囚人

みず

とある有名な画家

とある有名な画家


とある有名な画家がいた。


それはきっと誰しもが必ず見た事があるように有名で、でも教科書に載るにはまだ新しい、でも確かに彼は伝説だった。


彼の描く作品は、いつだって誰かの心を捉えて離さなかった。新作が出る度にすぐニュースになり、彼の古い作品はオークションで数十億という高値で売られる。



しかし、彼の作品のタイトルはいつだって「無題」だった。彼はテレビや新聞などのメディアには全く出演していなかった。自分の作品について語ることもなかった。そして、タイトルが「無題」だ。だから、見る人はみな彼の作品を自分の中で解釈した。時には彼の作品に対する解釈を述べるだけの専門家まであらわれたほどだ。


しかし、実際画家はそんなに深く考えてはいなかった。無題 なんてタイトルは作品にタイトルをつけることすら作者の主張が激しくて嫌いだと感じていた。言ってしまえば、作品にタイトルをつけるのは作者の傲慢だとすら感じていた。彼は芸術とはそれぞれ捉え方が違うから素晴らしいのだと考えていたから。芸術はいつだって美しくて自由なのだと彼は信じていた。そして芸術がその信仰を裏切ることも無かった。

そして彼は、いつしか涙が止まらなくなるくらい感動する作品を生み出したかった。「だれか」を感動させたいのではない。自分自身を感動させたかった。ただの絵画に自分の人生を模倣したかった。彼はその絵を描くために人生を掛けていた。


そして、彼は何十年もずっとその絵を描いていた。

でもいつまでたっても完成できなかった。

そして、彼は気づく。

完成できなかったのではない。僕が完成させたくなかったのだと。彼は自分の人生を模倣するように自分の信じた芸術を描くためにこの絵を描いてる時間を酷く愛していたのだと。


ならば、この絵は完成することは無い。そして完成しないことで完成している。その絵は夕陽の光が海に反射している美しい絵だった。言ってしまえば在り来りな絵だったが、彼はこの絵を描いていた時間は素晴らしく尊く思えた。作品にタイトルをつけることが傲慢でも、彼はこの作品にだけは誰かの解釈したタイトルを付けられたくなかった。だってこの作品は彼の愛した時間そのものなのだから。

その作品は「未完成」というタイトルでたちまち有名になった。


そしてそれ以来彼が絵を世に出すことはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

囚人 みず @hanabi__

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