第19話

 俺とルーチェは二人で都市ロンダルムを出て、この世界では初となる〈夢の穴ダンジョン〉へと向かっていた。


 移動にも時間が掛かるため、森浅くにある村で一泊宿を取った後に、目的地へと移動することになった。


 〈マジックワールド〉において〈夢の穴ダンジョン〉とは、眠れる神アルザロスの見る悪夢なのだ。


 元々アルザロスは、想像を現実のものにする創造の神であった。

 人間には到底理解できないような長い年月を掛けて、無の世界に神々を生み出し、世界を造った。

 だが、永遠にも等しい時間の中で、絶対の神であったアルザロスは正気を失い、自身の生み出した神々によって封印されることになったのだ。


 しかし、今なおアルザロスの悪夢は現実へと影響を及ぼす。

 アルザロスの悪夢は、異形の化け物……魔物を生み出す門を現実世界に造り出す。

 それが〈夢の穴ダンジョン〉……故に夢の穴である。


 魔物は不安定な存在であるため、消滅すればその肉体は溶けて崩れ落ちる。

 そして魔物の核である魔石や、アルザロスのマナの片鱗が変質化したアイテムだけが後に残るのだ。


 一度発生した〈夢の穴ダンジョン〉は、その心臓である〈夢の主マスター〉……要するにダンジョンボスの魔物を討伐しなければ、消すことができない。

 長く放置していれば、この世界へと魔物達を送り出し続けることになる。


 ただ、都市近辺に発生した〈夢の穴ダンジョン〉は冒険者達によってあっという間に攻略されることが多い。

 そのため基本的に冒険者は都市から僻地の村へと向かい、そこから〈夢の穴ダンジョン〉へと移動することになる。


 俺の知っている〈マジックワールド〉の国や情勢とは異なっていたが、どうやら神々は共通のようだった。

 もしかしたら時代や場所が違うのかもしれないが、調べてもゲーム時代の国々はまるで出てこないため、現状それ以上のことはわからない。

 まあ、こんな世界だ。文明が滅ぶのも、さして珍しいことだとは思えない。

 痛ましい話ではあるが。


「既に説明してあるが、今回潜るのは〈天使の玩具箱〉だ」


「……あのぅ、疑ってるわけじゃないんですが、本当に大丈夫なんでしょうか? 推奨は【Lv:50】以上でしたよね」


 ルーチェが不安げに俺へと尋ねた。


「問題ない、それは攻略推奨レベルだ。〈天使の玩具箱〉に出てくる魔物の各情報は頭に入っている」


 俺は自分の頭を指差した。

 〈マジックワールド〉には固有の〈夢の穴ダンジョン〉は存在しない。

 百近い種類の〈夢の穴ダンジョン〉の中からランダムで出現するのだ。

 マップはランダム生成だが、出てくる魔物とアイテムの種類は変わらない。

 軽く調べた限り、その辺りの仕様もこの世界では共有している。


「俺達はあくまで、低階層でレベル上げに丁度いい魔物を狩るだけだ。敵は俺が引き付けるから、ルーチェはそのナイフ……〈鉄石通し〉で敵を倒してくれ」


「そそっ……そうですね。こんな高価なもの買ってもらっちゃったんだから、頑張らないと……! 弱気になってちゃダメですよね!」


 ルーチェはばんばんと自分の頬を張って、気合を入れていた。


 ルーチェの今持っている武器……〈鉄石通し〉は、俺が大規模依頼レイドクエストで得た八十万ゴルドを突っ込んで購入したものである。

 正規の店では見つからなかったため、〈破れた魔導書堂〉のような闇店を頼ってようやく手に入れた武器なので市場価値よりもやや高かったが、〈鉄石通し〉には充分その価値がある。


