3

 彼女の足元を見る。彼女の数歩先の足元の石タイルは亀裂があり、少し盛り上がっている。


 僕は彼女が亀裂に躓き、転倒するのを知っている。


 少し彼女との距離を詰める。


「んあっ!?」


 彼女が足元のタイルに躓き、素っ頓狂な声を上げて体勢を崩した。彼女が倒れそうになるのと同時に、僕は彼女の腕を掴み支える。


「あはは。ごめんごめん」


 振り向いた彼女は恥ずかしそうに笑っている。


 以前の僕なら、彼女が転倒するのを見ているしかできなかっただろう。しかし、僕はこの場所で彼女が転倒するのを知っているから反応できた。


 僕は預言者ではないし、未来が見える超能力者でもない。それでも、彼女がここで転倒するのは知っていた。僕が凄い能力を持っているのではなく、彼女が同じ日、同じ時間を同じ様に繰り返しているのだ。


 彼女は何年も前に亡くなっている。通夜にも葬式にも出席した。墓参りにも行ったのだから確かだ。それでも、彼女は確かに僕の目の前に存在している。


 亡くなってからどれくらい経った頃だろうか、彼女は今日と同じ様に僕の部屋の窓を叩き、彼女曰くデートに誘いに来た。


 僕たちは毎夜、二人の家の前の坂を下った所にある河川敷の遊歩道を、一往復するだけの散歩をしている。


 歩くコースも毎日同じ、話す内容も毎日同じ、彼女が躓く場所すらも毎日同じ。


 何か変わるかもしれないと話を遮って自分の話をしてみたり、道を逸れてみたりもした。それでも、結果は同じ。その瞬間は変わっても、次の日には同じように彼女は僕の部屋の窓を叩き、河川敷を散歩して、別れる。次の日も。その次の日も。


 亡くなった人が死んだことに気が付かず、死後も同じ行動を繰り返す事があると以前、テレビ番組の恐怖心霊特集で見た。彼女が幽霊と呼ばれるものなのか、リビングデッドと呼ばれるものなのかは分からないが、恐らく同じ様なものなのだろう。


 彼女は毎日、生前住んでいた隣家から出て来て、散歩が終わるとその家の中に帰ってゆく。しかし、僕の隣に住んでいた彼女の両親は、娘の亡くなった土地に居るのは辛いと引っ越してしまっていて、隣家は既に空き家だ。


 気温を感じていないのか、僕が寒いからとコートを着込んでいるというのに、中学校指定の夏服を着ている。これは、彼女が亡くなった時の服装だ。


 彼女は狂っていて、普通の人間ではない何かになっている。それは、分かっている。

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