大ハズレだと追放された転生重騎士はゲーム知識で無双する

猫子

第1話

 今日は俺ことエルマ・エドヴァンの〈加護の儀〉の日であった。

 エドヴァン家の広間には親族が集まっており、静かに俺を見守っている。


 加護とはクラスとも呼ばれ、か弱い人間達が魔物に対抗できるように、神々が授けてくれる力のことである。

 クラスを得た人間は身体能力が強化されると同時に、様々なスキルと呼ばれる力を得ることができるようになるのだ。

 クラスには魔法剣士や黒魔術師といったものがあり、それぞれ戦闘スタイルや役割が異なる。


 満十五歳となった次の年始まりの日が、その人物の〈加護の儀〉の日となる。

 血筋や言動、運命によってクラスは左右されると言われており、〈加護の儀〉までの十五年は神々が新たな戦士の本質を見極めるための時間だといわれている。


 当主のクラスは貴族家の権威にも大きな影響を与える。

 エドヴァン伯爵家は代々、剣を扱う系統の強大なクラスである剣聖を有して領地を守護し、導いてきた。

 当然、次期当主として、俺にもその役割が期待されている。


「大丈夫だ、エルマ。お前がこれまで勤勉に鍛錬を積んできておったことは、父である俺がよぅく知っておる。お前は俺の子……必ずや、強力なクラスを剣の神様が授けてくれようて」


 エドヴァン家当主である父が、俺の肩へ手を置いた。


「ええ、わかっています父上。心配などしていませんよ」


 俺は父へと小さく頭を下げ、老神官の許へと向かった。

 通常〈加護の儀〉は教会で執り行うものなのだが、この老神官は俺の〈加護の儀〉のためにわざわざ父が館へと招いたのだ。

 

