第116話
この馬車はギルドの手配してくれたものである。
帳を捲れば、レイド参加者の乗っている他の馬車達の姿があった。
「今回の依頼はハウルロッド侯爵家の兵がかなり動員しているようだったな」
一般冒険者二十人前後に加えて、侯爵家の兵もニ十人程動いている様子であった。
もっとも侯爵家の兵の半数は実際に〈水没した理想都〉に突入するわけではなく、外で待機する手筈のようだ。
〈水没した理想都〉から魔物が溢れ出たときの対策だとは銘打っているし、無論そちらの意図もあるのだろうが、真の狙いは此度のレイドに紛れ混んでいるであろう裏切り者を決して逃がさないためだろう。
「多少報酬額を吊り上げられてもこれだけ胡散臭けりゃ、一般冒険者は参加を渋るだろうよ」
ケルトが呆れた様子で息を吐いた。
集まった冒険者の数自体は前レイドからほぼ横ばいのようだったが、実情は異なる。
今回は冒険者ギルドもかなり重要視しており、募集規模自体が前回よりも大きなものであったのだ。
ただ、それでも必要な戦力が充分に集まり切らず、ハウルロッド侯爵家が自身の私兵で補った形となっている。
「それにしても、奇妙な地図なんよ。まるで本物の街みたい」
メアベルが〈水没した理想都〉の地図を見て、息を呑んでいた。
「実際にこうした街があったわけじゃない。ただのアルザロスの見た、水没している街の夢だからな。並んでいる建物もハリボテみたいなものだ」
俺は言いながら〈ステータス〉を開いた。
「エルマさん……? どうしたんですか?」
ルーチェがぱちりと瞬きをする。
「いや、方針が固まったから、スキルポイントを割り振っておきたくてな」
結構な数のスキルポイントをストックしていた。
――――――――――――――――――――
【スキルツリー】
[残りスキルポイント:17]
〈重鎧の誓い〉[41/100]
〈初級剣術〉[5/50]
〈燻り狂う牙〉[15/70]
―――――――――――――――――――
スキルポイントを【8】……〈重鎧の誓い〉へと投下する。
次の取得するスキルは、正直ちょっと微妙なものなので、後回しにするのか悩んでいたのだ。
――――――――――――――――――――
【スキルツリー】
[残りスキルポイント:9]
〈重鎧の誓い〉[49/100]【+8】
〈初級剣術〉[5/50]
〈燻り狂う牙〉[15/70]
―――――――――――――――――――
【〈重鎧の誓い〉が[49/100]になったため、特性スキル〈騎士の信念〉を取得しました。】
よし……〈騎士の信念〉を獲得した。
――――――――――――――――――――
〈騎士の信念〉【特性スキル】
狂乱の状態異常を無効にする。
睡魔の状態異常への耐性を有する。
――――――――――――――――――――
「新スキルですか?」
ルーチェが俺へと尋ねてくる。
「ああ、二種の状態異常への耐性を得られる」
「おおっ! 凄そうですねぇっ!」
「……とは残念ながらいかないんだよな。どっちもマイナーな状態異常だから」
コンセプトとしては『精神に関与する状態異常を騎士の意志の強さでねじ伏せる』といったものなのだろう。
だが『それなら混乱をどうにかしろ』とは、初期〈マジックワールド〉プレイヤーからよく揶揄されていたものである。
状態異常・狂乱は怒りに囚われ、攻撃系統のスキルしか使えなくなり、近くの敵対している相手から自発的に離れられなくなる……といったものである。
状態異常・睡魔は眠りにつき、一定時間経過するかダメージを受けるまで行動不能になる、といったものである。
一応どちらも防御クラスにとっては役割を熟せなくなる状態異常ではあるのだが、双方共にかなりマイナーな状態異常であって受動的に遭遇する場面がほとんどない。
抱き合わせであったとしてもあまり嬉しくない耐性であった。
別に〈騎士の信念〉があるからといって、重騎士の需要が上がるようなコンテンツが存在するわけでもない。
