第87話

 その後、ケルトはメアベルの〈ヒール〉で無事に回復した。

 ただ、残りのMPがあまりないらしく、とりあえずHP半分まで回復し、後は〈ヒールポーション〉と自然回復でどうにか補うことになった。


「ありがとうございました、ケルトさん。あのとき助けてもらえなかったら、アタシ、死んでいたかもしれません」


「お前らなんかに借り作ったままにするのが嫌だっただけだ」


 ルーチェに礼を言われ、ケルトは気まずげにしていた。

 数秒程居心地悪そうに黙っていたが、唇を軽く噛んだ後、重たげに口を開いた。


「……トドメ狙いのことなら、謝らねぇぞ。パーティーとしての効率が落ちようが、これが俺のやり方だ。利害が一致してないところで協力できないのは当たり前のことだ。嫌なら固定パーティーで、仲良しこよしでできる奴を集めてこじんまりとやっとくんだな」


「何か物言いたげにしていたと思ったら、わざわざそんなことを」


 俺はケルトの仏頂面に、つい苦笑いしてしまった。


「ただ……勝てる戦いを投げ出して、早々に逃げようとしたのは謝る。悪かった。あれはただ、俺の判断ミスで足を引っ張っただけだ」


 ケルトが俺達へと頭を下げる。

 

 扱い辛い上に性格が曲がっているのは間違いないが、ケルトも別に根は悪い奴ではないのだろう。


「それにしても……エルマさん、一人でパッチワークを片付けていたんね。一人で引き受けていたから、早く片付けてそっちの加勢に向かわないとって思ってたのに。本当にただの一般冒険者なんよ? 重騎士って、攻撃力がないんじゃ……」


「パッチワークの対処法は聞いたことがあった。この〈ミスリルの剣〉のお陰と……後はまぁ、ちょっとしたレアスキルツリーを持っていてな」


「まさか、こっちの加勢にまで来てくれるとは思ってなかったんよ。もしかしてエルマさん、ケルトさんなんかよりずっと強いんじゃない?」


「……おい僧侶、お前猫被るの止めたら、本当に好き放題に言ってくれやがるな」


 ケルトがガシガシと頭を掻く。


「ただ、勘違いするんじゃねぇぞ。さっきも言ったが、借りを作るのが気色悪かっただけだ。俺は仲良しごっこするつもりはねぇぞ。利害の不一致のある大規模依頼レイドクエストじゃ当たり前のことだ。遊びでやってんじゃねぇんだからよ。今後も、俺はやり方を変えるつもりはない」


「わかったわかった」


 ケルトを適当にあしらっていると、パッチワークの亡骸の中に何かが残ってるのが見えた。

 剣も魔物の一部であるため溶けてなくなっていくはずなのだが、一本だけ綺麗に残っている。


 俺が先に倒したパッチワークは魔石以外ほとんどなくなってしまっているようなので、ルーチェ達が相手取っていた方のパッチワークからだけアイテムドロップが発生したらしい。

 俺は近寄って、剣を拾い上げる。


――――――――――――――――――――

〈ブレイカー〉《推奨装備Lv:60》

【攻撃力:+30】

【市場価値:千四百万ゴルド】

 継ぎ接ぎの戦士が装備していた、錆びた長剣。

 切れ味は悪いため、重さに任せて叩き斬るように振るう。

 長く重く扱い難い分、凄まじい威力を秘めている。

 この長剣を振り乱し戦う様は、正にブレイカー。

――――――――――――――――――――


 悪くない武器だ。

 ただ、〈ミスリルの剣〉が手に入っている今、リーチがある以外はただの扱い難い武器だといえる。

 しかし、それでもこの値段はおいしい。


「……またドロップしてやがったのか。まさか、幸運強化のスキル持ちか?」


 ケルトは横目でルーチェを確認する。

 さすが経験豊富なだけはあって詳しい。


「ルーチェを庇ってくれてありがとうな。あれがなかったら、あいつはかなり危なかったはずだ」


 俺はそう言って、ケルトへ〈ブレイカー〉を差し出した。


「ああ? 何の真似だ?」


「元々、そっちのパッチワークとの戦いには俺はそこまで関与していない。三人が気を引いていたからトドメを刺せただけだ」


「ドロップアイテムに拘ってた俺への嫌味のつもりか? いらねぇよ、俺は大規模依頼レイドクエストのルールに則って動いているだけだし、道化師女を助けたのも借りを返しただけだ」


「いや、そんなつもりではないんだが……」


「お前達の温いやり方を見てると気が削がれるぜ。オラ、とっとと行くぞ」


 ケルトが地図を睨みながら、通路の先へと進んでいく。


「あまり先々進まれると、魔物が出たときに俺が攻撃を引き受けられないんだが」


「お前がすっとろい上に鎧がガチャガチャ煩いんだよ。経験豊富で耳がよくて〈忍び足〉を覚えてる俺が先に行ってやるって言ってんだ」


「言ってることが変わってるんだが……」


 元々俺の足が遅いため先頭に別の人間が立って欲しいのは俺も思っていたことだが、それと反対意見を主張していたのがケルトだった。

 まあ、危ない役を自分から進んで引き受けてくれるのならば別に文句はないのだが……。


「……ちょっと捻くれてますけど、可愛いおじさんですね」


 ルーチェがぼそりとケルトの背を見て呟く。

 ケルトが早くついて来い、と言いたげにこちらを睨む。

 俺達も早足でケルトの背を追い掛けた。

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