5-2.転入生
街立魔法学院正門前にある喫茶店に到着すると、既に俺以外のメンバーが揃っていた。
「遅くなってごめん。てか…皆到着するの早くない?」
学院生寮に荷物を置いてから、すぐに小走りで来たのに俺が1番遅いとか…ちょっと納得がいかないのてすよ。いや、まぁ出だしが遅れたのは認めるけど。
「早くない!龍人、お前は転入生が来るのが楽しみじゃないのか!?」
うわっと。いきなり怒られたんですが。バルクに。なんかちょっと鼻息荒いし、ズイッて顔を近付けてくるし、暑苦しく感じるのは気のせいじゃないよな?
周りの様子を観察すると、皆が皆一様に「困り顔」をチラッと浮かべていた。なるほど。テンションが上がったバルクにグイグイ引っ張られて、否応なく連れて来られたっぽいな。まぁ話し合いには賛成したんだろうけど。想定以上にバルクがやる気だったって事かねぇ。
よし。ここは事実を偽りなく伝えよう。事実ってか俺の考えだけど。
「楽しみだけど、きっとバルク程では無いと思う。」
因みに、ちゃっかり座ってるルーチェは、バルクのテンションを想像して被害を受けないように早く来たってトコか。危険察知能力の高さ、流石だ。
「いいか龍人?転入生ってのは、不安を抱えてるもんだ。俺達がその不安を少しでも和らげてあげないと、可哀想だろう!?」
うわー。マジで暑苦しい。
他の面々も同じ事を考えているのか、ジト目でバルクを睨んでいる。本人は至って気付いていないけどね。
「なぁバルク。」
「あんだよ?」
「転入生が女の子って決まった訳じゃないんだぞ?」
「え、な、あ…っと、そんな事知ってるぜ!」
今の反応…やっぱり女の子だと思ってたな。
転入生の為に率先して動き、第一印象から心を掴もうとしてんのかな。行為自体は良い事なんだけどね。動機がやや不純というか。突き詰めて言えばナンパ師と大して変わらない気がするのは…うん、突っ込むのはやめておこう。
ともかく今はテンションアゲアゲのバルクをどうにかして落ち着けないと。
俺が喫茶店に来たのは、転入生が抱えているかもしれない幾つかの背景を皆が理解しておく必要があるって思ったからだ。
さっきのルーチェとの話も、ちゃんと続きを聞いておきたいし。
となると…今の状態のバルクに効果的な言葉は……。
「相手がむさいムキムキのゴリラ男でも、転入の不安を解消する為にバルク中心に頑張るって事で良いんだな?」
「そ、それは……勿論当たり前だろ!」
言ったな。転入生がオカマさんでも俺は助けないからな?
「んじゃ、バルクが先陣切って転入生と仲良くなるべく行動してくれるらしいから、バルクの言う通り作戦でも考えるか。」
「お、おう。」
バルク撃沈。さっきまでの勢いはどこへやら。だね。火乃花と遼がこっそりグッジョブをしてる。バルクよ、周囲にいる人たちの気持ちに気付けないとモテないぞ?
俺は椅子に座ると、コーヒーを頼んで話を切り出した。
「実はさ、ルーチェと話してたんだけど…転入生が他の魔法学院で学んでいた可能性もあると思うんだ。んで、魔法学院毎の教育方針とかを教えてもらってたんだよね。その背景にある思想とかも。俺としては全員が同じ認識を持ってた方が良いと思うんだけど。どうかな?」
「良いと思うわ。考え方を理解出来ないと、どうにもならないもの。」
「賛成っ!」
「俺も良いと思うよ。」
「私も聞きたいな。」
「おう。」
バルク、テンション低いな!?ちょっと罪悪感なんですが!
