第5話 5月15日(土)

 高校に入学して岸田きしだと友達になってから、金曜の深夜は『堀川ほりかわ瑠衣るいのいたずら天使』の時間になっていた。昔のネタには付いていけないこともあるけど、堀川ほりかわさんの年齢を感じさせないトークと時折出てくる年相応の反応のギャップがおもしろいと思う。


 真実まみにも勧めたけど「お母さんの話を聞いてるみたいな気分になりそう」と断れてしまった。実際にはそんなことないのにもったいない。


―それでは始まりました。堀川ほりかわ瑠衣るいのいたずら天使。今夜もあなたのハートにいたずらビーム!


 自分の母親よりも年上の人が謎のビームを発していると思うとたしかにキツい。だけど見た目は若いし、一応年齢は僕と一歳しか違わない18歳だと脳に認識させればあかりんの番組と変わらない。


―最近、脱出ゲームにハマってるんですけど全然クリアできなくてスタッフさんに、これって本当にクリアできるんですか? って聞いたんですよ。そしたら、数は少ないですけど脱出できる方はいますって言われちゃって。じゃあ仕方ないなって。


 脱出ゲームなんて若者らしいことに興味を持ったかと思えば、わりとぶしつけなことをスタッフさんに尋ねられる肝を持ち合わせる。

 見た目は18歳、中身はアラフォー。岸田きしだじゃないけど堀川ほりかわさんになら熟女趣味になってもおかしくないかもしれない。


―それではお便りを紹介します。呼び捨て希望りっくんさん。あ、呼び捨て希望だった。りっくん。これでいいかな。ふふ、どうかな? りっくん?


 性癖を歪められそうになっていたら岸田きしだのメールが紹介されていた。陸斗だからりっくん。たしかに恋人みたいだ。

 同時に、親子みたいに感じてしまったことは一生黙っておこう。


―るいたんこんばんは。僕はるいたんの一個下、17歳の高校生2年生です。そうだね、一個下だね。先輩って呼んでもいいんだよ? あ、続き読みます。同じクラスの友達にるいたんを布教しているのですが、年上はちょっと……みたいな反応です。るいたんから年上の魅力を教えてやってください。と頂きました。


 岸田きしだよ。僕もちゃんと堀川ほりかわさんの魅力はわかっているぞ。ただ、その年上具合が母親を超えているのが問題なんだ。


―そっか、年上か。18歳だから年下のファンは嬉しいな。あはははは。


 ご本人も18歳をネタにしているところがあるので思わず笑いが漏れてしまったようだ。自分の母親がこんなことを言い出したら絶望するけど、堀川ほりかわさんの声と外見なら許せなくはない。


―ん゛、ごほん。後輩くん、年上の女はキラい? どうですかどうですか? 一個上の先輩の魅力伝わりました?


「おおう。今のいいな」


 耳元でささやくような演技に身震いした。こんな風に誘惑されたらモテた経験のない僕みたいな男はコロッと寝返ってしまうかもしれない。

 相手が本物の18歳だったらな……。


 すまん岸田きしだ。僕にはお前が開いた扉をくぐることはできないようだ。


 ♪ぴろりん


 金曜日の深夜1時過ぎ。こんな時間でも平然とメッセージを送ってくるのは我が幼馴染しかいない。そして案の定、この予想は的中した。


堀川ほりかわ瑠衣るいのトークも結構おもしろいじゃん”


 だけどその内容は意外なものだった。あれだけキツいと言っていた真実まみ堀川ほりかわさんの番組を聴いていたのだ。


“聴かず嫌いはよくないね。全然お母さんっぽくない。全然は言い過ぎか”


“スタッフさんにすぐ話し掛けられる度胸はちょっと母親世代感がある”


“そうそれ! たぶんアタシのお母さんもクリアできなかったらまずスタッフさんに確認すると思う”


 堀川ほりかわさんのあの行動は母親っぽいという見解は共通のものみたいだ。岸田きしだはこれを乗り越えて恋してるんだからすごいよ。


“音弥はさっきみたいなお姉さんとあかりんだったらどっちが好きなの?”


“どしたん唐突に”


“いいから答えなさいよ。音弥の性癖を掴んでネタにするから”


“ネタにすんな!”


“あ、まさかの幼馴染?”


“安心しろ。それはない。僕はあかりんみたいな明るく元気で過酷な運命に立ち向かう子が好きなんだ”


“それあかりんじゃなくてスプリングスノーじゃん。ウケる”


 一体なにがおもしろいのか真実まみはお腹を抱えて笑う猫のイラストのスタンプを送りつけてきた。


“アタシも明るくて音弥の幼馴染という過酷な運命に立ち向かってるサイドテールだから音弥のタイプってことね”


“どうしてそうなった”


 僕のツッコミに即効で既読が付いて、真実まみからの返信をいた天を聴きながら待つ。さっきまですぐに返事が来たのに急に途絶えてしまった。時間も時間だし寝落ちした可能性もある。


 だけど、真実まみはどうして急にこんなアピールをしだしたんだろう。今さらこんなことをされても幼馴染の関係は変わらない。大抵のアニメやラノベだって幼馴染は負けヒロインだし。


―それではまた来週お会いしましょう。あなたのハートにいたずらビーム。


 真実まみの行動について考えてるうちにいた天が終わってしまった。明日は土曜日で休みとは言え、あまり夜更かしし過ぎると生活リズムが崩れてせっかくの休みがグダグダで終わってしまう。


 もし真実まみが寝落ちしてたら絶対に返信は来ないわけだし寝ようと思ったその時、ふと幼馴染が痴女のように見せつけてきた小さな谷間が脳裏に蘇った。


「ああ、もう! 寝る!」


 声に出すことで脳と体を強制的に睡眠モードに移行させようと試みる。それなのに頭の中は真実まみでいっぱいだ。


「さすがにこれは超えちゃいけない一線だ。他ので……」


 パソコンの電源は落としてしまったのでスマホを手に取る。真実まみとは真逆のたわわなお胸だけを見られるように検索条件に巨乳を指定した。


 僕は幼馴染に対して恋愛感情も抱いてないし性的な目でも見ていない。何も特別な意識はしていない。


 僕の恋愛対象は春町はるまちあかりなんだ。


 ムラムラを強制的に終わらせると、さすがに疲れてあっさりと眠りに付いた。

 あかりんに男として認識してもらえるようなメールをたくさん送ろう。そんな決意と共に。

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