第26話

「ゲゴォッ!」


 ルーチェの一撃で吹き飛ばされた成金ラーナが、その背を床へと激しく打ち付けた。

 身体に走った亀裂が深くなり、目玉のエメラルドが床へと零れ落ちる。


【経験値を503取得しました。】

【レベルが24から30へと上がりました。】

【スキルポイントを6取得しました。】


 莫大な経験値が流れ込んできた。

 この経験値量は美味しすぎる。

 さすが金蝦蟇様である。


「ほ、本当にできた……やりましたよ! アタシ、【Lv:27】になりました!」


 ルーチェも【Lv:21】から六つ上がったようだ。

 この成金ラーナ一体で、元パーティーメンバー二人のレベルを一気に上回った。


 形を保てなくなった成金ラーナがマナの霧へと変化して、その骸がどんどん干乾びていく。


 俺は息を呑んでその様子を見守っていた。

 成金ラーナはレベル程強くないので経験値が美味しいのもあるが……それ以上に、高額のアイテムがドロップするのが売りなのだ。


 もっとも成金ラーナ自体の出現率が低い分、アイテムドロップ率自体はかなり高い。

 幸運力補正抜きでも50%はある。

 しかし、100%ではないのだ。


「頼むぞ……成金ラーナ……!」 


 成金ラーナの骸がスカスカになって拉げていき……そして大きな土属性の魔石と、黄金の短剣が残った。

 柄の中央には、ラーナの顔のエンブレムが施されている。


「出たっ! 〈輝くラーナの飾剣〉!」


 俺は思わず、ガッツポーズを取った。


――――――――――――――――――――

〈輝くラーナの飾剣〉《推奨装備Lv:15》

【攻撃力:+12】

【市場価値:千七百万ゴルド】

 輝くラーナの短剣。純度の高い〈蝦蟇金ラナゴルド〉の塊。

 推奨装備レベルに対して性能が高めではあるが、黄金色のラーナを倒した者には既に無用の長物だろう。

 目立つ外観と合わさり、黄金色のラーナを倒した証として保有したがる冒険者は多いが、大抵はその価値に目が眩み、結局は手放すことになる。

――――――――――――――――――――


 武器がどうこうというよりも、千七百万ゴルド分の金属塊である。


「す、凄いですね! こんなあっさり百七十万ゴルドのアイテムが……! こんな高価なアイテムがドロップしたの、アタシがクラインさん達と揉めてた〈血濡れの剣〉くらいです!」


 ルーチェはアイテムの情報を確認すると、嬉しそうにそう言った。


「待て待て、桁を間違えてるぞ」


「え……?」


「丸が一つ足りない。千七百万ゴルドだ」


 俺からそう聞いたルーチェは、そうっと〈輝くラーナの飾剣〉へと目を戻し、アイテム情報を確認していた。

 眩暈がしたのか足許が覚束なくなり、ふらっとその場に倒れ込んだ。


「しぇ……しぇん、ななひゃくまん……。アタシがパーティー出ることになったの、二百万のアイテムの分配で揉めたのが切っ掛けだったのに……」


「お、おい、大丈夫か?」


「少し意識が遠くなりましたが、大丈夫です……。いえ、でもなんだかまだ、足に力が入らなくて……」


 ルーチェがどうにも動けないので、丁度いい機会だと、その場でしばし休憩することにした。

 ここは見通しも悪くないので、魔物の警戒もできる。


 ルーチェはカラフルな壁を背に座り、水入れに口を付ける。


「多少落ち着いたか?」


「はい、どうにか……。で、でも、まだ信じられません。現実感がないといいますか……こんなあっさりと、二千万ゴルド近いアイテムが手に入るなんて……。あ、いえ、エルマさんが細かく手順を組んでくださっていたからこそ成功したことですから、アタシがこんなふうに言うのはおかしなことかもしれませんけれど」


 まだ動揺が残っているようだった。

 自身の頬をぴちぴちと叩いた後、引っ張って伸ばしている。


「……何をしてるんだ?」


「いえ、その、もしかしてクラインさんにパーティー追い出されたショックでアタシが見ている夢なんじゃないかと……。だだ、だって、千七百万ゴルドもあったら、何でも買えるじゃないですか! ちょっといいレストランで何でも食べ放題ですよ!」