――――――――――――――――――――

〈鉄石通し〉《推奨装備Lv:18》

【攻撃力:+3】

【市場価値:五十五万ゴルド】

 このナイフは堅い相手にも攻撃を通しやすい。

 攻撃成功時、相手の防御力の値を【15%】軽減してダメージ計算を行う。

――――――――――――――――――――


 〈鉄石通し〉は防御力の高い相手にダメージを通しやすい。

 そのためレベル上の魔物を討伐してレベル上げを行うのに最適なのだ。


 ただ、普通に使えば同ランク帯の武器より大分劣る。

 おまけにそもそも格上相手は攻撃を通すことより凌ぐことの方が遥かに難しいので、優れた効果ではあるが、あまり〈マジックワールド〉でも採用されないタイプの武器ではある。

 しかし、ルーチェのスキルと俺のスキル……そして〈天使の玩具箱〉でのレベル上げには、これが最適の装備だと俺は判断した。


 最初ルーチェは『こんな高価なものは受け取れません!』と言っていたのだが、正直これを装備してもらえないと俺が困るので頼み込んだ。

 今回のターゲットを狩るには、ルーチェが〈鉄石通し〉を装備する必要があったのだ。

 〈鉄石通し〉の特殊能力は、彼女のあるスキルとシナジーを発揮する。


 仮に俺が装備しても、今回のターゲットを討伐することはできない。

 どうにか頼み込んで受け取ってもらった。


「あの! お借りした八十万ゴルドの分……命を懸けて戦いますんで! 仮にあのっ! アタシが死んでも、この〈鉄石通し〉は守りますから!」


 ルーチェは両手で〈鉄石通し〉をがっしりと掴み、俺へとそう豪語した。


「……大切にしてもらえるのは嬉しいんだが、〈鉄石通し〉はいくらでも替えが効くから、自分の身を大事にしてくれよ」


「でで、でもまさか……五十万ゴルドの取り分で揉めて追い出されたところだったのに、ぽんと八十万ゴルドの武器を買っていただけるなんて思ってもいなかったというか……」


 勿論ゴルドなんかより人命が大切だというのもあるが、八十万ゴルドなんて幸運ピエロがいればあっという間に稼げる額である。


 正直、〈破れた魔導書堂〉の婆さんが本当に俺のために〈技能の書スキルブック〉を取り置きしてくれるのかは怪しい。

 俺が〈燻り狂う牙〉を手に入れるには、ルーチェを頼るしかないのだ。

 もしルーチェに逃げられたら、〈豪運〉持ちと組める機会なんてまず訪れないだろう。


 序盤を超えると、重騎士の低火力では格上殺しはほぼ不可能になっていく。

 重騎士の高性能は〈燻り狂う牙〉があって初めて成立するのだ。


 ソロ重騎士で金銭を溜めることは難しいし、レベル上げもままならなくなっていく。

 パーティーを組めば人数に応じて対価は減る上に、俺の方針ばかりで動くことも難しくなっていく。

 ルーチェのように対人関係のトラブルも発生するだろう。

 おまけに〈燻り狂う牙〉はあの高額であるし、あれが売れれば次に店に並ぶのがいつになるかはわかったものではない。

 この機を逃せば、〈燻り狂う牙〉の獲得は下手したら数年後になってもおかしくはないのだ。


「頼むぞ、ルーチェ。俺にはお前しかいないんだ」


「えっ、エルマさん、それどどっ、どういうことです!? あのぅ……アタシ、そっ、そういうの疎いんで、も、もうちょっと直接的に言ってもらえないとわからないっていうかぁ……あの、えっと……! あ、でで、でも、こういう言い方、よくないですね? 卑怯ですかね?」


 ルーチェは顔を赤くして、淡い水色の毛先を指で落ち着かなさげにいじくる。

 

「何を言ってるんだ?」


 ……もう少し緊張感を持ってほしいところだが、大丈夫だろうか?


 俺は地図へと落としていた顔を上げ、道の先へと目を向けた。


「〈天使の玩具箱〉の入口が見えてきたな」


 森奥に、虹色の渦が巻いているのが見える。

 これが〈夢の穴ダンジョン〉の入口である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る