第114話

 翌日、ギルド長ハレインの告知通り、冒険者ギルドの掲示板に大規模依頼レイドクエストの募集が張り出されていた。

 俺とルーチェが向かった頃には既に人集りができていた。


「〈水没した理想都〉……推奨レベル、80だって!?」

「ここで魔物溜まりモンスタープールだろ? 一流冒険者でも道中で死にかねないぞ……」

「以前〈嘆きの墓所〉で魔物溜まりモンスタープールが発生したばかりだろ? ラコリナはどうなってんだ……」


 他の冒険者達は、この募集に不安げな様子であった。


「推奨レベル80……とんでもないですね。もしもこれで〈嘆きの墓所〉のスカルロードみたいに〈夢の主〉が存在進化なんてしたら、レベル100近くになるんですよね?」


 ルーチェが不安げに俺へと尋ねる。

 俺は欠伸を押し殺しつつ、眠い目を擦った。


「エルマさん? あのぅ……」


「ああ、すまない。昨日、あまり寝ていなくてな」


 昨日、ハレインより譲ってもらった冒険者の資料を徹夜で読み込んでいたのだ。

 スキル構成次第で他者の目を欺いてアリバイを偽証できそうな人間もいたのだが、如何せんざっくりした情報しかないもので、妄想レベルの考えでしかない。


 調査報告書だって、各冒険者の細かい動きと時間が詳細に記されているわけではない。

 おまけにこの世界ではスキル構成が最適解に沿っていない人間が圧倒的に多すぎるため、その辺りの予想も立て辛い。

 可能性を追っていけばキリがなかった。


 今更再調査を実施してもらっても、この世界では他人のスキル構成は基本的に秘匿情報であるし、当日の細かい情報なんてもはや誰も覚えていないだろう。

 参考にはなったが、ここから何か意義のある仮説が導けたかというと微妙なところである。


 寝ずに考えていたため、どうにも頭が回らない。


「……だ、大丈夫ですかぁ?」


「どうにか」


 俺は自身のこめかみを叩く。


「そんなことより……毎度のことながら、悪いな、ルーチェ。また巻き込んでしまって」


「ふふん、巻き込んだ……なんて、言わないでくださいよぅ! アタシだって冒険者になった以上、国や街を守ることに貢献したいって思ってるんですから! それにアタシ達、死地を何度も共にした仲間じゃないですか」


 ルーチェは勝ち気にそう言って、手のひらに拳を打った。


 昨日、ルーチェと話し合い、正式に魔物溜まりモンスタープールの発生した〈水没した理想都〉のレイド攻略に参加することになったのだ。


「フン、キサマらも参加するのか。忠告しといてやるよ。ちょいとばかり成果を上げて図に乗っているようだが、今回のレイドは本当に危険だぜ、重騎士エルマ」


 甲高い、高圧的な声が聞こえてくる。

 声の方を向いたが、誰の姿もなかった。


「おかしい……声はすれど、姿は見えない……」


 俺は目を擦りながら、周囲を見回した。


「エルマさん、下、下!」


 ルーチェに言われてやや目線を落とし、ようやく紫の長髪を後ろで束ねた三白眼の少女……魔剣士ヒルデの姿が視認できた。

 苛立ったように片瞼を痙攣させている。


「ああ、ヒルデか」


「毎度毎度……このオレ様を馬鹿にしてるだろ、キサマら。いいか、エルマ。オレ様は、決闘の恨みは忘れてねぇからな。この依頼はB級冒険者にとっても命懸けになる。小銭稼ぎたい程度の動機なら降りるこった。キサマには雪辱を果たすって決めてんだ。参加するなら、つまらねぇところで命を落とさないよう、気を張ってることだ」


