第110話

「娘のスノウを助けていただいたこと、感謝しているよエルマ君。近頃はこの都市ラコリナも物騒な事件が続いていかんね」


 ハーデン侯爵がそう口にする。


「……ご心配お掛けいたしました、父様」


 スノウが頭を下げる。


「いや、結構。次期当主候補たる者、命懸けでやってもらわねば困る。卑劣な手を使おうが、ただ運に恵まれただけであろうが、結果的に領民の支持を得て……かつ、生き残った者が吾輩の跡継ぎである」


 ハーデン侯爵は、スノウの顔も見ずに、笑いながらそう口にした。

 仮に跡継ぎ争いの余波で命を落とそうとも知ったことではない、という口振りであった。

 なんなら、スノウが生き残ったのはただの運だと、そう揶揄しているようでさえあった。


「ハーデン侯爵様は〈幻獣の塔〉の事件さえ……家督争いの一環として、許容なさっているということですか?」


「エ、エルマ、お前! 侯爵様に何ということを!」


 イザベラが声を荒らげて俺を見た。


「よい、よい。そう大声を出すな。せっかくの飯が不味くなるではないか」


 ハーデン侯爵はイザベラをあやすようにそう口にする。


「無論、調査は行う。裏工作とは発覚せぬからこそ意味があること。調べてすぐわかるような惚けた暗殺を嗾けた者が侯爵家におれば、吾輩が直接処刑してくれるわい」


 ハーデン侯爵は目を細め、不気味な笑みを浮かべた。


「ただ、それも……侯爵家におれば・・・・・・・、な」


「ハーデン侯爵様は、そうではないと考えておられると?」


「エルマ君……要するにキミは、ラコリナの一連の事件に対し、当主である吾輩がどのような認識を持っておるのか知りたかったのだろう? 直接訊くのは躊躇われたから、吾輩の娘への言葉に義憤へ駆られたように演じて軽く突いてみた……といったところか。いかんな、エルマ君。人を試すような言葉は」


「……そのような意図は」


 ……概ね図星であった。

 義憤を演じたつもりはないが、遠回りに窺ってみようと考えて出た言葉であった。

 ハーデン侯爵が〈夢の穴ダンジョン〉を使った領地への攻撃に対して、ハウルロッド侯爵家がどの程度関与していると考えているのか、〈幻獣の塔〉の一件と結び付けているのか、それが知りたかったのだ。

 ハーデン侯爵自身が黒幕ということも考えられる。


「フン、大方、ただの時間稼ぎであろうな。舐めた真似をしてくれるわい」


「時間稼ぎ……?」


 ハーデン侯爵の言葉の意図はわからなかった。


「心配せずとも、吾輩も〈嘆きの墓所〉での一件は重く見ておる。のう、エルマ君。あの事件……犯人は、どのような人物だと考えておる?」


「どのような……」


 少し悩んだ。

 白を切るべきか、正直に話すべきか。


 例の事件の話をハーデン侯爵が切り込んできたのは俺としてもありがたいのだが、彼が潔白だという保証もないのだ。

 それに、俺が考えていることをハーデン侯爵に話すのは、危うい一面もあった。


 ただ、ハーデン侯爵に直接訴えられる機会は多くはない。

 俺はこの事件……下手すれば、王国の存続そのものを脅かすものだと考えていた。


 〈夢の穴ダンジョン〉災害の兵器としての悪用方法が確立されれば、何が起こるのか分かったものではない。

 ただでさえこの世界では、人類の生息圏は〈夢の穴ダンジョン〉に蝕まれつつあるのだ。

 仮に政治利用されて〈夢の穴ダンジョン〉災害が多発するようになれば、人類は足を引っ張り合って滅亡することになるだろう。


「……犯人は王国以上に〈夢の穴ダンジョン〉の情報を有しており、何かに利用できると考えている。一連の事件はその実験なのではないか、と」


「ほうほう! それはつまり、代々高レベル〈夢の穴ダンジョン〉の蔓延るこの地を切り盛りしてきた、ハウルロッド侯爵家が怪しいと、そういうわけかな?」


 ハーデン侯爵は愉快そうにそう話す。

 ルーチェ、スノウ、イザベラの表情が凍り付いた。


「エ、エルマさん、エルマさん、マズいですよぅ……。ごめんなさいしておきましょう?」


 ルーチェが不安げに俺の袖を掴み、小声でそう呼びかけてくる。


「もし、心当たりがあれば……と」


「心当たりがないわけではないぞ」


 ハーデン侯爵がニヤリと笑う。


「王国を上回る〈夢の穴ダンジョン〉の情報……そう容易く得られるものではない。吾輩らも確かに占有している情報はあるが、とてもこんな真似は引き起こせんよ。吾輩も疑問なのだ。連中がどこで、こうした知識を手にしたのか。しかし、これと類似した現象が起きておる」


「……類似した現象?」


「あるとき突然……何かの天啓を受けたかのように、破竹の勢いで活躍を重ねる冒険者が現れたのだよ。いやはや、彼は何に導かれているのだろうな? 似ていると思わんかね?」


 俺は面食らって、口を閉ざした。


 それは、俺のことを言っているのか……?


 恐らくハーデン侯爵は、〈嘆きの墓所〉で俺やルーチェが存在進化した〈夢の主〉を討伐した件も、既に把握しているのだろう。

 いや、その前の〈百足坑道〉でのことも把握済みだと考えるべきか。


 重騎士は〈燻り狂う牙〉のスキルツリーを得られなければ、ただのピーキーな盾クラスだ。

 この世界では攻撃性能が低ければ、それだけでレベルアップの機会が大幅に減少する。

 知識のある大貴族程、突然急激に力を付けていき、奇妙なスキルを操る俺は、異様な存在として目に映るだろう。


 そして事実、〈マジックワールド〉時代の攻略情報や解析データを有している俺は、その気になれば〈夢の穴ダンジョン〉災害を意図的に起こせるだけの知識は有している。

 それは王国以上の〈夢の穴ダンジョン〉の情報を持っている、ということだ。


 疑っていたからこそ、わざわざ俺と顔を合わせたかったのか……?


 ハーデン侯爵は、そのギョロリとした目玉で、俺の表情をじっと観察していた。

 しかしすぐに大きく口を開けて、声を上げて笑った。


「いや、なに、言ってみただけである。クク、誰にだって秘密や後ろ暗い面があるもの……邪推して見える点を繋げていけば、簡単にそれらしい形になる。あまり一度持った考えに囚われんことだ、エルマ君」


「は、はぁ……」


 ハーデン侯爵は、何事もなかったかのように食事を再開する。

 冷めきった気まずい空気の中、彼だけが楽しげに肉を口にしていた。


 俺に疑いを向けているというのが、どこまで本気だったのか全くわからない。

 半ば本気だったのか、単に話を誤魔化すためだったのか、或いは侯爵家に対する邪推を口にする俺をからかっただけだったのか。

 

 ……父のアイザスがハーデン侯爵を嫌っていた理由がよくわかった。

 頑固で融通の利かない厳格なアイザスと、捉えどころがなく狡猾で意地悪なハーデン侯爵。

 二人の馬が合うわけがない。

 アイザスも、散々いいようにされて、からかわれていたのではなかろうか。




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 「2022/2/11」の1時から2時半の間まで、百十話分の内容が飛んでおりました。

 申し訳ございません……。

 こちら現在修正済みとなっております。(2022/2/11)

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