初期重騎士の『痒いところに手が届かないクラス』という評価を体現したようなスキルである。
「あらら、そうなんですね……」
「一応〈騎士の信念〉もありがたい使い道があるんだが、まぁ今取得しなくてもって感じだな」
だからこそスキルポイントの割り振りを後回しにしていたのだ。
欲しかったのは次のスキルである。
――――――――――――――――――――
【スキルツリー】
[残りスキルポイント:1]
〈重鎧の誓い〉[57/100]【+8】
〈初級剣術〉[5/50]
〈燻り狂う牙〉[15/70]
―――――――――――――――――――
続けてスキルポイントを【8】……〈重鎧の誓い〉へと投下する。
――――――――――――――――――――
〈マジックガード〉【通常スキル】
攻撃を受けたとき、盾を魔力で覆うことで、盾の防御力を引き上げることができる。
――――――――――――――――――――
「よし……!」
このスキルがあるとないでは、重騎士の安定性と、捌き切れる攻撃の幅が大きく変わる。
要するにMPを犠牲にすることで、盾越しに受けるダメージを大幅に減らすことができるのだ。
〈マジックワールド〉では装備はなかなか壊れない上に、回避の難しい攻撃でも盾で防ぐことは容易であったりする。
ただ、その分、盾越しに軽減していたとしても、それなりのダメージを受けることが多いのだ。
〈シールドバッシュ〉との同時発動はできないためあちらの威力を引き上げることには使えないが、それでもかなり有用なスキルである。
〈死線の暴竜〉発動時の被ダメージ回避にもなる。
今回のレイドでどう動くのか考えていたのだが、やはり〈マジックガード〉があった方がいいという結論に達したのだ。
ひとまず〈燻り狂う牙〉よりこちらを優先することにした。
「……あんまり人前でごちゃごちゃ〈ステータス〉を弄くるなよ。ルーチェは知らんが、俺とメアベルはずっと一緒に行動してるわけでもないんだからよ」
ケルトが俺へとそう口にした。
「以前は俺の提案で全員の〈ステータス〉を明かしてもらったわけだし、なんとなく隠れて割り振るのも気が引けてな。三人共信頼してるし、連携を取りやすいように知っておいてもらった方が俺としてはありがたい」
俺はそこまで言ってから、メアベルの方を見た。
「それと……悪いが、メアベルに少し頼みたいことがあってな」
「ウチに……?」
メアベルがパチリと瞬きをした。
「確かメアベルのスキルツリーは未振り分けが【5】、〈信仰の杖〉が【42】、〈ドルイドの呪い〉が【20】、〈初級棍術〉が【0】だったな?」
「……あの一瞬でよう全部覚えてるんよ」
メアベルがやや引き攣った顔で苦笑いを浮かべた。
「場の流れで不可抗力で見せ合ったのに、わざわざそんなところまで覚える奴がいるかよ」
ケルトも少し呆れた様子であった。
「……悪い」
今すぐメアベルとケルトの〈ステータス〉を全部書き出せるくらいには鮮明に覚えているのだが、それはわざわざ言わない方がよさそうだ。
「あれから〈ステータス〉に何か変化はあったか?」
「変わってないけど……それがどうしたんよ?」
「途中でメアベルのレベルを上げられる機会を作る。二つ上がったら、スキルポイントを全て〈信仰の杖〉に入れて欲しいんだ」
「〈信仰の杖〉に……?」
メアベルがぱちりと瞬きする。
「一番伸ばしたい専用スキルツリーだから問題はないんよ。でも同クラスの冒険者に聞いたことがあるけど、〈信仰の杖〉の次の習得スキルは、そこまで変わったスキルではなかったように思うんよ。もしかして〈夢の主〉の対策に?」
「まぁ……そんなところだな」
まずあり得ないとは思うのだが、俺の危惧している事態が発生した場合、〈信仰の杖〉の【49】で獲得できるスキルがなければ切り抜けられない可能性があるのだ。
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