドロン〉じゃねぇか。期待して損したぜ」


 ケルトががっくりと肩を落とす。


「まぁ、一応、見つけ次第破壊するのがレイドの目的の一つではあったが」


 ケルトが〈哀哭するトラペゾヘドロン〉を壁へと投げつけようと構えた、そのときであった。


「……あ?」


 ケルトの足許から不意に、干乾びた猿のような化け物が飛び上がった。

 黒い、長い爪を有していた。

 化け物が爪を振るう。

 ケルトは咄嗟に背後へ跳びながら腕で身体を庇うが、肩へと鋭い爪撃を受けることになった。


「ガハッ!」


 化け物は、魚のような下半身を有していた。

 ケルトを襲撃した後は、素早く足場の水へと飛び込む。

 あれほど大きい身体を持つ化け物の隠れられるような深さはないはずなのだが、化け物の姿は見えなくなった。


「エ、エルマさん、今の……!」


 見たことがない魔物であった。

 ただ、土に潜って泳ぐスキルと、人と魚の合わさった姿には覚えがあった。


「恐らくレアモンスター人魚の、存在進化体だ!」


 本来、人魚は逃げ回ることしかない、黄金ラーナに似た魔物である。

 黄金ラーナのように飛び抜けて経験値が高いわけではないが、稀少なアイテムを落としてくれるのだ。

 それがどうやら〈哀哭するトラペゾヘドロン〉で〈夢の穴〉が不安定になっている中で、何かしらの特殊条件を満たして存在進化へと至り、凶暴性を手にしたようだ。


 魔物災害の渦中にある〈夢の穴〉では何が起こっても不思議ではない。

 しかし、こんな方向から不意打ちを受けるとは思っていなかった。


 恐らくこの魔物は、レアアイテムの近くにいれば冒険者が寄ってくると踏んで、この場所でずっと潜伏していたのだ。

 ゲーム時代より明らかに知性の高い魔物が紛れ込んでいることはわかっていた。

 しかし、この手の特異現象との合わせ技で来られると、さすがに想定が追い付いていなかった。


「手の内がわからない。俺が気を引くから、メアベルとケルトは、距離を置きながら中距離で援護を頼む。そこから反撃した方がいいが、逃げるべきかを見極めてまた……」


 ケルトがその場で膝を突いた。


「……悪い、エルマ。アイツの爪……麻痺毒付きだ」


 俺は唇を噛んだ。


 敵がどう仕掛けてくるか見えない現状で、斥候タイプのケルトが行動妨害の麻痺を受けたのは手痛い。

 まず僧侶クラスのメアベルにケルトの麻痺を治癒してもらう必要があるが、恐らくその前に再びあの化け人魚が再び姿を現して襲撃してくるはずだ。


 三人に距離を取ってもらうことができなくなった以上、全員で固まっておいた方がいい。


「作戦変更だ! 一気にあの化け物を討伐するぞ!」

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