4-34.龍人化
地面に叩きつけられ、目の前に星がチカチカ瞬いている俺の耳にラルフ先生の声が届く。
「お前よ。一度間違ったくらいで何を凹んでるんだよ。お前のその程度の間違いなんてミジンコレベルだ。取り返しの付く過ちなんつーもんは、取り返しゃイイんだよ。」
「けど…。」
「ウルセェ。」
うぐっ…!?蹴飛ばされたんですが!!
「テメェは今の過ちで何か失ったのか?失ってないだろうが。チミっと殺気を出したくらいで落ち込むなアホ。寧ろ落ち込んでいるお前のせいで、ルーチェがくたばりそうなのは…どう説明すんだよ。そんな事にも気付かないとかアホだなお前。このアホ。」
…人のことをアホアホ言い過ぎだろ。ちょっと腹が立ってきたぞ。
「ラルフ先生…なんなんすか。」
イラッとしながら立ち上がると、ラルフ先生は俺を見ながら…何故かニヤリと笑う。
「そうだ。そーゆーいつも通りのテンションで臨め。ルーチェが命懸けて時間を作ってくれてんだ。無駄にすんな。そして、深く考えんな。目の前の事に集中するんだ。後悔は戦いが終わってからにしろ。」
「目の前の事に…。後悔は……。」
なんだろう。悔しいけどストンと納得出来た。
「…分かりました。」
「素直でよろしい。あ、一応言っとくが、俺は手ぇ出さないぞ。龍人、お前が今この場で成長してあのロリを倒すなり助けるなりしろ。」
「…一応聞きますけど、何のために来たんですか?」
ラルフ先生は鼻を鳴らす。
「はんっ。そんなの決まってんだろ。お前らが殺されないように。だよ。ま、最初は俺が戦おうかと思ってたが、お前らの様子を見るに…俺が戦うのはお前らの為にならねぇからな。だから安心して負けてこい。」
いやいや。最後の安心して負けてこいに繋がる理由が分からん。
「…でも、そうか。やりますよ。」
「やるのは良いけど、殺るなよ?そうなりそうなら俺が殺る。」
「怖っ…!」
ったく、本当にこの教師は適当だよ。
でも…その適当さ加減に…助けられたな。
「ルーチェ!」
俺はルーチェの横に移動して魔法壁でプラム団長の攻撃を防ぎながら肩を叩く。
「ありがとな。もう大丈夫だ。」
「本当ですの?強がりは良くないのですわ。」
「ルーチェが教えてくれたからな。あの靄は負の感情で使うもんじゃないって。」
目をパチクリさせたルーチェは、何故かちょっと拗ねた顔で俺の目を覗き込んできた。
…え?なんか変な事言ったか?
「大丈夫そうですの。…あの方、助けてあげて下さいね?」
「任せとけ。」
タイミング良くプラム団長の攻撃が止まる。
俺は、プラム団長の感情が消えてしまった目を正面から見据えた。
「プラム団長。俺は…あなたを助けますよ。」
声が届いていないかもしれない。それでも、伝えなきゃならない。
覚悟を示す為に。
分かったんだ。必要なのは憎しみっていう負の感情じゃない。
大切なのは「守る覚悟」。その為に、目の前に立ちはだかるであろう常識を、敵を、固定概念を打ち破っていく覚悟。そしてそれを為す力。
俺は…あの黒い靄の力を破壊する力だと思っていた。相手を倒す力。
それ自体に違いはないんだと思う。でも、何のために倒すのか。
憎いから。殺したいから。
違う。
大切だから。守りたいから。
根源が違うんだ。だから、同じ力だとしても使い方がちがう。だからそこ、憎しみで力を使っちゃいけないんだ。
さっきも言ったように、俺は守る為に力を使う。
もしかしたら…この世界にいる大切な仲間を守る事。それこそが俺がこの世界へ異世界転移した理由なのかもしれない。
プラム団長。森林街を全力で守ってくれていた、警護団を率いる存在。
俺は…彼女を守る為に、敵を、サタナスを打ち破る。
「俺の力を使うに足る覚悟を持てたか。」
この声は…森林街で聞こえた…聖龍が託してくれた龍の1体か?
