第106話

「ありがとうございます、スノウさん……!」


 ルーチェは氷の柱を垂直に駆け上がる。

 〈曲芸走り〉のスキルである。

 これで天井付近へ逃げたポタルゲへと、一気に距離を詰められる。


 ……だが、そう簡単には行かない。

 これまでも魔物の知性の強化を感じることはあったが、ポタルゲはその中でも別格だ。

 システムの存在とその仕様を理解し、時として逃げることが最大の攻撃になることを知っている。


 魔法型のポタルゲに対して、細い足場を一直線に駆け上がって接近するのは悪手だ。


 ポタルゲの顔の前に、大きな魔法陣が展開される。


「逃げろルーチェ! 奴は柱諸共吹き飛ばす気だ!」


「ギュルルルルル!」


 雷が氷の柱目掛けて落ちる。

 風魔法のスキル……〈サンダーストーム〉だ。

 発動は遅く、MP消費も大きいが、広範囲かつ高火力。

 今みたいに足場ごと敵を吹き飛ばすには持って来いのスキルだった。


「ううっ……!」


 ルーチェは柱を蹴り、空中へ逃れた。


「〈フロートリフト〉!」


 スノウが素早く、次のスキルを放つ。

 ルーチェが逃れた先に、小さい氷の足場が展開された。


「わっ……!」


 ルーチェが綺麗に、その上に立った。


「ギュッ……!」


 ポタルゲが眉間に皺を寄せ、彼女を睨みつける。

 〈サンダーストーム〉でルーチェを倒し切れると踏んでいたのだろう。

 仕損じた挙げ句、接近を許したことを焦っているようだ。


 タイミングも魔法制御も完璧だ。

 天才剣士と呼ばれていただけのことはある。

 狡猾で腹黒いという前評判は驚くほど当てにならなかったが、そちらはどうやら本当だったらしい。


「行ける……これなら、仕留めきれる! 〈ライフシールド〉!」


 俺は走りながらスキルを発動した。

 俺の生命力が実体化し……光の壁となって全身を包んでいく。

 最大HPの二割を支払い、自身の身体を守る盾にするスキルだ。


――――――――――――――――――――

〈死線の暴竜〉【特性スキル】

 残りHPが20%以下の場合、攻撃力・素早さを100%上昇させる。

――――――――――――――――――――


 〈死線の暴竜〉が条件を満たす。

 身体を赤い光が覆い、一気に速度が上昇する。

 俺が目指すのはポタルゲの真下だ。


「〈竜殺突き〉……!」


 ルーチェが氷の足場を蹴って、ポタルゲへとナイフを突き出す。


「ギュウウウウ……!」


 それを撃ち落とすべく、ポタルゲは魔法陣を紡ぐ。

 発動速度に定評のある〈シルフカッター〉だ。


 氷晶騎士であるスノウが足場を作り、道化師であるルーチェがそれを活かしきってポタルゲへ一気に接近した。

 見事な連携だったが、元より上を取って、接近する相手を撃ち落とせばいいだけのポタルゲの方が、遥かに有利な盤面だったのだ。

 〈シルフカッター〉の発動の方が一瞬速い。


「〈影踏み〉!」


 俺は全力で、ポタルゲの影を踏みつけた。


「ギィッ!?」


 ポタルゲの巨体が上下する。


 〈影踏み〉は距離が開きすぎていれば効果が薄い。

 ステータスの差が大きすぎると、強引に振り解かれることもある。


 だが、一瞬体勢を乱して、嫌がらせをするにはそれで充分だった。

 特に今……ポタルゲの意識は、完全に迫りくるルーチェへと向いていたのだ。

 意識外から急に引っ張られるのは、さぞ効いたはずだ。


 ポタルゲの放った〈シルフカッター〉は軌道がズレて、ルーチェを掠め、氷の足場の方を粉砕した。


 ルーチェの〈竜殺突き〉が、ポタルゲの首を突き刺した。

 〈奈落の凶刃〉の髑髏の光が広がる。

 首許の肉が爆ぜ、血が舞った。


「ギイアアアアアアアッ!」


 大ダメージを叩き込まれたポタルゲが、一直線に落下してくる。

 それは死に物狂いでルーチェから逃げようとしているようでもあった。


「まだまだ動き回れるなんて、本当にタフな奴だよ」


 俺は落下してくるポタルゲへと刃を構える。


「〈不惜身命〉!」


 赤い光に、新たに青白い光が加わる。


――――――――――――――――――――

〈不惜身命〉【通常スキル】

 残りHPが50%以下の場合のみ発動できる。

 防御力を【0】にし、減少させた値だけ攻撃力を上昇させる。

 発動中はMPを継続的に消耗する。

――――――――――――――――――――


 これで準備は整った。


「ギイッ!」


 ポタルゲは崩れた体勢から強引に身体を捻り、俺へと鉤爪の一撃を繰り出す。

 確かにその爪は俺を捉えたが、威力が充分に乗っていなかった。

 俺の〈ライフシールド〉を崩しただけであった。


 大きな隙を晒したポタルゲへ、〈死線の暴竜〉と〈不惜身命〉の合わせ技の剣をお見舞いする。

 ポタルゲの巨体を勢いよく床へと叩き落とす。

 ポタルゲ越しに、刃の威力で床に亀裂が走った。


「ギイアアアアアアッ!」


 それが奴の最期の叫びとなった。


【経験値を6725取得しました。】

【レベルが72から74へと上がりました。】

【スキルポイントを2取得しました。】


 〈幻獣の塔〉の〈夢の主〉、ポタルゲを打ち倒すことができた。


 俺は剣を床に突き立てて身体を支え、二つのスキルを解除した。

 身体を纏っていた二色の光が消える。

 少々危うかったものの四人共無事である。


「お、終わった……よかった……」


 イザベラはへなへなとその場に座り込んだ。

 戦いが終わったという安堵で力が抜けたらしい。


 それからすぐにポタルゲの亡骸へと目を向けて、顔を青くしていた。


「しかし……なんだ、今の、馬鹿げた威力は。こんな隠し玉を持っていたとは……き、貴様、何者なのだ……?」


「ちょっとした荒業でな。あまり気軽に使えるものではないが」

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