第20話

【〈天使の玩具箱〉:《推奨Lv:50》】


 中へ入った途端、頭にメッセージが響く。

 床や壁に大きな色紙でも貼っているかのようにカラフルで、幻想的な雰囲気となっていた。

 四メートル程度の幅の通路が続いており、所々道が枝分かれしている。


「任せてください、エルマさん! 期待に応えられるかはわかりませんが、ご恩に報いるためにも全力でやらせていただきますっ! アタシがこの〈鉄石通し〉で、エルマさんをお守りしますから!」


 ルーチェがぶんぶんと〈鉄石通し〉を振り乱す。


「いや、守るのは俺の役目だからな……?」


 ……空回りしないだろうか?

 いや、やる気を出してくれているのはいいことだ。


 俺は〈ステータス〉を開き、スキルツリーをいじくる。

 さて、あのスキルを取得するか。


 一応予想外の事態に対応できるように、必要になる手前まではスキルポイントを割り振らないようにしているのだ。


 スキルポイントを残しておけば、状況に応じたスキルを取得したり、〈防御力上昇〉に全ブッパして強引にステータスを引き上げることもできる。

 それで命が救われる場面もあるだろう。


 今後の動き方や仲間のステータスに応じて、スキルツリーも割り振りも変えなければいけない。

 最終的に最も強くなれるキャラビルドが理想であるため、〈初級剣術〉は最低限にして、いずれ消去する予定の〈防御力上昇〉には一切振らないのがベストだが、場合によってはそうも言っていられないときもある。


――――――――――――――――――――

【スキルツリー】

[残りスキルポイント:7]

〈重鎧の誓い〉[15/100]

〈防御力上昇〉[0/50]

〈初級剣術〉[5/50]

――――――――――――――――――――


 マッドヘッドのお陰で七つレベルが上がり、同じ値のスキルポイントを手に入れている。

 E級冒険者になったため、スキルポイント割り振り上限は緩和されている。


 これによって〈重鎧の誓い〉の【20】である……とんでもなく有用なスキル、〈影踏み〉を入手することができる。

 ひとまず【5】振って、一応【2】残しておこう。


――――――――――――――――――――

【スキルツリー】

[残りスキルポイント:2]

〈重鎧の誓い〉[20/100]【+5】

〈防御力上昇〉[0/50]

〈初級剣術〉[5/50]

――――――――――――――――――――


【〈重鎧の誓い〉が[20/100]になったため、通常スキル〈影踏み〉を取得しました。】


 〈影踏み〉は防御特化クラスが敵の攻撃を引き付けておくためによく用いられるスキルである。

 そして今回の金策において、重要な一角を占めるスキルでもある。

 もしこのスキルが手に入らなければ、俺は〈天使の玩具箱〉を狩場には選ばなかった。


――――――――――――――――――――

〈影踏み〉【通常スキル】

 対象の影を踏んで逃げられなくする。

 ただし、足が少しでも浮いた場合は解除される。

――――――――――――――――――――


 さて、まずは軽くルーチェのレベルをこれを使って上昇させるか。

 防御特化のクラスは、パワーレベリングに向いているのだ。


 すこし中を進んだところで、前方からひょこひょこと、継ぎ接ぎ跡のあるクマのぬいぐるみが現れた。

 一メートル半程度の背丈があり、両目がボタンのような外見になっている。


――――――――――――――――――――

魔物:ツギハギベア

Lv :20

HP :41/41

MP :17/17

――――――――――――――――――――


「……見かけは可愛いのに、レベルは可愛くないですねぇ」


 ルーチェが目を細めて呟いた。


「あれだと【攻撃力:22】……ルーチェが受ける最大ダメージは【18】だから、万が一、一撃もらってもHPが残るな」


 もっとも動作も大きく、大したスキルもない敵なので、俺が彼女への攻撃を見逃すようなヘマはしないが。

 クリティカルが出ればさすがにルーチェのHPがゼロになりかねないが、攻撃モーションに入った時点で小突いて体勢を崩せば、ツギハギベアのクリティカルは完全に阻止できる。