「…あぁ。」
「そうか。以前にも言ったが、俺の力に呑まれるな。力の一端を発現したきっかけは憎しみ、怒り。だが、真の力を引き出すには力に呑まれない強き意志、憎しみに屈しない心が必要だ。感情に任せて力を使えば…心を失うぞ。」
「分かってる。俺は、大切な人達を守る為に戦う。」
「…期待しよう。俺の名は破龍。存分に使うが良い。」
この時、頭の中にひとつの単語が浮かび上がる。
それは聞いた事が無い言葉だった。けど、その言葉が意味するところは即座に理解出来た。
ルーチェが言ってた事…当たったな。
「オマエヲコロスノガワタシノシメイ。」
淡々とした調子で言ってくれるね。プラム団長はもっと感情的で可愛いんだけどな。
「行くぞ…龍人化【破龍】。」
スキル名を唱える。ついさっき浮かび上がった単語…それがこのスキル名だ。
黒い靄が出ていたのは仮の力で、このスキルがきっと本当の力。靄がもっと出るのかね?
と、体の奥底からとんでもない魔力が膨れ上がり、全身へ広がっていく。
これに呼応して龍刀の刀身は銀から全てが黒く変色していく。前は3匹の龍が絡まった刀身の1匹だけが黒くなってたけど…、今回は真っ黒か。黒い刀とか中二病全開な気がするのは気のせいだろうか。
更に俺の周りに黒い輝きが浮かぶ。
これが龍人化【破龍】か。多分この黒い輝きの魔力が…龍の魔力なんだろう。この力なら…!
「オマエ…ツヨイナ。ゼンリョクデコロス。」
俺の変化を認めたプラム団長は、レーザーを俺に向けて集中放火してくる。
物凄い量のレーザーだ。これ、魔法壁だとすぐに破壊されてしまいそうだな…。
「けど…、負けない!」
魔法陣を20個同時展開して光のレーザーを発射。プラム団長の攻撃を相殺していく。
やっぱりな。龍人化【破龍】を使った事で、魔法陣の使用上限が一気に上がってる。相当数迄同時展開出来そうだ。
更に、俺は1つの可能性に思い当たっていた。
それを試すには…突っ込むか。
光のレーザー同士が明滅しながら激突する中へ、龍刀と夢幻を構えた状態で突っ込む。
龍刀は龍人化を使った瞬間に魔力の伝導率が高くなったし、夢幻は魔力制御がかなりやり易い。この双刀スタイル…相性がかなり良いぞ。
「マケナイ!」
プラム団長が光の球を渦巻くように出現させる。さながら光の竜巻ってとこか。
「…いけるはずだ。」
普通なら突っ込まないで距離を取って光の竜巻をどうにかすると思う。
けど、今は「俺自身の属性」を確かめる必要がある。まだ慣れていない現状では、近接戦が妥当。
光の竜巻を前に足を止めた俺は両刀を振りかぶる。
「らぁぁ!!」
そして、気合と共に振り下ろす。同時に黒い魔力が刀身を覆い、光の竜巻を難なく斬り裂いた。
今の黒い魔力はアウェイクかって?