 ルーチェの何でも買えるの想像先が庶民的過ぎる。


「アタシが十年命懸けで〈夢の穴ダンジョン〉に潜り続けても届かないだろう額ですよ!」


「……成金ラーナからの実入りが格別にいいのは認めるが、それはさすがにクラインからの扱いが悪かったからだろう」


 冒険者は命懸けだが、魔物から手に入る魔石だけでもそれなりの額になる。

 特にルーチェはドロップ運がよかったはずなので、魔物狩りの装備や準備にある程度の金が掛かるにしても、彼らのパーティーはかなり余裕があったはずなのだが……。

 まあ、前の話し合いの様子から見ても、普段からクラインがかなり取っていたのだろう。


「ど、どうしましょう……。こんな高額アイテムを持っていたら、きっと命を狙われます。そ、そうですエルマさん! 一緒にもっと僻地の村へ逃げましょう! そこでひっそりと暮らすんです! これだけあれば、ちょっと慎ましく暮らせばきっと一生二人で生きていけるはずです! そうしましょう! ええ!」


 ……時間をおいてちょっとは落ち着いたかと思ったのだが、どうやらまだ錯乱しているようであった。

 今日はもう少し探索したいのだが、大丈夫だろうか?


「そろそろ出発しないか、ルーチェ」


「え? あ、ああ、はい! ずっと〈夢の穴ダンジョン〉でゆっくりしているわけにもいきませんし……ここから出るんですよね?」


「日が暮れない内にもう一体、成金ラーナを狩るぞ。目標の二体……このペースなら不可能ではないはずだ。俺達のステータスも上がっているから、次はもっと安定して成金ラーナを狩れる。他の魔物に襲われても、この辺りで出てくる敵であれば簡単に対処できるはずだ」


 特にレベルが三十台前半の間は、【Lv:40】の成金ラーナによる経験値量は桁外れである。

 レベル的にももう一体は狩っておきたいところだ。


「ふぇ……? も、もう一体……?」



 ――それから約三時間後。


「〈ダイススラスト〉!」


 ルーチェの七発目の〈ダイススラスト〉が、ようやく空間に六の数字を刻む。

 今回はちょっと運が悪かったな。


 まあ、こういうときの運勢は後の貯金だと思えばいい。

 どうでもいいときに不運は消化しておくべきだ。

 確率はいずれ収束する。


 〈マジックワールド〉のプレイヤーはゲン担ぎをする傾向が強く、どうでもいい場面で妙な幸運が続くことを、何かしらの凶兆ではないかとむしろ怖がる。

 俺もそのタイプである。


【経験値を461取得しました。】

【レベルが30から33へと上がりました。】

【スキルポイントを3取得しました。】


 よしよし、このレベル帯でノーリスクでレベル十も上の魔物を狩れるのは美味しすぎるな。

 デスペナルティがレベルでは済まないこの世界では尚更である。


 そして骸の中から、またラーナの顔のついた黄金の剣がひょっこりと姿を現した。

 そう、〈蝦蟇金ラナゴルド〉の塊……二本目の〈輝くラーナの飾剣〉である。


「よし、ルーチェ! これで三千四百万ゴルドだぞ! 店で売ったら、まあ手数料で数割は持っていかれるだろうが……」


 幸先がいい。

 入手困難かと思われた〈燻り狂う牙〉が、すぐそこまで見えてきている。


 成金ラーナ様様である。

 ルーチェがいてくれて、かつ〈天使の玩具箱〉が出現していてようやく可能になった金策である。

 どちらかが欠けていたら、大きく効率は落ちていた。


 成金ラーナが出現してくれる〈夢の穴ダンジョン〉は他にもある。

 ただ、〈天使の玩具箱〉のように分岐の少ない一本道の通路でなければ、圧倒的な速度を誇る成金ラーナを追い詰めて〈影踏み〉を成功させることが不可能なのだ。


 横を抜けて逃げられず、かつ成金ラーナを刺激せずに背後へ回り込めるだけの、狭すぎず広すぎない通路の幅が必要である。

 それを満たせるのはここ〈天使の玩具箱〉だけなのだ。


「……うん? ルーチェ?」


 ルーチェの反応がない。

 〈鉄石通し〉の構えを解いた姿勢で硬直している。

 俺が近づくと、ルーチェはまたくらっとその場で倒れた。

 俺は慌てて彼女の身体を支える。


「しゃ、しゃんぜん、よんひゃくまん……」


 そのままがくっと首を倒し、ルーチェは瞼を閉ざした。


「し、しっかりしろ! おい!」


 俺の言葉にルーチェの反応はない。

 どうやら刺激が強すぎたらしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る