第100話

「……外から来たB級冒険者か。同レベル帯でも冒険者相手に対人戦で後れを取るつもりはなかったが……対応を誤ったか」


 イザベラが苦虫を噛み潰したような顔でそう口にする。


 イザベラとしては、軽く往なして俺達を実力不足として追い返すつもりだったのだろう。

 自身が実力で俺に後れを取っていると判断していれば、決闘など挑まず、別の方面から理由を付けて追い出そうとしていたはずだ。


「探索を継続させてもらえる……ということで大丈夫か?」


 俺が声を掛けると、イザベラはスノウの判断を仰ぐように、彼女を振り返った。


「仕方がないでしょう、イザベラ。建前とはいえ、実力を持ち出したのはこちらです」


「は、はい……。申し訳ございません、スノウお嬢様。同レベル帯の一般冒険者相手に、この体たらくとは……」


 しかし、不気味なほどにスノウが素直だった。

 聞いていた限り、自身の立場を盤石にするため、かなり傍若無人に振る舞っているという話だったが。


「確かに、最低限この〈夢の穴ダンジョン〉に踏み込むだけの力量はあったらしいな。いいだろう、ひとまずは認めておいてやる。だが、覚えておけ。今のはほんの小手調べだ。奥の手は見せていな……!」


「イザベラ」


「はっ!」


 イザベラは素早くスノウの許へと戻る。


「少し、言い過ぎ……失礼ではないかと? いえ、いえ……しかし、相手は平民の冒険者です。威厳を示さねば……。現当主様も、実績よりもお嬢様の性格を危惧されているのではないかと……はい、ええ。民のことを想っても、民の気を遣ったり、好かれようとするようになれば貴族としてはお終いだと、現当主様も……」


 何やらごにょごにょと二人で話をしている。


「軽い小手調べとはいえ、この私相手に一本取ったことは認めてやる。自由に動くがいい、これ以上咎めはせん」


 どうやら上から目線で誤魔化す、という形で二人の間で折り合いが付いたようだ。


 ……何となく察していたが、もしやスノウは、他の次期当主候補との競争を制するため、舐められないように敢えて露悪的に振る舞っているだけなのではなかろうか?


 俺の頭に、ラコリナのギルド長であるハレインの顔が浮かんでいた。

 あの人も普段は大物振っているが、一つ予想外のことがあれば一気に崩れるところがある。


「もしかして血筋なのか……?」


 或いは、強大になり過ぎたハウルロッド侯爵家を守るための手段なのか。


 噂通り、実績作りとレベル上げのために〈夢の穴ダンジョン〉攻略を行っているのは間違いないだろう。

 ギルドへ〈幻獣の塔〉を秘匿させたのがその一環であることも間違いないが、彼女が家督争いのために〈哀哭するトラペゾヘドロン〉を利用しようとしていた……というのは、どうにも考えられなかった。

 今の様子だけで判断するわけにはいかないのだが。


「イザベラ、この方に名前を聞いておいて」


「は、はい、お嬢様」


 しかし、なぜ頑なに人を間に挟もうとするんだ……?


「おい、貴様! この私相手に、よくぞここまで戦えたものだ。名を聞いておいてやろう」


 色々と思うところはあったが……ひとまずここは、素直に答えておくことにした。


「エルマだ」


「エルマだと? 確か大規模依頼レイドクエストで活躍したパーティーにいた男がそのような名前だったが……そうか、貴様だったか」


 ハレインにはかなり情報を掴まれていたし、そもそも俺とルーチェをB級冒険者に昇格させたのは彼女なのだが、まだスノウ達は俺やルーチェの情報をさほど持ってはいないようだった。

 こちらは一冒険者だ。

 ギルド長であるハレインにはともかく、冒険者としての実績が貴族の令嬢に深く知られていないことは当然だろう。


「貴族のご令嬢が身を案じてくださっていたことには感謝する。これ以上要件がないなら、これで失礼させていただく」


「行くがいい、私達も暇ではない」


「お待ちください」


 スノウが冷たい声音で口を挟んだ。

 何かと思い、俺は彼女の方へと目を向けた。


「こちらの事情を鑑みて、イザベラに手心を加えてくださったことには感謝を……あ、いえ、感謝……えっと」


 途中まではすらすら話していたのだが、一度噛んでから、一気に舌が回らなくなった。

 何度も話している内に、どんどんとスノウの顔が赤くなっていく。

 視線を俺から外し、ぱくぱくと口を動かす。


「えっと、その、その……」


「お嬢様……! ひ、人見知りなのですから、ご無理をなさらないでください! 下手に喋って、その、威厳を落とされては……! 大丈夫です、私がこう、上手くやりますから! 後ろで堂々と立っておいてください!」


 ……なぜスノウがずっと沈黙していたのか、その理由がようやくわかった。

 俺はルーチェと顔を見合わせた後、お互いに頷き合い……何も見なかったことにしてその場を去ることにした。

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