「なんでそこまですぐわかるんですか……エルマさん。ツギハギベア、好きなんですか?」


 別にツギハギベアが好きなわけではないが……。

 〈マジックワールド〉に出てくる大体の数字と式は把握している。


「俺が奴の攻撃を捌く。ルーチェは、死角から攻撃して倒し切ってくれ。爪と噛みつきには注意してくれ」


「は、はいっ!」


 俺はツギハギベアの前に立ち、奴の影を踏んだ。


「〈影踏み〉!」


 これでツギハギベアは、俺から離れられなくなった。


「こ、これで攻撃したらいいんですねっ!」


 ルーチェがツギハギベアの死角へと回り、〈鉄石通し〉で斬りつける。

 人形の綿が舞った。


 ツギハギベアは防御力が高めであるが、〈鉄石通し〉の効果のお陰でしっかりダメージが通っている。

 手数さえ入れれば充分倒しきれるはずだ。


「気は引いているが、影は意外と伸びるから気を付けろよ」


 〈影踏み〉で完全に相手の動きを縛れたらいいのだが、なんとこの影、二メートル程度伸びるのだ。

 伸びきっているときはゴムのように張力が働き、相手が動きにくくはなるのだが。

 〈夢の穴ダンジョン〉のように狭い場所だと〈影踏み〉で行動を縛っていたつもりであっても、あっさり後衛をぶん殴られたりする。


「そういえば、爪と噛みつきに気を付けるって言っていましたけど、ツギハギベアって別に爪も牙もないような……」


 ルーチェがそう口にした瞬間、ツギハギベアの腕の先が裂けて、長い鉤爪が姿を現す。

 俺はその爪撃を、〈パリィ〉のスキルを用いて剣で受け流した。


 ツギハギベアは素早く体勢を持ち直し、俺へと飛び掛かってくる。

 腹部の継ぎ接ぎが解け、巨大な牙の並ぶ口が開いた。

 俺はぬいぐるみの頭部に盾を打ち付け、ツギハギベアの攻撃を潰す。


「盾があってよかった。〈パリィ〉だけだと、足を動かさずに攻撃を凌ぎ切るのは少々面倒だからな。よし、ルーチェ、じゃんじゃん攻撃していってくれ」


「レ、レベルだけじゃなくて、見かけも可愛くない……」


 ルーチェはツギハギベアの巨大な口を目にして、ぽつりとそう漏らしていた。


 俺がツギハギベアの攻撃を防いでいる間に、ルーチェが〈鉄石通し〉で十回程死角から斬りつけ、ようやくツギハギベアの身体が爆ぜた。


「ぜぇ、ぜぇ……け、結構、回数が必要ですね……。でも、無事に倒しました……!」


 ツギハギベアの布が引き裂け、綿が飛び出し、空気に溶けるようにそれらの断片が消えていく。

 茶色の魔石が転がった。


【経験値を36取得しました。】


 俺からしたらレベル三つ下だから、大分経験値が減っているな。

 ただルーチェには問題なく入ったはずだ。


「ルーチェ、レベルはどれだけ上がって……」


 ルーチェは顔を青くしてツギハギベアの残骸へと駆け寄り、消えかかっているボロ布と綿を抱き締めた。


「ツギハギベアさん、何かアイテムドロップしてくださいよぉ! ここまでしてもらったのに、アタシの有用性が示せなかったら、また居場所なくなっちゃうじゃないですかぁっ!」


「いや、そいつは単にレベル上げ用だから、そこで運を発揮されても困るんだが……。温存しておいてくれ」


 因みにルーチェは【Lv:13】から【Lv:16】へと一気に上がっていた。

 よしよし、順調だ。

 あと二体ほど適当な魔物を狩れば、目標レベルに到達できるだろう。


 金策のためにはまずルーチェのレベル上げが必要なのだ。

 ルーチェのスキルツリー……〈愚者の曲芸〉を伸ばして、あるスキルを入手してもらう必要があるのだ。

 そこでようやく、下準備が全て完了する。

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