 それも都市で最もレベルの高い、【Lv:50】の神官を。

 別に神官の質はクラスに左右しないだろうが、俺に少しでもいいクラスを引いてほしい、という親心から行った願掛けのようなものだ。


 しかし……なんだろう? この状況、妙なデジャヴを感じる。

 昔から何かを知ったり見たりする度に、それを前々から知っていたような感覚に襲われることがあるのだ。

 まあ、ただの気のせいだろうが……。


「では、ご子息様や、失礼いたしますな。〈バプテスマ〉!」


 老神官がそう口にした途端、俺の周囲に魔法陣の青白い光が浮かんだ。

 身体に何か……力が定着していくのを感じる。


 〈バプテスマ〉は聖魔法に属するスキルであり、条件を満たした人間に加護、クラスを発現させることができるのだ。


「これで完了いたしました。貴方は〈ステータス〉を使えるようになったはずです」


 〈ステータス〉というのは、クラス持ちであれば誰もが扱える力である。

 自身のクラスの状況を空間に文字列として投影し、確認することができる。


「はい、では……〈ステータス〉!」


 そう唱えた瞬間、光が集まり、俺の手許に〈ステータス〉が形成されていく。

 それを見て、俺ははっとした。


 やはり、俺はこれを知っている。

 五年、いや、もっと前……そう、俺が生まれるより前に。


 この世界は、俺が前世でやり込んでいたVR対応オンラインゲーム、〈マジックワールド〉と全く同じなのだ。

 色々と理解しがたいが、そうとしか言いようがない。


 一日二十時間をこのゲームに費やした日もあり、隅から隅まで知り尽くしている。

 敢えて言うのならば、前世の俺の妄執が転生の垣根を超越したのかもしれない。


 その瞬間、俺は歓喜と、勝利の確信があった。

 前者の歓喜は、熱中していたゲームの世界に入り込んだその喜び。

 そして後者の勝利の確信は、俺が〈マジックワールド〉のあらゆるクラス、スキル、そして魔物の性質を熟知している、ということである。


 〈マジックワールド〉では、キャラメイク時にこの世界の神より二十近い質問を受け、その結果に応じたクラスでキャラが生成される、というものになっていた。

 どうやらこの世界では、十五歳までの生き様によって決定されるようだが。

 生まれたばかりの赤ん坊が自身の生き様の面接を受けるわけにもいかないので、現実とゲームの擦り合わせによって生じた変化なのかもしれない。


 どのクラスでも上手くやってみせる自信はあるが、やはり〈マジックワールド〉で愛用していた、あの・・クラスが欲しい。

 俺は祈りながら、〈ステータス〉へと目をやった。


――――――――――――――――――――

【エルマ・エドヴァン】

クラス:重騎士

Lv :1

HP :10/10

MP :4/4

――――――――――――――――――――


 俺は表示を見た瞬間、笑みが込み上げてきた。

 勝った……〈マジックワールド〉最強と呼ばれる、インチキクラス、重騎士だ。


 重騎士は守り特化で、敵の攻撃を引き付けて味方を守るクラスである。

 少なくともサービス開始からしばらくの間はそう言われていた。

 だが、他の防御クラスと比べても性能に応用が利かず活躍の幅が狭く、攻撃性能が低すぎてレベルもまともに上げられない、不遇クラスを超えた欠陥クラスだといわれていた。


 特に〈マジックワールド〉は、如何に効率よくレベルを上げるかがキャラを鍛える一番のポイントであった。

 その時点で、能動的に攻撃できない重騎士は、ゲームコンセプトから見放されている、とまでされていた。


 それでも物好きはいるもので、サービス開始からしばらく経った頃、重騎士の性能検証を徹底的に行う解析チームが現れた。

 使えない使えないといわれれば、逆に使いたくなるのが人間の性というものである。

 俺も関心が出て、サブキャラで重騎士を作って解析に協力していた。


 その結果、重騎士は守り特化を隠れ蓑にした、とんでもないテクニカルキャラであることが判明したのだ。

 膨大な知識量と技量と工夫を必要とする反面、それらをクリアしてしまえば他の最強格のクラスを圧倒できるポテンシャルを秘めていた。


 それが判明したのは、サービス開始から実に五年後のことであった。

 俺はずっと使い続けていたメインキャラを捨て、重騎士のサブキャラに乗り換えた程である。


 俺が重騎士を引いたのはある意味当然のことだったのかもしれない。

 神様が審査してくれているのならば、前世であれだけ重騎士の解析と育成に傾倒していた俺を、別のクラスに追いやるはずがない。


「やりました父上! 重騎士です!」


 やり直しの利かない一度きりの勝負で、熟知しているインチキクラスを引けたのは大きい。

 俺は嬉々としてそう報告した。

 だが、父は、引き攣った顔で俺を見る。


「い、今……何と言った? け、剣聖と、そう言ったのであるよな?」


 父の表情を見て、遅れて思い出した。

 前世の記憶と混合していた。

 この世界では、わかりやすい強クラスが持て囃されており、晩成型やテクニカルなクラスへの評価が低いのだ。

 恐らく、クラスの解析と検証が進んでいないためだろう。


「いえ、その……」


 俺が言い淀むと、父は鬼のような顔をしてつかつかと歩み寄ってきた。


「おい見せろ……見せよ!」


 俺の横に立ち、〈ステータス〉を覗き見る。


「じゅ……重騎士だと!? どういうことだ! 〈ステータス〉が軒並み低い上に、ロクな攻撃スキルも覚えぬ、ただの木偶人形……まごうことなき外れクラスではないか!」


 父が唾を飛ばし、俺をそう罵倒する。


 俺は理解が追い付かなかった。

 父は自分勝手なところはあるが、自身の子息である俺に対しては、厳しいながらに優しい面もあった。

 それが、こうも一変するとは思ってもいなかった。


「お、落ち着いてください。軒並み低いわけではありません、HPと防御力は最上位クラスで……」


「どうでもよいわそんなことは! お、俺の顔に、泥を塗りおって! 他家の貴族に、どう説明しろというのだ! エドヴァン家の血筋で、こんな外れクラスを引こうとは! 貴様の怠慢と、腐った性根が原因に違いない! それ以外に考えられんわ! この、この役立たずめ!」


