第29話

 三体のブリキナイトが俺へと剣を構える。

 

 ……【Lv:40】が三体。

 これだけなら、俺は二人組とルーチェにも残ってもらって、魔物の殲滅を試みたかもしれない。


 だが、本体がまだ控えているのだ。

 こいつらはあくまで〈夢の主〉の手足でしかない。


「アア、アア……」


 赤ん坊のような声が響く。


 どうにか気を引いて逃げる……とはルーチェに説明したが、それは嘘だ。

 重騎士である俺は速度がない。

 ブリキナイトだけならいざ知らず、魔法攻撃を持つここの〈夢の主〉相手に逃げ回るのは不可能だ。


 〈夢の主〉はここで倒す。

 分は悪いが、不可能ではない。


「オギャア……オギャアア……」


 曲がり角の先から、緑色のそれが、天井近くを浮遊しながら接近してきた。


 それはまだ人間として完成していない、胎児のような姿をしていた。

 目は窪みのようなものしかなく、手足は短く、身体を抱えるように丸くなっている。

 そして、ひょろりと長い尾が伸びていた。


「来やがったな……この〈天使の玩具箱〉の〈夢の主〉……エンブリオ!」


 赤ん坊が大きく、口……或いは、口のようなものを開ける。

 その中から巨大な単眼が現れ、ぎょろぎょろと周囲を見回し、俺を視認した。


「オギャアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 赤子の化け物……〈夢の主〉エンブリオ。


――――――――――――――――――――

魔物:エンブリオ

Lv :50

HP :42/42

MP :49/60

――――――――――――――――――――


 ステータス自体は【Lv:50】の中ではかなり低い。

 問題は、ダメージを与えられないことである。


 使役している三体のブリキナイトは決して弱くない。

 その上、エンブリオ本体は浮遊しており、後衛として動き回るため、魔法や投擲物以外で攻撃するのがほぼ不可能である。

 挙げ句、あの肉塊は恐ろしく防御力が高く、弱点である目玉に攻撃しなければまともにダメージを通せない。


 要するにエンブリオは、三体のブリキナイトの猛攻を凌ぎながら、弱点である目玉を攻撃する必要があるのだ。

 レベルが足りていても、前衛と後衛が互いの役割を十全に熟せていなければ倒すことができない難敵である。


 本音を言えば、ルーチェとあの二人組にも残って欲しかった。

 女の方は魔法特化クラスだった。

 重騎士が前衛に立ってブリキナイトの攻撃を受け、道化師が翻弄して奴の動きを乱す。

 そして魔法特化クラスの彼女が後ろで休んで回復してくれれば、打倒エンブリオはかなり楽になったはずだ。


 しかし、それはゲームであれば、の話である。

 あの二人組はかなり怯えていた。

 恐らく、仲間を一人殺されている。

 この土壇場で彼らの指揮を執るのは不可能だ。


「だが、性質が尖っているがために、弱点さえ上手く突けば、単独での低レベル撃破も不可能ではない……。勝負しようぜ、エンブリオ。安心しろ、逃げずに堂々とやってやるさ」


 エンブリオが目を閉じ、高度を上げた。

 奴は魔法攻撃を放つまで、弱点を隠して防御態勢に入るのだ。


 同時にブリキナイト達が一斉に短剣を構え、俺へと駆け出す。

 俺は〈ステータス〉を開く。


――――――――――――――――――――

【スキルツリー】

[残りスキルポイント:12]

〈重鎧の誓い〉[20/100]

〈防御力上昇〉[0/50]

〈初級剣術〉[5/50]

―――――――――――――――――――


 ここでのスキルポイントの使い道は決まっている。


――――――――――――――――――――

【スキルツリー】

[残りスキルポイント:5]

〈重鎧の誓い〉[27/100]【+7】

〈防御力上昇〉[0/50]

〈初級剣術〉[5/50]

―――――――――――――――――――


【〈重鎧の誓い〉が[27/100]になったため、通常スキル〈シールドバッシュ〉を取得しました。】


 〈シールドバッシュ〉は、盾で相手を弾くスキルである。


――――――――――――――――――――

〈シールドバッシュ〉【通常スキル】

 盾で敵を押し、勢いよく弾き飛ばす。

――――――――――――――――――――


 具体的には【防御力+攻撃力/2】の値で競い合い、こちらが上回っていれば、その数値だけ勢いよく相手を突き飛ばすことができる。

 壁や床に敵を打ち付ければ、ダメージを与えることも可能だ。


 敵の位置を分散できるこのスキルはありがたい。


 先頭のブリキナイトの攻撃を〈狂鬼の盾〉で受け、同時に後方へと突き飛ばす。


「〈シールドバッシュ〉!」


 すかさず迫りくる、二体目のブリキナイトの凶刃。

 俺は〈パリィ〉で受け流し、それを利用して三体目のブリキナイトの刃を防ぐ。


 エンブリオの攻撃魔法は〈シルフカッター〉と〈サンダーストーム〉だ。

 だが、どちらもブリキナイトを巻き込む形では放ってこない。

 ここはブリキナイトの相手に専念できる。


 隙を見せた二体目のブリキナイトの右側へと回り込みつつ、〈ディザーム〉の刃を放つ。

 これで攻撃力を一段階減少させた。


 その後もブリキナイト達の猛攻を凌ぎつつ、〈シールドバッシュ〉で三体同時に相手取ることを避けつつ、隙あらば〈ディザーム〉を叩き込む。

 エンブリオは動かさないように戦ってこそいるが、念のため常に確認を怠らない。

 予想外の〈シルフカッター〉を放たれれば、その一撃で殺されかねない。


 カクカクとした動きで、死角からブリキナイトの一体が斬り掛かってくる。

 俺はそれを、敢えて見逃した。


 奴に最初に〈ディザーム〉を与えてから、まだ四十七秒……今は、〈ディザーム〉の効果が二つ重なり、攻撃力を四割落としている。

 あのスキルの発動条件を満たせる。


「〈城壁返し〉!」


 俺の背を斬ったブリキナイトの身体が硬直し、直後に後方へと吹き飛ばされていく。

 地面に身体を打ち付けて左肩が外れ、糸の切れた人形のように動かなくなった。


 一体落とすことができた……。

 だが、安心はできない。むしろここからが本番だ。

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