第47話 7月6日(火)ラジフラ配信

 期末テストは残すところあと1日。

 本当は早めに寝た方がいいのは頭ではわかっている。


 放送内容はこの前の公開録音だからむしろカットされたものが配信されるはずだ。


 それでも生活習慣はそう簡単には変えることはできない。

 どの部分が使われて、どの部分がカットされたかは配信を聴くまでわからない以上、早く寝ようと思って気になって眠れなかった。


―こんにちは~。まるで二度目みたいに慣れた拍手ありがとうございま~す。


「あ、やっぱり1回目のやつは丸々カットなんだ」


 スタッフさんがおもしろがって使うかもと予想したけど、さすがに音声のみで配信するにはグダグダすぎるかもしれない。


 ♪ぴろりん


 そして僕と同じように配信と同時にラジフラを再生したのは幼馴染もだったようですぐさまメッセージが届いた。


「起きてるなら勉強しろよな」


 かく言う僕も意識はラジフラに向いていて勉強する気は全然湧いてこない。

 やるだけのことはやったので、あとはラジフラを聴き届けて眠るだけだ。


“2回目の挨拶からスタートみたいね。アタシ達のメールのところ配信されるかな?”


“放送事故が起きたわけでもないし配信されると思うぞ”


“にひひ。優希ゆきちゃんにまみまみと日本に渡米の正体バラしたらどんな反応するだろ”


“もう夜遅いし、それは明日テストが終わってからな”


“わかってるわよ。音弥おとやこそ夜更かししてあかりんに恥ずかしい点数取らないようにね”


真実まみにテストの点数を心配されるようじゃ僕もまだまだだ”


“どういう意味よ!”


 スマホを手にして顔を真っ赤にした幼馴染が浮かんだ。

 明日の朝は出会い頭に攻撃してくるだろうから回避の心構えをしておかないとな。


 本人は不意打ちのつもりでも長年の付き合いで仕掛けてくるタイミングはよーくわかっている。


 たまにわざと食らうことでそれを悟らせないのもテクニックの一つだ。

 明日はテストなのでしっかり回避させてもらうけどね。


―えーっと、あっ! ラジオネームまみまみさんからいただきました。まみまみさん、もしかして来てますか?


―はいはいはーい!


真実まみの声、しっかり入ってる。相当大声で返事してたもんな」


 パーソナリティとゲストであるあかりんとあずみんは当然自分のマイクを持っていた。

 だから声をしっかり拾える。だけど真実まみはマイクなんて持ってないし、ほぼ一階とは言え座席はステージからも離れていた。


「声だけ聴いて真実まみってわかるかな。春原すのはらさんは明日に備えてもう寝てそうだけど、もし今ので特定できたらダメ絶対音感の持ち主だ」


 ダメ絶対音感とは声を聴いただけでキャラクターを演じる声優さんを特定できる能力のことだ。

 もちろん真実まみは声優さんではないけど、能力者はこういうところでリスナーを特定できるに違いない。


 真実まみはともかく、僕はこれから春町はるまちあかりの特別な関係者になるんだから下手に特定されるような情報を残さないように気を付けないと。


―まみまみちゃんって内探にもメールくれてるまみまみちゃん? いつもありがとう。


―きゃーーーーっ!!!


「いや、うるせーな真実まみのやつ」


 ただ幸いなことにSNSの実況はまみまみの素直なリアクションを好意的に受け取っているようだ。


 まずネカマじゃないことが判明しただけでも盛り上がっている。

 公開録音の参加者はまみまみの実物も見たわけだし、そこそこ整った外見の真実まみに変な気を起こすやつがいないかはちょっと心配になる。


 配信を聴いて悶絶しているのか、まだ僕に怒っているのか真実まみからメッセージは送られてこない。


 実況を見つつラジオを聴いていると、自分のメールが読まれる番が近付いてきた。


 ひとまずあの場は収まったけど、ネット上ではどんな反応をされるんだろう。

 まみまみは女の子だから許されたけど僕みたい男のファンは叩かれてもおかしくない。


 あかりんの公認をもらえる嬉しい場面であると同時に、いざそれが配信されるとなると炎上しないか不安でいっぱいになる。


―作家さんが細工をしていなければ安心できるメールをご紹介します。あ、でもこの人なら大丈夫です。ラジオネーム日本に渡米さん。来てますよね?


「よかった。ちゃんと使われてた」


 春原すのはらさんに思わせぶりな態度を取っておいてバッサリとカットされていたら恥ずかしいことこの上ない。

 あと絶対に真実まみにマウントを取られる。


「あの日のことは幻じゃなかったんだ」


 しっかりと音声としてこの世に証拠が残っていることが何よりも嬉しかった。


―そんなにあかりのことが好きなら今は追いかけてほしいかも。


「うおおおおお!」


 母さん達を起こさないように静かに雄たけびをあげた。

 自分の中に生まれた感情を声にしてうまく発散できなかったのでかえって喜びが体の中をぐるぐるとめぐる。


「よかった。あかりんに追いかけてほしいって言われてた。夢じゃなかった」


 僕の妄想じゃない。春町はるまちあかりが僕の想いを受け止めてくれた。

 本人を目の前にしている時には湧いてこなかった実感が、ラジオを通じてようやくじわじわと身に染みる。


 SNSには


 ガチ恋ワロタ

 声豚こじらせてて草

 裏山

 

 など、直接的に非難はされてはいないものの僕を小バカにするようなコメントが目立つ。


「僕にはあかりんがいる。こういうのにも慣れないと」


 そんなコメントをむしろ将来に向けた訓練になるとポジティブに捉えていた。

 これから経験するすべてのことがあかりんと作る未来のためになる。


「明日はちょっと早起きしようかな」


 アラームの設定を30分早めた。

 最後のテストは暗記の多い生物と世界史。少し早起きすれば最後の詰め込みができる。


 春町はるまちあかりに相応しい男になるという目標が、自分の中でより大きいものになった。

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声優ラジオに恋愛相談を送っているのは幼馴染かもしれない くにすらのに @knsrnn

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