 ヒルデが俺に指を突きつけてそう言った。


「言葉遣いは悪いですけど、ヒルデさんなりにアタシ達を気遣ってくれてるみたいですね」


 ルーチェが苦笑しながら、俺へと言った。


「チッ、キサマから五千万ゴルド取り返しそびれたら、オレ様が損するからそれまでくたばるなってだけの話だ」


「ふぁあ……」


 俺は欠伸をしながら目を擦った。


「……おいキサマ、今、欠伸しやがったな?」


 またヒルデの瞼がピクピクと震えた。


「ご、ごめんなさい、ヒルデさん! あの、エルマさん、昨日は徹夜だったみたいで……! アハハハ……」


 ルーチェが笑って誤魔化した。


「エ、エルマさん、一応謝ってあげましょう。身を案じてくれてたことは、間違いないみたいですし」


 ルーチェが声を潜めて俺へとそう言った。


「……悪かった。返す気はないが、正直あの決闘はちょっと大人げなかったなと思っている」


「オレ様の方が歳上だ! 知ってるんだぞ、キサマら十五、十六だろ! オレ様は十七だ十七!」


 ヒルデが唸り声を上げた。

 綺麗に地雷を踏み抜いてしまった。


 ふと、ヒルデが背負っている鎌に目が付いた。

 賭けに負けて愛剣を失ったヒルデは代用品の〈黒鋼の鎌〉を装備していたのだが、また別の鎌へと変わっている。


「あれ、ヒルデ、その鎌……」


 ……その鎌は、俺達が〈幻獣の塔〉で乱獲した、グリムリーパーのドロップアイテムである〈魂狩りの大鎌〉であった。

 店で捌いて回っていたため、値段が相場より少し落ちていたのかもしれない。


「エルマさん、エルマさん……」


 ルーチェがこそこそっと俺の名前を呼んだ。


「……似合ってるぞ」


「なんだ、キサマ。気色の悪い。オレ様には鎌装備がお似合いだってか? フン」


 危ない、『安かったのか?』と聞くところだった。

 これ以上神経を逆撫でしたら、またこの場で決闘騒ぎになりかねない。


 寝不足のせいか、今日は隙が大きくなってしまっているように思う。

 俺は自分を起こそうと、頬を軽く叩いた。


「気に入ってはいるがな。鎌も慣れれば、案外悪くない。この武器は付与効果も強力だ」


 絶対安かったからだと思うのだが、俺は口を挟まないことにした。

 本人が納得しているのならば野暮なことを言うべきではない。


「参加するのか……は、むしろ俺が聞きたいんだがな。一対一に特化した魔剣士は、〈夢の穴〉探索には燃費が悪い。魔物溜まりモンスタープールへ挑むとなったら以ての外だろう? 前回の〈嘆きの墓所〉はまだしも、今回は推奨レベル80の〈夢の穴〉だ」


「ひ、人手不足が予想されてるんだから、B級冒険者で〈黒き炎刃〉の弟子であるオレ様が参加しないわけにはいかないだろう! このレベルの〈夢の穴〉でも、雑魚くらいMPを使わずに狩れる。オレ様を舐めてくれるなよ」


 ……意外とB級冒険者としての使命感はあるんだよな。


 カロスも言っていたが、この世界は一部の上級冒険者達がどうにか魔物災害を喰い止めて存続させているのが現状である。

 師匠であるカロスがそう意気込んでいるため、弟子であるヒルデも多少感化されているのかもしれない。

 ……もっとも、その結果が焦って鍛冶屋への恫喝では笑えないが。


「まぁ、A級冒険者のカロスとまた組むんだろうし、チームのレベルで押し切れるか……。カロスは感知スキルの〈第六感〉も持っているから、キツいと思えば厄介な敵との戦いは避けるだろうし」


 〈夢の穴〉攻略では感知系統のスキルの有無の存在は大きい。

 ただ、感知系統のスキルを取れるスキルツリーは基本的に攻撃性能に難があるため、考えなしに組み込むと火力不足や器用貧乏、補佐役寄りのスキル構成になってしまいがちで難しいのだ。


「フン、別に師匠に頼り切るつもりはないがな。……あん? キサマ、師匠のスキルを知ってたのか?」


 ヒルデが表情を歪める。

 俺は口許を手で押さえた。


「ああ、いや、魔剣士で無理なく組み込める感知スキルは〈第六感〉くらいだから、逆算でな」


 調査報告書で各冒険者のスキル構成の仮説を立てていたのだが、当日の行動から考えて、カロスは何かしらの感知スキルを持っていると考えた方が筋が通っていたのだ。

 持久力に難のある魔剣士であるから、ソロ活動が主な時点で回復スキルか感知スキルを持っているのはわかっていたが。


「あまり行儀のいいことじゃなかったな、いや、悪い」


 俺は自身の額を抓った。

 境界が難しいところではあるが、あまり人のスキル構成を踏み込んで探るのはマナー違反に近い。

 ケルトも口にしていたように、よほど親しい仲でなければトラブルの許だからだ。


「はぁ……まぁ、触れ回ってはくれるなよ。しかし、スキル構成の逆算って、なんでそんなことできるんだキサマ……。この世界に、どれだけのスキルツリーとスキルがあることか。前々から思っていたが、本当に得体の知れない奴だ」


