第63話

 本来D級冒険者がこれだけの額の魔石を一括で換金するとなるとややこしい手続きが必要になって来るそうだが、なぜか受付嬢がその辺りを躍起になって押し進めてくれたらしく、割かしスムーズに魔石の換金を終えることができた。


 そして丁度その間に、ギルド長へのアポも取ってくれていたようだ。

 忙しい人物だとは聞いていたが、幸いすぐに会えるとのことだった。


 俺とルーチェは、受付嬢に連れられ、ギルドの奥へと進んでいた。

 最奥部の扉の前で止まる。


 どうやらここがギルド長の執務室らしい。

 受付嬢が扉を叩く。


「ハレイン様! 先にお伝えしていた、冒険者の方々をお連れいたしました」


「……何の話か? 私はそのような要件は聞いていないが」


 不機嫌そうな女の声が返ってくる。


「え……? た、他の職員の方からお聞きしていませんか?」


「まあよい。早く入れろ」


 呆れたような溜め息が続いた。


「も、申し訳ございません、とても忙しい御方なので、どうやら少し手違いがあったようで……」


 受付嬢が俺達へと頭を下げる。

 どうやら間が悪かったのか、聞き流されていたのか。

 既に面会許可が降りたと聞いていたのだが、少しばかり手違いがあったらしい。


「いや、話をできるのなら構わないんだが……」


 ギルド長の執務室へと入る。

 長い藍色の髪をした美人であった。

 手にしていた扇子をぱたりと閉じる。


 ……この人が冒険者の都ラコリナの冒険者ギルドの頭目、ギルド長のハレインか。

 細身の女ではあるが、その堂々とした佇まいのためか、妙な迫力と威厳があった。


 ハレインの切れ長の目が、品定めするように俺達を見た。

 ルーチェは彼女の視線に気圧されたように、ささっと俺の背に身を寄せた。


「……道化師と、重騎士か。なかなか珍しい組み合わせだ」


 ハレインは続いて俺の鎧を見て、眉を顰める。

 ……低レベル向けの鎧なのを見抜かれたのかもしれない。

 急いで買ってもすぐ買い替えることになるだけだと、後回しにしていたのがこんな形で裏目に出るとは。


「マルチダ、彼らは?」


「と、都市ロンダルムから来たばかりの、D級冒険者だそうで……」


 受付嬢が答える。

 マルチダというのが彼女の名前であったらしい。


「ロンダルムの、D級冒険者……?」


 ハレインが非難するようにマルチダを睨む。

 そんな人間をわざわざ連れてくるな、と言外に言っているようであった。


「い、いえ、御二方は【Lv:60】の〈百足坑道〉を攻略したそうでして……! あの、実力の方は少なくとも、C級冒険者でもかなりの上位かと……!」


「ほほう? D級冒険者が二人で〈百足坑道〉を攻略したと……。それも、道化師と、重騎士の二人で、か。どちらも〈夢の主〉の攻略にはかなり不利なクラスだと思っていたのだが、それは面白いな。少し興味が出てきた」


 ハレインの俺達を見る目が変わった。

 やや不穏な空気ではあったが、この調子であれば話を聞き流されずに済みそうだ。

 話が通っていなかったと聞いたときには、何を言ってもD級冒険者の戯言だと切り捨てられるのではないかと怖かったのだが、こちらの実績をきちんと評価してくれた。


 ……この人、観察眼が尋常ではない。

 さすがギルド長だけあって、冒険者の事情にもかなり精通している。

 話が早いのはありがたいのだが、彼女の前に立っていると、心の内を見透かされそうで不安になってくる。

 ルーチェも落ち着かない様子であった。


「しかし、D級冒険者で〈夢の主〉に挑むとは……。実力はC級以上とのことであったが、実績をロクに積まぬ内から上へ上へと目指しているようだ。クク、生き急ぎの死にたがり屋なのか、そうでなければ、余程クラスや〈夢の穴ダンジョン〉の情報に自信があったのだな」


 ハレインが薄い笑みを浮かべる。


 ……何か話す前から、前情報を少し聞いただけでこっちのことがどんどん透かされていく。

 高レベル〈夢の穴ダンジョン〉の出没する地の冒険者ギルドの長は、これ程までにやり手なものなのか。

 いや、それだけでは説明のつかないものがあるように思う。


「ふむ、その物怖じしない堂々とした態度に、気品ある顔立ち……〈夢の穴ダンジョン〉にも詳しいとすれば、もしやそち、貴族の人間か? 都市ロンダルムから来たという話であったが、はて、あそこの領主には、十五近くになる子息がいたか……?」


 そ、そこまでわかるのか……。

 俺は息を呑み、必死に表情を取り繕った。

 ハレインは明らかに、俺の顔を見て反応を窺っている。


 本当に誤魔化せているか?

 いや、よっぽど動揺が表に出ない限りは、確信は持てないはずだ。 

 ひとまずはそれを誤魔化せれば……。


 ちらりと隣を見る。

 ルーチェがおろおろと、俺とハレインを交互に見ていた。

 落ち着かないらしく、何度も自身の毛先を弄っている。


 俺は額を押さえ、息を吐いた。

 ルーチェは素直すぎる。腹芸は無理だ。


「ふむ、なるほど」


 ハレインはルーチェの方を見て、ぼそりとそう呟いた。

 ……何をわかったのかはわからないが、不吉な予感しかしなかった。


「俺はエルマ……こちらの彼女は、ルーチェ。紹介に預かったように、ロンダルムの出の冒険者です。〈百足坑道〉で少しばかり異様な状況に見舞われましたので、どうしても直接ご報告がしたく、面会を希望させていただきました。お時間いただき、ありがとうございます」


 俺は頭を下げ、そう口にする。


 このままハレインに一方的に喋らせているのが不安になり、とっとと本題に入りたかったのもあるが、今の言葉は『平民のただのエルマとして来た』という意思表示であった。

 貴族であれば、この流れで家名を名乗らないような真似はしない。


「気になることはあるが、そちらは追究しないでおいてやろう。私はハレイン・ハウルロッド……このラコリアの、冒険者ギルドのギルド長をやっている。そっちの男は既に察していそうだが、ハウルロッド侯爵家の分家筋の人間だ」


 貴族事情に明るすぎるとは思った。

 この冒険者の都ラコリナでは、冒険者ギルドは他の都市以上に大きな意味を持つ。

 分家筋の人間をギルド長につけ、ギルドと貴族家が円滑に連携を取れるようにしているようだ。

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