 父は俺の襟を掴むと、そのまま床へと引き倒した。

 身体を打ち付けることになった。


「かはっ! げほっ……」


 横っ腹を打ち付け、体内の空気が外へと押し出される。

 さすがに手加減はしているだろうが、前線に出て何度も魔物の討伐を行ってきた父の筋力を、【Lv:1】の状態で受けたのだ。

 命があってよかった。弾みで殺されかねない。


「はぁ、はぁ……チッ! こんな事態を想定したわけではないが、館内で行ってよかったわい! 外でこんな赤っ恥を晒したら、エドヴァン家がどうなることか!」


 父はそう怒鳴ると、がしがしと自身の頭を掻く。


「ああ、エルマなどを信頼しておったのが間違いであったのだ! この出来損ないの次に、子に恵まれんかったのが俺の不幸だ! もう少し早くに手を打たねばならんかった!」


 親族達も黙りこくって、俺達の様子を眺めていた。

 父同様に、俺を見下しているような目もあった。

 同情してくれているらしい人もいるが、何も口を挟むことはしない。

 エドヴァン伯爵家は当主の言葉が絶対である。


 というよりも、クラスとレベルが全てを支配するこの世界では、貴族や権威者の力が俺が元いた国、日本よりも遥かに強いのだ。

 上位貴族の当主は皆、強大なクラスと絶対的なレベルを有した人類最強格の英雄ばかりで、平民が絶対に逆らえない社会になっている。

 〈マジックワールド〉ではそこまでではなかったのだが、ゲームの世界が現実と擦り合わせられた結果とでもいうべきなのか。


「あの、ボクも〈加護の儀〉を受けることになっているんだけど、いい?」


 静寂を破ったのは、黒髪の少女だった。

 ぱっちりと開いた目に長い睫毛で、色白で綺麗な肌をしている。

 整った顔立ちこそしているが、薄い表情と、だらりと伸びた髪が、何となく不吉な空気を漂わせていた。


 彼はエドヴァン伯爵家の分家の子女……つまり叔父、父の弟の娘である。

 名前をマリスという。

 幼少の頃は何度か遊んだ覚えがあるが、父は何となく俺とマリスが会うのを嫌がって遠ざけようとしている節があり、ここ五年は遠目に見る程度で、ほとんど言葉を交わしたことさえなかった。


「し、しかし、その、今は……!」


 マリスに急かされた老神官は、そう言ってちらりと俺へ目をやった。

 父が落ち着くまで、後回しにしたいと思ったのだろう。


「いや、よい。早く〈加護の儀〉を始めろ」


 だが、父は急にすっと表情を切り替え、老神官へとそう伝えた。

 俺はそのとき、なんとなく嫌な予感がしていた。


 すぐに老神官が、また俺へとそうしたように、マリスへと〈バプテスマ〉の魔法を掛ける。

 マリスは〈ステータス〉を開くと、口許を歪め、微かに笑みを浮かべた。


「剣聖……か。悪いね、エルマ様の才を、奪ってしまったみたいで」


 嫌な予感が的中した。

 自尊心が高く、傲慢な父だ。

 日頃、分家の者を下に見て、暴言を吐いたり、無茶な命令を出したりしていたこともある。

 その子女が剣聖のクラスを得たと知れば、ただでさえ悪い父の機嫌が……。


「素晴らしいぞ、マリスよ……! さすが、エドヴァン家の人間だ!」


 父は感涙を流し、マリスへと抱擁した。


「マリス、今日からお前は我が娘……エドヴァン伯爵家の跡継ぎだ!」


 俺は呆気に取られ、ただただその様子を眺めていることしかできなかった。

 他の者達も同様である。


 マリスは父の抱擁に対し、いつも通り無感動な目で、彼の顔を観察しているようだった。

 その後ちらりと俺を振り返り、目が合った。

 それからまた口許を歪め、薄い笑みを湛えた。


「エルマ様……いや、エルマに次期当主は荷が重いと、前々から思っていましたよ」


 マリスがそう言うと、父はそこでようやく俺のことを思い出したように彼女への抱擁を解き、俺へと振り返った。


「失せよ、エルマ! 俺の期待を裏切った貴様は、もはや息子ではない。エドヴァン家の本家に重騎士が出たなど、恥でしかないわ! 即刻、この館から出ていけ!」


「ち、父上、それはさすがに……! 重騎士は、強いクラスなんです! 俺が必ずエドヴァン家を……!」


「黙るがいい! 俺が酷なことを言っていると思うか、エルマ? 違う! 貴様が、それだけのことをしたのだ! 二度とその面を見せるな! 外でエドヴァンの姓を名乗るなよ、そのときは俺が貴様の首を刎ねてやるわ!」


 父は癇癪を起したようにそう喚き、俺の言葉を聞き入れてはくれなかった。

 俺は僅かな金銭だけ持たされ、その日の内に館を追い出されることになった。





――――――――――――――――――――――――――――――

【書籍報告】

 転生重騎士のコミカライズが「ヤンマガWEB」にてスタートしました!


 エルマは格好よく、ヒロインもとても可愛らしく描いていただいております。

 いいねやお気に入りで応援していただければ幸いです!(2022/2/11)

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