 ヒルデが若干引き気味にそう口にした。


 〈マジックワールド〉であれば、上位プレイヤーならばだいたいできたことである。

 クラスがわかった時点で、せいぜいスキルツリーの構成は三、四パターンに絞られる。

 そこから更に、プレイスタイルや装備や動き方がわかればどんどん明け透けになっていく。


 もっともこの世界では皆が強くなるための最適解を歩んでいるわけではないためパターン数が膨大に増えて、スキル構成を推測する難度は大幅に跳ね上がっているが。


「や、やっぱりエルマさん、まだ例の件で頭がいっぱいなんですね……。お疲れ様でした。ア、アタシ、役に立たないかもしれませんけど、まだやることがあるなら例の調査の方もお手伝いしますから……!」


 ふと、俺達へと近づいてくる足音があった。


「〈水没した理想都〉の大規模依頼レイドクエストが発表されたようだね」


 銀の長髪の美丈夫、A級冒険者〈黒き炎刃〉ことカロスであった。

 カロスは俺達の前で歩を止める。


「危険なレイドだから強制はできないけれど、君達にも期待しているよ、エルマ、ルーチェ。前も言ったけれど、あまり戦力に余裕がなくてね。前レイドの〈王の彷徨ワンダリング〉もあって、警戒している冒険者も多い」


「ヒルデさんの師匠のカロスさん……」


「それにいつも言っているが、本当に私は師匠になったつもりはないのだが……」


「し、師匠!? そんな……」


「先人が新人を導くのは当然のことだよ。それに私は、君対してそこまで何かをしてあげられたつもりもない。君がここまで来られたのは、君の才覚と努力の賜物だ。それでも私に恩義を感じているというのであれば、それは私に返すよりも困っている新米冒険者達に返してあげて欲しい」


 カロスは苦笑いしながらそう話した。


「し、師匠……!」


 ヒルデが感嘆の声を上げる。


 ……ヒルデはあまり人を指導するのは向いていないような気もするのだが、余計な口を挟むのは止めておこう。


「今回のレイドも、カロスがギルドに提案したのか?」


「ギルド、というよりハウルロッド侯爵家にね。提案というよりは、今回は助言を求められただけだよ。……ただ、あちらは少しばかりきな臭いことになっているようだけれど」


「きな臭い……?」


「思いの外、ハウルロッド侯爵家の本家と、ギルドを任せられている分家の仲が良くないようだ。跡継ぎ争いのこともある。君は当事者だから言うまでもないだろうが、暗殺未遂もあったようだしね」


 カロスが声量を落としてそう口にした。

 ハウルロッド侯爵家と接触しているカロスは、〈幻獣の塔〉での一件を既に知っているようだった。


「あ、暗殺未遂……? 師匠、それって……!」


 ヒルデが大声を上げた。

 カロスは口に人差し指を当て、彼女に注意を促した。

 ヒルデが手で口を覆う。


「危険なレイドになるのは間違いない。ただ、貴族や国が敵だったとしても、私は退くつもりはないがね。元々、頻出する魔物災害の正体を追ってラコリナまで流れ着いた。ようやく、その尻尾が掴めそうなんだ」


 カロスが目を細めて、口許を引き締めた。


「さすが師匠! 師匠が行くなら、オレも勿論行くぜ! 他の腑抜け冒険者共とは違うからな!」


 ヒルデがぐっと握り拳を作る。


「……君には少し、荷が重いと思うんだけどね。魔剣士は元々〈夢の穴〉探索には不向きだから……」


「師匠!?」


 ヒルデがショックを受けたように仰け反る。


「それからその大鎌だけど……」


「ああ、新調したんだ! 〈魂狩りの大鎌〉……コイツなら推奨レベル80の〈夢の穴〉だろうが怖くねぇ!」


「……前回と違って、今回のレイドは本当に余裕がないんだ。鎌装備だと魔剣士のスキルも一部使えなくなる。さすがに今回は手頃な剣を貸してあげるから、その〈魂狩りの大鎌〉は店に返してきなさい」


 カロスは憐れむようにヒルデの肩に手を置き、彼女へとそう諭した。

 ヒルデは未練がましく〈魂狩りの大鎌〉へと目を向けていたが、やがて観念するように肩を落とした。


「……はい」

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