「じゃあ…ルーチェ、頼んで良いか?」
「良いですわ。先ずは龍人君と話した内容ですが……」
「……という事ですの。魔法街戦争の時にダーク魔法学院は至上派。シャイン魔法学院が中立を保っていたからこそ、今の教育方針がある。ここまでを龍人君と話してましたの。龍人君は他学院の教育方針を知らないようでして…。」
「いや、待てルーチェ。俺だけが知らないみたいな言い方じゃんか。」
「あら?だって、授業で話していましたの。」
「ふぇっ?」
まさかの事実。いや、雑学系の授業内容は眠いから耳を素通りしてたけど…。
「もしかして皆は覚えてるのか?」
全員が「うんうん」と頷く。オーマイガッ。
呆れ顔の火乃花が腕を組みながら口を開いた。
「龍人君。このバカなバルクでも覚えてるのに…少し反省した方が良いと思うわ。」
「そうだぞ龍人!バカな俺でも覚えてるのに覚えてないお前は大バカ認定だな!…って誰がバカだよ!?」
「ははっ!バルクはノリツッコミが冴えてるねっ!」
火乃花が貶し、バルクがノリツッコミし、ルフトが笑う。なんつー状況だい。
「という訳で、私が説明しますの。」
おぉ。ややカオスな状況を全てスルーして話を進めたぞ。
「まず、ダーク魔法学院は元々至上派に属していた事もあり、魔法使いが強くなる事を最前提としていますの。その教育方針が『強き者が正義』ですの。」
「強き者が正義ねぇ…それってさ、有用な魔法を使えても戦闘で弱ければ無能と同じっていう考え方なんだよな?」
「そうですの。それゆえにダーク魔法学院は弱肉強食の世界と言われていますわ。」
うわぁ…強くなりたいなら良いかもしれないけど、学院の雰囲気が殺伐としてそうで嫌だな。
「次にシャイン魔法学院ですが、これは魔法街戦争時に中立を保っていましたの。故に…かどうかは分かりませんが、教育方針は『中立者として平等を体現』とされていますの。」
「その教育方針って難しいよね。中立者として成立するには、それに必要な強さも必要だし。それに、平等を体現する為にも結局は実力がないと出来ないと思うんだ。」
「そうですの。だからかは分かりませんが、シャイン魔法学院は学院長が認めた人しか入学が出来ませんの。」
案外クレアもシャイン魔法学院の教育方針について詳しいんだな。
…ん?でも、シャイン魔法学院って回復とか防御に特化した人が多いんじゃなかったっけ。それで中立の立場を守るって難しくないか。
「なぁ。」
「あ、龍人君の質問は分かりますの。回復とか防御に特化した人が多いシャイン魔法学院が、どうやって中立の立場を守っているのか。ですよね?」
「お、おう。」
何故だ。俺の心が読めるのか?いや…それか俺が分かりやすいだけか?
「その答えは簡単ですの。シャイン魔法学院は強いイコール攻撃力が高いという考えではありませんの。戦いにおいて負けない事。それこそが強い魔法使いという考えなのですわ。」
「あ、そう言うことか。でも、相手を倒す能力は劣る可能性が高いってことだよな?」
「甘いですの。中立の立場を守る以上、相手を無闇に倒す必要はありませんの。それに…シャイン魔法学院の中にはダーク魔法学院をはるかに凌ぐ攻撃能力を持つ魔法使いがいるという話しもありますわ。個人ではなく、組織という視点で見れば、もしかしたらシャイン魔法学院が最強という話もありますの。」
「ルーチェって情報通だな。やっぱお父さんからそういう話聞くのか?」
「ん〜それもありますけど、色々とありますの。」
「色々?」
「ふふっ。龍人君、乙女の秘密に立ち入るのは厳禁ですの。」
うぐっ。乙女の秘密とか言われた詳しく聞けないじゃないかい。
「つまり…。」
コーヒーカップをソーサーに置いた火乃花が口を開く。
「今度来る転入生がシャイン魔法学院かダーク魔法学院にいた人だとしたら、街立魔法学院の『個性を伸ばす』っていう教育方針に馴染めない可能性があるって事よね。」
「そうですの。だから…という訳ではないですが、バルク君の言葉を借りる訳ではありませんが…私たちが寄り添ってあげる意識は必要だと思いますの。」
ルーチェさん?バルクは寄り添うって表現は使ってなかった気がしますよ?
「お、そうそうそれだ!俺達が転入生とまず仲良くなろうぜ!」
バルク…良い事言うじゃない。確かに最初は皆が様子を伺うし、転入生も周りの様子を伺うだろうしな。
「おっし!じゃぁ、明日の午後の授業が終わるまでにマブダチになるぞっ!」
そして、ルフトが高い目標を叫びやがった。
いや、まぁ良いんだけどね。それ位の勢いがあれば、初日に転入生が孤立することは無いだろうし。
「じゃぁこれで話は終わりで良いかしら?」
「おう!皆集まってくれてサンキューな!」
バルクが親指をグイッと立てて皆に笑顔を振りまく。
「せっかく集まったしこれから…」
バルクが皆を何かに誘おうとしたけど…半ば無理矢理喫茶店に連れて来られた面々は容赦無かった。
「龍人君。ちょうど良い討伐クエスト見つけたから、これから行かない?」
「また火乃花と討伐数競争すんの?」
「今回は違うわね。大型の魔獣みたいだけど…。」
「おっ。ちょっと楽しそう。」
「火乃花!俺っちもいくっ!!」
「あ、俺も行きたいかも。」
「なっ…!ちょっと俺のはな…」
「私は自主練しようかな。」
「それなら私お付き合いしますわ。」
「ルーチェさんありがとう!」
「いえいえですの。」
「おい…!」
「じゃあ今から行くか。クエストの受注人数あるの?」
「4人だったかしら。」
「おっ。じゃあ丁度良いねっ!レッツ討伐!」
皆がワラワラと喫茶店を後にする
「え?何で俺が置いてけぼりなんだよぉぉぉぉ!!?」
バルクの虚しい叫び声が街立魔法学院正門付近に反響した。
後になって聞いた話だけど、悲痛な顔を浮かべるバルクの叫び声はは静かにスルーされたらしい。
まぁ不純な動機で、しかも勢いで無理矢理皆を喫茶店に集めたからな。自業自得だと思う。これが、本当に転入生の為を思っての行動だったら良かったんだけどな。
さぁて、大型の魔獣ってやつを拝みに行きますか。
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