個人隔離法の行き届いた狭い世界

ちびまるフォイ

はじめてあった人間

・すべての人間は20歳まで他人との物理接触を禁ずる

・すべての人間は20歳になってから外に出られる

・すべての人間は初めてあった人間と添い遂げる


「隔離3ヶ条」は生まれたときにはすでにあった。

明日迎える成人式が楽しみでならない。


「ついに明日外に出られるのか」


六角形の部屋は20年間住み続けていた。

あらゆる騒音や危険から身を守ってくれる部屋。


成人式をすぎればもう戻れなくなるのが少しさびしい。

と、同時に外へのあこがれが胸を満たしていた。


翌日、成人の日を迎えると部屋にあった地下への扉が自動で解錠される。

はしごを降りて細い道を進んでいく。


その先に待っていたのは、外へとつながるドアと自分用のモニターが置かれていた。


『ついに成人になったんですね、おめでとうございます』


「ありがとうございます。マザー」


『式を終えるとあなたは立派な成人。

 もうあの部屋に戻ることもできません。

 そして、最初に会った人と結婚して一生を過ごすのです』


「わかりました、マザー」


『他人と関わるのはこれが初めてになりますが心配いりません。

 きっとあなたは誰とでも仲良くやっていけますよ』


電脳生命体マザーは自分の唯一にして最大の話し相手だった。


「マザーとはこれでお別れですか?」


『ええ。あなたはこれから自分で考え、自分で決断していくのです』


「はい……」


『ときに間違えることもあるでしょうがそうして成長していくのです』


祝福の歌が流れて成人式は終わった。

成人のあかしであるバッジを胸につけた。


成人式の会場を出ればそこは無限に広がる世界。

狭い六角形の部屋では画像だけでしか見られなかった世界が待っている。


携帯端末には成人式を終えてから会う約束をしている異性から連絡が来た。



>約束の場所で待ってる



成人後にはじめて会う他人は彼女だと決めていた。

顔も名前も知らないがずっとやりとりしていた相手。


成人式を終えてから落ち合う約束をしていた。

なのに、成人式の会場から足が動かない。


「こ、怖い……この先に何が待ってるんだ……」


成人前に抱いていた外の世界へのあこがれは恐怖にすり替わっていた。


これからは他人との物理的接触ができるようになる。

すれちがう人に殴られたり、しまいには殺されるかもしれない。


今、ドアの向こうにはそういう人間が息を潜めているかもしれない。


まだ他人をよく知らない成人を狩ってやろうと、

刃物を持ってじっとこちらが出るのを待っているのかも。


「やっぱり無理だよ、マザー。物理的な他人がいる世界なんかで過ごせない!」


野生動物の中に裸で放り込まれるような恐怖を覚えた。

外へのあこがれはどこかへ引っ込み、今はもうあの部屋に戻ることばかり考える。


「マザー、マザー! お願いだ! 返事をしてくれ!」


使い慣れた端末も成人を迎えたらもう使えない。

外に出るしか選択肢がないように思った。


「……そうだ。成人をやめて未成年に戻ろう!」


式典会場の中で若返りの薬を作った。

薬を飲むと子供には戻らないまでも、あきらかに10代まで戻ることができた。


未成年に戻ったことでふたたび携帯端末が使えるようになる。


「マザー、マザー。聞こえますか」


『はい聞こえていますよ。いったいどうしたんですか』


「え、えっと……実は成人の前に地下へのドアが開いてしまったんです。

 そのまま進んでしまったんですが、戻れなくなってしまって……」


『まあなんということでしょう。しかしあなたの部屋はすでに空き部屋。

 新しい未成年の命のための部屋として使われています』


「マザー! それじゃ俺はもう戻れないんですか!?

 他人と物理接触させられる外の世界に放り出されるんですか!?」


『あなたは私のかわいい子供。成人になる前にそんなことはしません』


「本当ですか?」


『ええ、こういうときのために余分な部屋が用意されているんですよ。

 元の部屋に戻ることはできませんが、あなたの帰る場所はあります』


「ああ、マザーありがとうございます!」


『すぐに案内人をよこします。ドアの前から離れてくださいね』


マザーとの通信が終わる。

またあの他人に関わらない部屋に戻れる、という安心感が体を包む。


まもなく、外の世界からドアを叩く音が聞こえた。


「ドアを開けますから、離れていてください」


ドアは外側から強引にこじ開けられた。


「大丈夫ですか。はやく未成年用の隔離部屋に向かいましょう、ついてきてください」


現れたのは、あぶらっこい髪の毛と青みがかった無精ひげの小太りのおっさんだった。

妙に汗ばんだ手を差し出してきたとき、自分の端末が大きな音を立てた。





『成人後、初めて会った人間です。この人と添い遂げてください!』

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