第99話

「……ラコリナは喧嘩っ早い奴が多いな。だが、手合わせしたいというのなら、相手をしよう」


 俺は鞘から剣を抜いた。


「エ、エルマさん、あまりハウルロッド侯爵家相手に食い下がらない方がいいんじゃないですか……?」


「〈技能の書スキルブック〉は惜しい。当主が噛んでるわけじゃないし、相手も正当性がないのはわかっているからこうした手を取っている」


 あくまで向こうは、身の程知らずの冒険者を諫めてやっている、という態度を保っている。

 相手の言い分に則って剣を交わすのは失礼には当たらない。

 この世界では、貴族が余興に流れ者の冒険者と自身の部下を戦わせるのは稀にあることだ。


 それに……冒険者の都ラコリナを築き上げたやり手の大貴族にして、黒い噂の絶えないハウルロッド侯爵家。

 その第一子であるスノウは、例の〈哀哭するトラペゾヘドロン〉騒動に関わっている可能性がある。

 彼女の右腕であるイザベラの実力を確かめておけるというのは、ありがたくもあった。


「ぜひご指導いただこう。ハウルロッド侯爵家の騎士と剣を交わせられるのは、またとない機会だ」


「ほう、剣を抜くか。フン、荒くれ者の冒険者が畏まるなよ」


 イザベラは俺へ剣を向け、嗜虐的な笑みを浮かべる。

 地面を蹴り、一直線に向かってきた。

 適当に俺をあしらうつもりのようだ。


 俺はまず、防御に徹することにした。

 ひと振り目、二振り目と、続くイザベラの刃を防ぐ。

 三振り目を受け止め、競り合いになる。


 俺より多少レベルが上……くらいだな。


「……貴様、流れ者だな。このレベルであれば、B級以上はある。ラコリナの者なら、私が把握していないはずがない」


 至近距離からイザベラが俺の顔を睨む。

 どうやらC級以下の冒険者だと高を括っていたようだ。


「打ち合いはここまでで充分か?」


「舐めてくれるなよ……!」


 イザベラが、剣の鍔越しに勢いよく押してきた。

 俺は重心を落として受け止め、体勢を崩さないように保つ。


 反動で間合いを取ったイザベラが、下段に剣を構えてゆらりと迫って来る。


「〈砦崩し〉!」


 波打つように小さく跳ねた剣先が、俺の手許を狙って振るわれる。


 スキルではなく、純粋な剣術だ。

 敢えて刃で防がせることで叩き落とし、相手の隙を作る技だ。

 レベルの優位性がないと踏んで、剣の技量での勝負に出てきたらしい。


 基本に忠実ながらに強力な技だが、狙いがわかっていれば対処は難しくない。

 俺は半歩退きながら、体勢を崩されぬよう、しっかりと受け止める。

 同時に、防いですぐに剣先を上げて構え直した。


「〈兜落とし〉!」


 イザベラは続けて、頭部狙いの一撃を放ってくる。

 俺は続けて下がることで一瞬の時間を稼ぎつつ、これも刃で防御してみせた。

 相手の刃を打ち落としてから、素早く頭を狙うのは定石の一つだ。


「なっ……!」


「基礎的な剣術は身に付けている」


 一応これでもエドヴァン伯爵家の元次期当主である。

 エドヴァン伯爵家はハウルロッド侯爵家のような政治力はないが、代々当主の剣の技量だけで家を守ってきたのだ。


 隙を晒したイザベラへこちらから打って出る。


 イザベラは俺の剣を懸命に捌く。

 彼女は体勢を崩しながらも、速さの差を活かして強引に距離を取った。


 スノウの瞼が、ピクリと動いた。

 現状、明らかにイザベラの方が分が悪いと判断したのだろう。


「そんな馬鹿な! たかだか一冒険者が、今の型を完全に返せるなど! だが、お嬢様の顔に泥を塗るわけには……」


 イザベラはスノウの顔色を尻目で確認した後、俺を睨んだ。


「〈剣撃波〉!」


 イザベラの振るう刃より、マナの刃が放たれる。

 俺はこの距離で攻撃が飛んでくるとは思っていなかったので、回避が間に合わず、盾で防いだ。

 衝撃が殺し切れず、ダメージが入る。


「なっ……! スキルまで使うのか?」


 ここは〈夢の穴ダンジョン〉の中だ。

 MPを消耗するのはお互い得策ではない。

 HPも削れるし、身体も疲弊する。

 ただ軽い剣の打ち合いで、実力を確かめたいというだけの話だったはずだ。


 大盾で視界が潰れた一瞬の内に、イザベラは一気に距離を詰めてきていた。

 動きが先程までより鋭い。

 力試しではなく、明らかに本気で勝ちに来ている。


「〈聖光の刃〉!」


 イザベラの刃に聖なる光が宿る。

 聖属性のマナで刃を覆い、大きな打点を狙うスキルだ。

 発動が速いので、予備動作の隙を狙うのはリスクが高い。

 だが、威力が重いので、下手に防ぐのも危険だ。


 地面を蹴って大きく下がった。

 とにかく距離を稼ぐ。

 MPを無駄にしたくないイザベラは、深追いしながら刃を振るってきた。


 強引に追えば、剣の軌道は単調にならざるを得ない。

 イザベラ自身、こんな小競り合いでMPを使うべきではないとわかっているため、焦りがあったのだろう。


「〈パリィ〉!」


 刃で刃を弾き、軌道を逸らす。

 イザベラの剣は勢いよく地面を叩く形になった。


「うっ……!」


 イザベラが顔を顰める。

 〈聖光の刃〉は、発動後の隙の大きいスキルだ。

 俺は大盾をイザベラの身体へと突き出した。


「〈シールドバッシュ〉!」


「ぐぅっ……!」


 イザベラの身体を遠くへと弾き飛ばす。


 だが、相手も騎士系統のクラス……。

 防御力特化のクラスであるため、あまり遠くへは跳ばせなかった。

 〈聖光の刃〉を有していたので、スキルツリーが余程偏っていない限り、恐らくは聖騎士だろう。


「……確かに見縊っていた。だが、スキル選択を誤ったらしいな。ここからは本気で行くぞ……!」


 イザベラが俺を睨みつける。

 様子を見ていたスノウが、小さく息を吐いた。


「イザベラ、この辺りにしましょう」


「ス、スノウお嬢様!」


「ステータス勝負で競り合い、剣術で後れを取り、スキルでの戦闘でも上を行かれたのです。これ以上、引き止める理由もないでしょう」


「し、しかし、〈夢の穴ダンジョン〉内で冒険者相手に遅れを取ったことを吹聴されれば、我々の面子が……!」


「わからないのですか? 彼はスキル選択を誤ったのではなく、〈夢の穴ダンジョン〉内であるため不用意にダメージを与えることを嫌っただけです。最初の話であれば、打ち合いからの寸止めで終わるものでした。これ以上食い下がれば、むしろ私達の立場を悪くするだけでしょう」


「う……うぐ……」


 イザベラが剣を下げた。


 どうやらスノウは、思ったより話の通じる相手のようだ。


「あ、あの子……ようやく喋った……」


 ルーチェが小声でそう呟く。

 これまでスノウは、イザベラの名を呼ぶとき以外はまともに言葉を発していなかった。

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