流石にそれは違う。
多分…だけど、俺の属性魔法だ。
光の竜巻を斬り裂かれたプラム団長は、それでも淡々とした表情で迎撃の魔法を発動させていた。
無感情って…すげぇな。普通動揺すんだろ。
「けど…。」
プラム団長が放った光の斬撃嵐を、龍刀と夢幻の連撃で尽く弾くと、俺は低い姿勢で懐へ踏み込んだ。
「これで終わりだ。」
龍刀が黒の軌跡を描いてプラム団長の首元を通り過ぎる。
「カハ……!」
断末魔のような声を出し…プラム団長は目をパチクリさせた。
「これは……?ここは……?」
周りを確認し、状況を理解出来ないという表情で俺を見る。
「え…君がなんでここに……あ………。」
そして、俺の方へ歩き出そうとして力無く倒れ込んだ。
「よし。」
これでプラム団長は無力化出来た。
因みに、俺が斬ったのはプラム団長が首元に付けていたネックレスだ。黒い宝石が埋まっていたから、それがプラム団長をおかしくした原因じゃないかって予想してたんだけど…見事に正解だったみたいだな。
俺は離れた場所でニヤニヤ笑いながら観察するサタナスへ刀の切先を向ける。
「サタナス、これ以上の悪巧みは許さない。」
「ふむ。まさか君がここ迄の力を有しているとは。セフの言うことも強ち間違いではなかったか。これは検証のしがいがあるというもの。」
「何を言ってんだよお前はここで捕まえる。これ以上の犠牲者を出させてたまるか。」
「ふむ。その心意気は良しとしようか。けれども、君達が僕を捕まえる事は出来ない。」
「捕まえてみせるさ。」
サタナスへ接近し、首元に手刀を叩き込む。
スカッ
「あらっ?」
何故かすり抜けたんですが!?
「つまり、この場にいる僕は魔法で作り上げた仮初の存在という訳だ。わざわざ捕まるリスクを冒して君達の前に姿を表す訳が無いだろう。」
「くそっ。おい、ロジェスをもとに戻せ!!」
「僕がそんな要求を受け入れると思ったのかい?まだ研究結果の検証は続いているんだよ。あの親子とロジェス、どちらが勝つだろうか。それとも…どちらも勝たないのだろうか。」
クツクツと肩を揺らして笑うサタナスは、俺を無視して火乃花と火日人さんと戦うロジェスを観察し始める。
コイツ…本当に狂ってやがる。人をただの実験対象としてしか見てないじゃんかよ。
俺は何度かサタナスへ攻撃を仕掛け、全てが透過することを確認する。
駄目だな。1度皆の所に戻ろう。倒れるプラム団長を抱え、クレアの下へ運ぶ。
「駄目だ。サタナスは捕まえられない。アレは本体じゃないみたいだ。」
「そこにいるのに何も出来ないというのは…悔しいですの。」
「ホントだよ。舐めてやがる。……クレア、プラム団長を診てくれないかな?」
「うんっ!任せて!」
プラム団長をクレアの前に置き、サタナスが言っていた火乃花達の様子を確認する。
…こっちは、こっちで凄い戦いだな。
火乃花と火日人さんのコンビネーションがヤバい。
「グ……るぁぁぁ!!!」
けれど、ロジェスも負けていなかった。
青い肌を震わせながら咆哮すると、体を焼き尽くさんと猛威を奮っていた焔が弾き消される。
そこに焔の矢が狙い澄ましたかのように連続で叩き込まれるが、黒球が受け止めて弾き返し、カウンターで小型黒球が嵐の様に霧崎親子へ放たれた。
凄い魔法の使い方だ。一般的な魔法使いでは到達出来なさそうな強さ。
ロジェスはどうやってその力を身につけたのか。恐らく…だけどプラム団長が首につけていた黒い宝石。あれが関係あるんじゃないかね。
プラム団長は首につけていた黒い宝石が付いたネックレスを外す事で無力化出来たけど、ロジェスはパッと見で黒い宝石が見えない。肉体そのものが変化しちまってる事が何か関係してそうだな。
助けるには…どうしたら良いんだ?
皆が固唾を飲んで成り行きを見守る中、腕を組んで沈黙を保っていたラルフ先生が淡々と告げた。
「あの青い肌の奴は…殺すぞ。」
それは…ロジェスに対する死刑宣告だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます