第115話
「どうしたんよ、お二人さん。ウチとケルトさんを呼び出すなんて」
メアベルが和やかな様子で俺へと問う。
「……実は頼みたいことがあってな。危険なことだし、割に合わないと思ったなら、勿論断ってもらっていいんだが」
俺がそこまで口にしたところで、既にケルトが何かを察したかのように、怪訝な表情を浮かべていた。
「なぁ……エルマよ。それって〈水没した理想都〉のレイド絡みじゃねぇだろうな? まさかお前、あんな嫌な予感しかしねぇレイドに参加する、なんてほざくんじゃないだろうな」
「……そこまで露骨に牽制されると答え辛いんだが、そのつもりだ。前回同様に〈哀哭するトラペゾヘドロン〉絡みのようだし、一度手を出した手前、素知らぬふりをするのも気が咎めてな」
此度のレイドのハーデン侯爵の狙いは、急いた相手がこれが
……そして恐らく、相手の狙いもまた、深追いを試みるハーデン侯爵がこのレイドで犯人を釣り出そうとしていることを見抜いた上で、この場を利用するべく仕掛けてきている。
既にかなり厳しい戦いになることが予想されていた。
ただ、このレイドを放置すれば、そのまま
当然ハーデン侯爵も保険は用意しているだろうが、リスクを負うことは織り込み済みのようであった。
そうした面でも他人事ではいられなかった。
「マジかよ……おいおい。あのな、エルマ。お前の正義感強くて真っ直ぐなところは好きだが、あんなもん馬鹿か金のない奴が手を出すもんだ。何のための税だと思ってる? 俺らが手を出さなくても、お貴族様の兵が上手い具合にやってくれるっての」
ケルトは額を押さえた後、わざとらしく肩を竦めた。
「ま、まぁ、そのための貴族なのは同感だが……」
どうにもケルトは、あまり貴族にいい印象を持ってはいない様子であった。
俺は少々ショックであった。
ルーチェは俺の様子を見て、気まずげに苦笑いしていた。
「それに今は、A級冒険者の〈黒き炎刃〉様がラコリナに来てくださってるからな。さっきも言ったが、ハウルロッド侯爵家の兵が出てくるのは間違いねえよ。俺は正直、B級冒険者の中じゃ強さは下の方だぜ。あくまで斥候クラスだからよ。こっちのチンチクリンだって、C級冒険者だからな」
ケルトがメアベルを指で示す。
「チンチクリンとはなんなんよ。回復クラスはレベルが上がり難いし、戦地でも後衛になるから冒険者等級が低くなりやすい。探索や戦闘、連携の実践経験ではケルトさんにも引けを取ってない自負はあるんよ」
メアベルがムッとしたように答えた。
「今回のレイド……〈哀哭するトラペゾヘドロン〉の除去のためにも、また四人班でばらけて突入して異常発生した魔物を分散させつつ、間引いていく形で攻略するそうだ。ただ、裏切り者が紛れ込む可能性が高いらしい。だからギルドの編成に任せるより、信頼できる二人を引き入れておきたいんだが……」
「ただでさえ胡散臭いのに、裏切り者と来たかよ……。悪いがエルマよ、それを聞いて俺は余計に行きたくなくなったぜ。メアベル、お前も同感だろ? 前のレイドじゃ最初は騙されてたが、お前も相当な食わせ物だったからな。この手の胡散臭い依頼はお断りだろ?」
「参加してもいいんよ。ウチ、頼られるのは嫌いじゃないんよ」
「なっ……! メアベル、お前っ、参加するのか?」
メアベルの言葉に、ケルトが目を見開く。
俺も正直なところを、メアベルがあっさりと参加を表明してくれるのは意外であった。
メアベルがケルトの服をがっしりと掴んだ。
「それから……前に一人で逃げようとした挙げ句に命助けられた卑怯モンも、きっとちょっとでも恩を返すために参加してくれるんよ」
「待て、待て待て! す、少し、考えさせろ!」
ケルトがメアベルの手を払って、そう口にした。
メアベルはケルトの慌てた様子を見るとくすりと笑い、それから俺を向き直った。
「エルマさんの性格は前のレイドでよくわかってるんよ。理詰めで考えて、無理のあることはしないって。確かに高レベルの〈夢の穴〉で尻込みする気持ちはあるけど、ウチらなら適任だと踏んでのことなんよね?」
「それは買い被りだが……二人を見込んでのことなのはその通りだ」
俺は頷いた。
「前のスカルロード戦で、二人には〈ステータス〉を明かしてもらったからな。下手な高レベルの攻撃クラスを引き入れるより、スキルのわかっているメアベルやケルトの方が遥かに動きやすいと判断した。〈水没した理想都〉に出没する魔物のスキルや〈ステータス〉は把握しているが、この四人ならば問題なく捌けるはずだ。既にこの四人だった場合の各魔物に対する戦い方は概ね考えている。この〈水没した理想都〉はやや特殊な地形の〈夢の穴〉で、かつ〈夢の主〉は移動能力に難がある。万が一前回のように〈
俺は当初、適当な二人を雇って、レイドの開幕と同時に外に出てもらおうと考えていた。
ハーデン侯爵から裏切り者を探ってほしいと頼まれていたため、少人数で動いた方が小回りが利いて素早く動けるため丁度いいと考えていたからだ。
ルーチェと二人で道中の魔物を凌ぐ手立ても考えていたのだが、どうしても俺とルーチェだけでは対応し切れない場面が起こり得ると考えたため、ケルトとメアベルを呼ぶことにしたのだ。
「……買い被りどころか思ってた以上で、ちょっと引くんよ」
メアベルが俺を見て苦笑いを浮かべた。
「で、ウチらに負い目のあるケルトさんはどうするんよ?」
「いちいち嫌な言い方するんじゃねぇよ……」
ケルトが自身の頭に手を触れ、髪を掻いた。
「ウチ、この面子で〈夢の穴〉潜るの嫌いじゃないんよ。ケルトさんも、前に〈嘆きの墓所〉を攻略したとき……すっごい生き生きとした、いい顔してた。汚く立ち回って小銭拾ってるより、あっちの方がずっとケルトさんの性に合ってるように見えたんよ」
メアベルがくいくいとケルトの袖を引っ張る。
「……チッ、仕方ねぇか。お前らに恩があるのは確かだ。それに……C級冒険者の回復役と、新人B級冒険者二人にゃ荷が重いレイドだろうからな。この一流の斥候の俺が手を貸してやるよ」
ケルトが観念したように溜め息を吐いた。
「ありがとう……ケルト、メアベル」
「ま、お前らは妙に金回りがいいからな。せいぜい勝ち馬に乗らせてもらえることを期待してるぜ」
ケルトがニヤリと口端を上げた。
「ふふ~ん、この人、悪振ってるけど案外可愛いところあるんよ。強く頼まれたら絶対すぐに折れるって、ウチ、最初からわかってたんよ」
メアベルはカラカラと笑いながら、肘でぐりぐりとケルトの肩を突いた。
「……今からでも降りてやろうか?」
ケルトが苦虫を噛み潰したような顔でメアベルを横目で睨む。
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