第47話

 都市ラコリナの冒険者ギルドで簡単な顔見せと情報収集を行った俺とルーチェは、都市近辺にある森奥地に出現している〈夢の穴ダンジョン〉へと訪れた。


 聞いていた通り、大きな崖壁に、虹色の渦が生じている。


「さて、行くか。鉱石集めにな」


「はっ、はい!」


 ルーチェが俺の言葉に気を引き締める。


【〈百足坑道〉:《推奨Lv:60》】


 中へ入った途端、頭にメッセージが響く。


 内部は洞窟のようになっており、大きな空洞が延々と続いている。

 内部の壁には、一定間隔で魔石ランプが設置されていた。


「前の〈天使の玩具箱〉のときもそうでしたけれど、推奨レベル、高いですね……」


 ルーチェが不安げに、恐る恐ると歩く。


「推奨レベルはあくまで〈夢の主〉の目安レベルだからな。道中で出てくる魔物は、この目安よりも大きく下がる」


 それに〈マジックワールド〉でレベルを上げるためには、自身よりレベル上の魔物を狩っていかなければ、あまり意味がないのだ。

 特に今の俺達程度の低レベルの間は、かなり高めの推奨レベルの〈夢の穴ダンジョン〉に挑んでいくのは常識であった。


 今回の第一目標は、黒鋼系装備の回収である。


 黒鋼系装備とは黒鋼と呼ばれるこの世界の金属で作られた装備であり、比較的ドロップしやすく、それなりに価値が高いのだ。

 また、黒鋼は加工しやすいため、大量に集めて鍛冶屋に持っていけば、好きな武器に加工してもらい直すこともできる。


 今のレベルでルーチェの〈幸福の天使〉の幸運力七百%アップを活かして装備を整えるのであれば、この〈百足坑道〉以上に適した場所はないだろう。


「安心してくれ、ここで主に出現する魔物……スマイルは、動きが単調で、一撃もそう重くない。複数体で出てこない限り、まず事故は起きないはずだ」


 スマイルは岩塊のような魔物であり、安定して黒鋼系装備を落としてくれる、俺達の今回の標的である。


「いつも思うんですが、エルマさんって本当に詳しいですよね、クラスにしろ〈夢の穴ダンジョン〉にしろ……」


「ん? あ、ああ……実家の方でな、子供の頃に叩きこまれたんだ」


「あ……そ、そうだったんですね。それは、あの、ごめんなさい……。あんまり、敢えて思い出したいような話でもありませんでしたよね」


「いや、そう気にしないでくれ。ルーチェのお陰で、エドヴァン伯爵家とは綺麗に別れられたからな。今となっては、そこまで引っ掛かっていることもない」


 ……さすがに、前世の記憶が何故か活用できて上手く行っている、だのと説明できるはずもない。

 俺にもよくわかっていないのだ。

 元々が突拍子もない話である上に、張本人である俺自体がその全貌を全く掴めていない。


「やっぱり貴族の方々は、凄く情報持ってるんですねぇ……。でもエルマさんくらい詳しかったら、ギルド側に立って冒険者のスキル相談でもやったら大成功するんじゃ……!」


 そこまで言った後、ルーチェの顔が真っ青になった。


「そ、そうなったら、アタシ不要になっちゃう……! も、もうちょっと冒険者しましょう、エルマさん! ね? ア、アタシ、頑張りますからっ!」


「……クラスアドバイザーなら、実際にやっていた奴の話を聞いたことがあるな」


「やっぱり、やってる人もいるんですね……」


 もっとも、クラスアドバイザーが存在したのは、こっちの世界ではない。

 〈マジックワールド〉での話である。


 習得するスキルの性能は勿論のこと、スキルの扱いやすさ、武器や〈技能の書スキルブック〉の相場、各〈夢の穴ダンジョン〉やイベント、大手ギルドの情勢なんかを鑑みてキャラビルドの相談に乗っているプレイヤーが数人おり、彼らはクラスアドバイザーを名乗っていた。


 ただ、そこまで考えても、失敗するときは失敗する。

 アップデートによる細かい調整なんかは、メインでそのクラスを実際に使っていた人間にしかわからない。

 クラスとそのキャラビルドの型まで考えれば、実際それで上位層に立っている人間の数なんて限られてくるわけで、特にプレイヤースキルなんてその個人次第であり、常に正確な情報を出すにも限度がある。

 おまけに何か一つ気に喰わないことがあれば、クラスアドバイザーの責任にされかねない。

 

 そんなこんなで、大半のクラスアドバイザーは多くのプレイヤーの恨みを買い、それが元で引退するまでに至っていた。

 この世界で買う恨みは、〈マジックワールド〉で買う恨みの比ではない。


 俺がエドヴァン伯爵家にいた頃、〈技能の書スキルブック〉の相談が元で貴族に殺された冒険者の話を聞いたこともある。


 ルーチェのキャラビルドの相談に慎重になっていたのも、そういう流れを知っていたためである。

 自分の情報に自信があったとしても、相手との考えのズレや認識の違いがないか、相手の方針が今後変わる余地がないかをしっかりと詰めておかなければならない。

 気軽に何十人の相談に乗れるようなものではないのだ。


「あのぅ、エルマさんも、クラスアドバイザー、少し考えていたり……?」


「いや、俺は絶対にしない」


 俺はそう断言した。


「そうなんですね、えへへ……ちょっとだけ安心しました。……エルマさん、お顔、少しだけ怖いですよ?」


「悪い、あまりよくない思い出がな。それより、ターゲットのお出ましだ」


 ごとん、ごとんと、前方から音が聞こえてきた。

 通路の先に、直径一メートルほどの、ごつごつした球形の岩塊が現れる。

 岩塊の表面には、満面の笑顔が浮かんでいる。


――――――――――――――――――――

魔物:スマイル

Lv :45

HP :60/60

MP :45/45

――――――――――――――――――――


「い、いきなり【Lv:45】……! エルマさんっ! あの岩顔、マリスって人と同じレベルですよぅっ! 実質次期当主様です!」


「落ち着け、ルーチェ。さすがにアレをマリス呼ばわりは怒られるぞ」


 無論、あのときのような接戦を強いられることはない。

 安定した勝算があるからこそ、この〈百足坑道〉を選んだのだ。


「さくっと倒して、ドロップアイテムを吐き出してもらおうか」

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